土曜日の学校ほどゆううつなものはないと思います。
けど、何だかんだで楽しんでます、
僕は逃走を試みる!
クミとの距離は十分にある。しかも彼女はパジャマだ。ちゃんと外着に着替えて僕を追いかけるまでの間ならいくらノロマな僕でも余裕で逃げられるだろう。
なんて、考えは甘かった……。
ほんと何で僕は同じ間違いをするのだろう。彼女はカマイタチ、人間の癖に異様な身体能力で怪異を切り殺してきた超人だ。しかも僕に恩義を感じて、僕を守ることを使命にしているような少女。そんな彼女が簡単に僕を逃がしてくれるわけがない。
「うっおっ……!?」
「もー! くーちゃんを置いていったらダメ!」
スタッと彼女が着地する。
遅れて風圧がやって来た。
僕の前にはパジャマ姿のクミが立っている。
どうやら寝相が悪い方らしく寝癖がピョンと跳ねて胸元のボタンは外れていた。裸足で飛び出してきたようで真っ白な肌も露になっている。だが、僕はそんな彼女にエロスを感じなかった! だって、窓から飛び出してからの動きが人間じゃないんだもん!
窓枠を足場に跳躍! そのまま手頃な電柱を足場に僕を追い越す。そしえ屋根やら塀やらを伝って僕の目の前に着地したのだ。
「あのさ、どういう運動神経してんだよ!」
「別に大したことないよ。ほら私は陸上部だし」
はは、最近の陸上部はすごいなぁ……じゃねーよ! 今の動きはアクション映画でみるスパイの動きだ、バカ野郎!!
「それで何してるの? こんな真夜中に大声出したりしてさ、汗も凄いよ」
どうしよう、言うべきだろうかな? けどなぁ……絶対めんどくさいからなぁ。
「いやさ、実は……」
「ん? 鬼灯くんにしては歯切れが悪いね」
「だから蛍塚って呼べって前に話したよな」
「てへ!」
うん、こんなやり取りを前にもしてはいないだろうか?
って! そうじゃない。僕は今、クミにセナを探していることを白状すべきか悩んでいるんだった……!
◇◇◇
あれは僕が宜野座セナに助けられた日の放課後の出来事だ。さっそくセナに連れられて噂になっていた人切りならぬ怪異切り、つまり首刈クミの事件を調査することになったのだ。当時の僕は中学以降はもうクミと会うことなんてないだろうと、たかをくくっていたので、カッターナイフを片手に怪異を切り殺す彼女を見てしまった時は驚愕なんてもんじゃない。それどころか、クミが同じ高校、しかも隣のクラスだと聞いたときは驚愕を通り越して恐怖すらしたのを覚えている。そして……
「感心しません。怪異だって本質的に人間を襲わなければ魂を維持できない物だって要るのです、それを無闇やたらに切り殺すなんて」
「私は人間、怪異は人間を喰らう。それなら私が人間を守らなきゃいけないでしょ」
クミとセナ。カマイタチと雪女。正義とダークヒーロー。水と油……etc
候補を上げだしたらキリがない。セナは僕が対になる存在だと評したが、僕からみればこの二人ほど対極にいるのではないかと思えてしまうくらい性質が違うのだ。そんな二人が出会ってしまっては衝突するのは必然だった。
「私は怪異を殺して回ってるわ。けど魂は壊してない。肉体だけを破壊してるわ」
「だから許されると思っているのですか? 『それなら貴女は全身の骨を折られても命は助けてるんだから許して』なんて言えますか?」
何故だろう? 仕方なくタバコを吸っていただけなのにどうして僕は火花をバチバチといや、火炎放射気をゴォゴォと燃やす二人の間に立たされているのだろうか? しかし美人の喧嘩というものは迫力が半端ではない。二人の、猫のように丸っこく可愛らしかった瞳は鋭く輝き、眉間にはとんでもないシワの寄せ方をしている。
「大体ですね。私たち怪異は人間を襲うことがあってもそのほとんどは人間の恐怖や悪意という感情を食すのです。だから怪異が人を殺すなんて事例はほとんどありません」
「まるで蚊だね。彼らも人間の血を吸う煩わしい存在だけど、死を招いたりはしない」
「すこしムカつく例えですが、それで貴女が納得してカッターを下ろしてくれると幸いです」
「は?」
クミがナイフを抜いた。刃を限界まで出しきっている。そしてソレをセナに投げつけたのだ!
だが、一瞬遅れてセナも対応した。クミの足の筋肉の持っている熱を奪った。力が上手く入らなくなったクミはその場にへたり込んでしまう。
だが! だが! クミが投げたナイフはそのままセナの眼球を突き刺した。セナは雪男の父から生まれた少女だから、回復能力なんかも人間とは比べ物にならない。眼球の損傷だってすぐに治ってしまうだろう。燃えるような痛みなんて表現があるものだから、痛みもセナの熱を奪う能力で掻き消されてしまう。
それでも、クミには十分だった! 一瞬だけセナが集中を切らしたせいで奪われた足の熱が戻ってきたのだ。
そして、ここまでが僕が目で追えた二人の喧嘩だ。
「いい雪女さん? 蚊は確かに人を殺さない。けど彼らが運ぶマラリアやエボラは人を殺すの」
「何が言いたいのですか……?」
「だっーかーら! お前ら怪異が人を殺さないと言えども、人は弱いの。怪異と遭遇したせいで気が狂う人間がいる。恐怖でおかしくなる人間がいる。直接お前らが人を殺さずとも、人は狂い死ぬのよ!」
カマイタチの刃と雪女の異能が本気でやりあった。そして二人の本気の殺し合いはエスカレートして、町を巻き込んで一週間、休むこともなくやりあった。ちなみに僕は二人が屋根の上で戦い始めた段階で止めることをあきらめた。それに止めるにしたってどっちを止めるべきか迷ってしまったのだ……
クミの過去を知る僕だからこそ、彼女の異常なまでの正義が正しいと言い切れる。
セナが雪女だからこそ、半分怪異の僕は共感ができる。
そして、一週間が開けたその日。二人は動けなくなって河川敷に転がっていた。ひと昔前のヤンキー映画のワンシーンみたいな絵面だった。そして二人の関係までヤンキー映画の互いに意地をぶつけ合い、殴りあった不良みたいになっていたのだ。
「はぁ……はぁ……分かったわよ。これからは人間を襲った現場を見ない限り、殺さない。だから仲直りしましょう、雪女先輩」
「セナ先輩と読んでください。それから私も貴女のことを頭のネジが弾けとんだサイコパスだと思っていましたが、どうやら少し違うようです」
「セナ先輩って私のことをそんな風に見てたの!? くーちゃんはくーちゃんだよ!?」
「なので、ここで私も謝罪します。そして友達になりましょう、くーちゃんさん」
水と油が混ざりあってしまった。そして混沌が生まれたのかもしれない……。
どうやら互いに吐き出したい物をナイフと異能を通して出しきってしまったようだ。二人は互いを、認め合った。性格的には二人とも真面目な方だし、似ているところもあるから仲良くなるのも納得できる。だが、やっぱり水は水で油は油。首刈クミはどこまで行ってもクミであり、宜野座セナは逆立ちしようとセナなのだ……
結果、彼女らは大衆の前では大親友になった。お風呂なんかも一緒に入るほどの仲良しらしい。
だが、人目が無くなった瞬間にクミはナイフを抜き、セナは熱を奪う!
要は溜まったストレスを喧嘩によって吐き出しあう歪な友情関係を構築したのだ。
◇◇◇
いまは草木も眠る丑三つ時……。
クミは頼りになる人物だし、セナを探していると言えば迷わず協力してくれるだろう。だが……
こんな時間にこの二人が出会ってしまったら必ず喧嘩が始まるのだ! そうすれば必然的にトラブルも大きくなるんだよ!!
頭の中には二つの選択肢が浮かんだ。
A.素直に話して協力してもらう
B.全力で隠す!
「迷うまでもねぇ! Bに決まってんだろ!」
「B?」
「僕だって学生だ。毎日のテストや嫌いな教師。あとはお前らのせいでストレスが貯まってるんだよ。だからこうやって叫び回って発散するのが趣味なんだよ」
夜中に大声で叫び回るなんて、ただのやベーヤツじゃん。いや、目の前の少女の方がヤバいヤツだから問題はないな!
「へぇー鬼灯くんは私に嘘をつくような悪い子になっちゃったの?」
「いや……別に嘘なんて」
「私に嘘をつけるなんて思わないことね。鬼灯くんがセナ先輩の名前を呼んでいたのは聞こえたわ」
「チッ……最初からお見通しなのかよッ!」
すぐ戻るからね、とクミは家のなかに消えてしまった。着替えやらを用意してくるのだろう。
僕はその空白の時間を持て余す。セナのことが心配でソワソワしているし、これから大きくなってしまうトラブルを考えただけでも胃がキリキリと痛む。まさかこの歳でストレスの胃痛を経験することになるとはな……。
というか、首刈クミの家はほんとうに平凡な家だった。ここがカマイタチの寝城だとは思えないほどに、ありふれた灰色の屋根の一軒家だ。
「あいつの家って協会関係なんだよな」
十字架のような装飾、キリストや仏、神仏に関するものがないかぐるりと回って探してみた。だけど、結果としては何もそれらしいものは見つからなかった。気になるものも何もない。庭もあるようだが、そこにはアイツの兄貴の墓くらいしかなかった……。
「お待たせ!」
「案外早かったな……ってお前! なんで鎌なんて持ってるんだよ!?」
どうやら彼女は本格的にカマイタチになってしまったようだ。ジャージ姿には制服とは違う魅力があるというのに、両手に持っている草刈り鎌がそれをぶち壊しやがった!!
「セナ先輩と次はもっと本気の喧嘩をしようって約束だからね。カッターよりも切れ味がいいの」
「お前らやっぱり頭おかしい……」
いつかこの二人のうちどちらかが勢い余って死んでしまうのではないだろうか?
そんなことを考える僕とクミの真横を黒いハイエースが通りすぎた。あっちも年頃の男女が道の真ん中で戯れてるなんて思わなかったらしい。相当なスピードを出していた。僕は必死に、クミは余裕に道端に、飛んだ。
「なに考えてだよ! 下手したら事故だぞ! クミはともかく僕は死ぬぞ!」
待て……あんな酷い運転を正義感の強いクミが見たらどうなるのだろうか? 人間相手だから切り殺すなんてしないだろうが、洒落にならない脅しをするのではないだろうか!?
「……ねぇ、鬼灯くん」
「はっ……はい!!」
僕は彼女を止めようとした。正直、ビビりまくって止められる自信はないが、それが僕の役目だと思っていた。
だが、彼女は動かなかった。拍子抜けするほど、気味が悪いくらい動かなかった。
「今の車の後ろ見た?」
いや動かないのではない。動けないのだ。
怒りに震えて、彼女は動くことすら忘れてしまっている。
「スモーク貼りのガラスだから、よく見えなかった。というか余裕もなかった」
「そう……。あの車の後ろにね、乗ってたの」
クミ曰く、宜野座セナがあのハイエースに乗せられていた。口だけじゃなく目までガムテープでグルグル巻きにされ、奇妙なお札が貼られていたようだ。
「はは、ソイツはまた……」
許せない。
蛍塚ホムラにとっていくら宜野座セナが厄介な少女でも、彼女はかけてならない日常のピースなのだ。そんな彼女に何処の輩かもわからない非日常が傷をつけるだけでも僕は許せない。どうしようもないほど許せないのだ!
「追うよ……」
「いや待て」
「なんでよ!」
「確かにお前なら車でも追い付けるだろうけど、止められはしないだろ?」
まぁ、僕の炎でも止められないのだがな。
けど宛がある。こういうことに関してはアイツが役に立つのだ。
「アイツら運がないぜ。信号鬼のことを知らないらしい……」
手頃な信号機はないだろうか? 信号機ならなんでもいいが、アイツもこの時間は寝てる筈だし、確実に起こすには押しボタンつきの信号機がいい。
「信号鬼? 信号機じゃなくて……」
「あれ? まだ会わせてことはなかったか?」
ちょうど角を曲がったところに探し求めいた信号機を見つけた。僕は運がいいようだな。
「まず、ボタンを押す。そしてしばらくお待ちくださいの電子表示が出たなら」
勢いよく赤信号に突っ込むのだ。僕がそんなことをしてしまえば彼は飛び起きてくる筈だ。
信号鬼__
群集ムスブが僕を止めるのだ。
◇宣伝◇
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