豪奢な家具や美術品が飾られている廊下。
赤い絨毯がひかれ、その上にはゴミ一つすらない。
そんな現在は人気のない隅っこの廊下には、本来はいないはずの人影が二つ。
うなじまでの金髪に青い瞳の紳士と、ツインテールにした茶髪に茶色の瞳の活発そうな容姿の少女が立っていた。
そう、この屋敷の主である【アルバート・エイブラハム侯爵】と、彼が最近『恩人だから』という理由で家に連れてきた【ライラ】という少女が親しげに話しているのだ。
だが、その距離はあまりにも近すぎた。
平民であるライラと侯爵であるアルバート__身分さなど関係なく男女の近さですらなかった。
この二人は恋仲か?
それは違う。
この屋敷には、れっきとした女主人__アルバートの妻である【リーシャ・エイブラハム侯爵夫人】がいるのだから。
つまりはこの二人の近すぎる距離は、普通に異常なことなのだ。
それはなぜか?
一昔前の貴族社会とは違い、現在既婚者の者は伴侶以外の異性との近しい距離での関りは基本身内以外とは許されていないからだ。
また、伴侶がいない者も基本身を結ぶ前(現代で言うところの結婚)の神前交渉(体の関係)は婚約者以外と行うことは許されない。
だが、ライラの服の隙間や開けた胸元にあるのは真っ赤な花。
わかりやすく言えば、情事の後だった。
この二人は、不倫という関係だった。
一昔前の貴族社会とは違い、現在では重罪と言われている行為である。
何しろ、不倫というのは伴侶や伴侶の家の顔に泥を塗るような行為だ。
この行為は、遠回しに『○○家の娘・息子は自分自身を満足させることができない』と愚弄しているようなもの。
行った者の品性や論理が問われるような行為だ。
だが、中には不倫行為に対して目をつむる貴族もいる。
それは家同士の政略結婚で、なおかつ幼いころからの交流に失敗し、仲が冷え切っている夫婦である。
彼らは基本、家同士の繋がりを強くするうえでのやるべきことはやるがそれ以外は全くの赤の他人として生活する。
アルバートとリーシャは、政略結婚であった。
アルバートの家である【エイブラハム侯爵家】が、リーシャの家である【ドゥンケルハイト公爵家】に頭を下げ、王族を間に挟んだ結果生まれた結婚である。
お互いがお互いのことをどう思っているのかは、幼いころから行われている平和な会話である程度お互いに対しては良い関係だと思われていた。
だがアルバートが不倫に走ったことで、【エイブラハム侯爵家】の使用人たちは大変困っていた。
リーシャの人柄も美しさも頭脳も、すべてが素晴らしい人物だった。
だと言うのに、アルバートは女主人である彼女に仕事を押し付け部屋に軟禁し、何を思ったのかライラという招かれざる客を屋敷の中に入れた。
しかもこのライラという女は平民だったせいか、そもそも貴族としての礼儀など全くないような状態。
使用人に対して嫌がらせを行ったり、妻であるリーシャの前で平気で夫であるアルバートに抱き着く。
そしてアルバート本人も、強く止めようとはしない。
そんな環境のためか、使用人はほとんどと言っていいほどリーシャの味方であった。
だが女主人であるリーシャは、今現在の状況を甘んじて受け取っていた。
だからこそ、使用人たちはどう動けばいいのかわからなかった。
使用人たちは、彼女が頼めば不倫の証拠になるであろう発言をいくらでも話せるだろう。
だが女主人である彼女が何も言わないのであれば、主人たちよりも身分が低い自分たちが勝手に動くことは許されない。
結局、仲睦まじい様子だったのに失敗した側だった。
使用人たちは、そう思っていた。
「結局は…………政略結婚なのですね…………ううっ」
アルバートとライラの仲睦まじい様子にショックを受け、自室に逃げた後そう呟きながら意識を失ってしまったリーシャ本人以外は。
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