突如やってきた嵐は、やりたい事言いたい事をまき散らし、あっという間に去っていった。
週末になるのがなんとなく不安なユウ。
しかし、睡眠中に容赦なく詰め込まれる知識とともに日々は過ぎ、すぐその日はきた。
目的の場所は、ミサギの屋敷から車で数時間はかかる距離だったのだが、木戸の能力により時間も労力も割愛された。
おかげで、ユウは昼食も屋敷でゆっくり満足行くまでたいらげることができた。
そうして昼下がりに目的地へと着いた五人。
「ここ、ですか?」
目の前にある建物を見上げながら呟いたのはユウだ。
道路に面した場所に建つ雑居ビルは、近代的なデザインながらも、どこか懐かしさを醸し出す。
壁面をおしゃれに覆う黒い木の板と、ステンレスでできた正方形の看板のおかげかもしれない。
看板にはシンプルに『緇井行政書士事務所』とあった。
「ンーイー、ユクセー……カキシ?」
「うんうん、緇井行政書士、な」
みっちゃんがユウの頭を撫でる。
アスカは、
「おかしいな? あの装置には基礎知識も入れているんだけど……」
と、首を傾げた。
「魔法士の事務所じゃないんですか?」
ユウの直球な質問に、誰もが複雑な顔をする。
「魔法士はね、まあ、なんていうか」
「うさん臭いと思われるから看板には出さないんだよ」
言いにくそうなミサギに対し、アスカがズバッと切り捨てる。
「それに魔法士一本じゃ食っていけないから、ほとんどが兼業しているんだよ」
「へぇ……」
ユウは、知らなかったと目を見開く。
「緇井さんの事務所は、行政書士だけでなく探偵業も兼ねていて、ついでに言うと魔法士が経営もしているんだ」
「魔法士が!? ギョーセーと探偵までやってるの!?」
驚いてミサギを見ると、当然だという表情をしていた。
「今のご時世、それくらいしないと生きていけないからね」
「行政書士と探偵って、兼業してるところ結構あるよ。書類の手続きで行政書士の資格が必要な場面が多いからね」
「じゃ、じゃあ、ミサギさんも探偵やったりして……?」
ミサギの探偵姿を思い浮かべ、想像が膨らむ。
「やらないよ、面倒くさい」
せっかく想像したのに、鋭い針に刺された風船が如く、一瞬にして割られてしまった。
「ミサギ君は特殊だからね~。政府から直接依頼をもらうから、むしろ他の業務はできないんだよ。あ、ちなみにアヤカシ関連で他の魔法士をサポートしてるのは政府からの依頼なんだよ」
「政府から?」
「そうそ……あ」
アスカの口は滑り出しそうになる前に自ら止まった。ユウの後方から睨む絶対零度の視線のせいであった。
「……うん……まあ、ミサギ君についてはまたおいおい、ね。
ほら、中に入ろう♪」
アスカはユウの手を取り、扉を押して中に入った。
内装は白い漆喰の壁に木目調の床で、シンプルながらも落ち着いた雰囲気だ。
「こんにちは~」
無人のカウンターがあったが、すぐに足音が近づき、
「お待たせし……げっ!」
出迎えたのは、ボサボサ頭の黒縁メガネをかけた冴えない男性だった。
ミサギを見るなり失礼な声を上げる。
「やぁ、久しぶりだね。来るとわかっての君の態度も相変わらずだ」
ミサギは慣れた口調で挨拶を交わす。
「お……お待ちしてました東条、さん。所長は中におりますので……」
あからさまに見せる嫌々な態度に、ユウは頬を膨らます。が、発言する前にみっちゃんに頬を軽くつつかれる。
「どこも同じや。我慢しいな」
諦めた表情のみっちゃんに言われてしまうと、シュンとうなだれるしかなかった。
そんなやりとりを知ってか知らいでか、渋々とした表情とともに、彼は一行をカウンターの奥へと案内した。
「お連れの方も、こちらへどうぞ」
さほど大きくない事務所は、受付、事務スペース、応接間をワンフロアにして一望できるレイアウトだ。白い壁と漆黒に焼かれた杉板で統一されたデザインオフィスは、見るだけで管理者の几帳面さが感じられる。
アクセントにオフィスグリーンが置かれ、温もりの生えた空間だけが、ユウたちを歓迎していた。
「ようこそいらしてくれた」
長身で細身の、しかし出るとこはしっかり出ているスタイルのいい女性が、軍人の如き口調で会釈する。
スラリとしたシルエットのパンツスーツ、少しでも傾けば転んでしまいそうな高いピンヒールを履いてもなお、姿勢を正している。
厳しそうな雰囲気を醸し出してはいるが、男性だけでなく女性も惚れてしまいそうなほど凛々しく優雅だ。
「どうも、東条さん。お久しぶりです」
「緇井さんもつつがなくお過ごしのようで」
執務用のデスクを挟んで、ピリピリとした空気が漂う。
「この子が例の仕事体験の子かい?」
緇井は、ユウを見下ろす。
電話での叫び声を思い出したユウは、慌てて頭を下げる。
「はっ、初めまして! 春日ユウです! よろしくお願いします!」
じっとユウを睨むこと数秒。
「……かわいいじゃないか」
「!?」
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