蛍塚ホムラの日常

怪異に囚われた少年少女
雪年しぐれ
雪年しぐれ

好奇心の沼

公開日時: 2020年10月9日(金) 07:13
文字数:4,305

僕は夕暮れの歩道橋を宜野座セナと一緒に渡っていた。周りの視線がやや、集まっているから、やっぱりセナは美人なのだろう。というか、この視線は俺ら二人に向いてないか……? カップルに間違われているとしたなら、少し申し訳ないな。


「セナ……なんでお前が?」


「蛍塚くん、今日学校サボりましたよね?」


いや、正確に言うとサボることを強いられたのだが……しかも教師に、ぶん殴るという理由だけでだ! スイカ奢って貰ったから許してやるが、アイツは僕が教育委員会という切り札を使わないと思ってたかを括ってるらしいな……。


というか、クミはちゃんと頼んでいた本を図書室に返してくれただろうか?


「なぁ、クミはさ、」


「心配ご無用です。くーちゃんは、しっかり蛍塚くんの命令をこなしましたよ」


「誤解を招くから、命令とかいうな」


中学の頃、アイツをほんの数時間だけ、縛って監禁したことはあったが、僕は同い年の女の子に命令なんてしない。するのはあくまでも頼みごとだけなんだぞ。


「それで、こちらが礼のブツですよ。兄貴」


「だから、誤解を招くなッ!!」


彼女は僕にノートを差し出してくれた。うん、すごく綺麗な字で丁寧にまとめられている。普段シャーペンと赤ペンで最低限のことしか書き残さない僕のノートとは大違いだ。いろんな色のペンで大切な公式がチェックされ、くーちゃんポイントという、首刈クミの呟きなんかもあった。なんというか、勉強しようというやる気が出てくる。


待て……なんで、くーちゃんポイントなんだ?


「このノート書いたのはセナじゃないのか?」


「む、蛍塚くんは一つ重大な事実を忘れています。それは絶対に忘れてはならない事実で、それを忘れてしまうことは万死に値します」


「まて。まず、僕が何かを忘れたことは謝るが、お前まで中学の頃のクミみたいにわかりづらいネタを使うな……。ダブルオーは10年以上前の作品だぞ」


「え? 私は今流行りの漫画からネタをもってきましたよ。ほら刀鍛冶の鋼鐵塚さんが刀を折ってしまってぶちギレるシーンからです」


いや、そっちかよ! 僕の名前とちょっと似てるからって、それは違うだろ!


「というか、ツッコミで誤魔化さないでください。蛍塚くんは忘れちゃいけないことを忘れてるんです」


げぇ、折角誤魔化せたと思ったのに……。けど、忘れちゃいけないことってのは何だ?


僕はセナにとって大事なことを忘れるほど白状じゃないぞ。出会った日は勿論、お前とクミが友達になった日のことも、お前が拉致られたことだって、全部ちゃんと覚えてるんだからな。


「すまん。まったく心当たりがない」


「はぁ……ヒントは"せ"から始まる言葉ですよ」


せ……なるほど! それなら簡単だ!


「お前、生理か!」


「死んでください」


ぶん殴られた。雪男の血も引いてる女の怪力に本気でぶん殴られた……。痛いなんてレベルじゃない。これは早々、オオマに貰った傷を治す御札を使うことになったじゃないか。


確かにデリカシーのない発言だったのを反省しよう。だけど、忘れてるんことって何だ?


「……」


「ほんとにわかんないですか?」


「まったくわからん」


「わざとじゃなくて?」


「わざとじゃないぞ」


「私が先輩だってことをですよ?」


「お前が先輩だってことをだ……先輩、センパイ……あぁ!! そうだ、お前って僕の先輩、一個上のお姉さんじゃねぇか!!」


私怨があるから一切の敬意と払わず、タメ口で接するという無礼をしていたせいで、僕は彼女が先輩であるということを完全に忘れてしまっていた! というか、セナのですます口調もあるから、最近はかわいい後輩なんじゃないかって、錯覚までしてたぞ!!


「けど、それじゃあ何で、お前が僕のノートを? 同級生のクミが代わりにノートを取ってたなら、持ってくるのもアイツだろ」


「あ、それは私が彼女の引き出しから蛍塚くんのノートを盗んできました!」


「おい! ダークヒーロ! おまえ、仮にもヒーロなんだから、盗みなんてするなよ!」


「いいじゃないですか。怪盗セナってのもカッコいいですしね!」


「なんか怪盗ってワードが付くだけで、イケメンっぽくなるのが、ズルいな……」


けど、何でそんな面倒なことをしたんだ? 普通にクミが僕に渡せばすむ話だろ。


「なんか裏があるな」


「正解っです!」


セナはニッと嗤った。何か自信たっぷりに、まるで褒めてのと僕にすがるように、目を細めて笑みを浮かべたのだ。


「鬼灯くんを呑み込んだ、泥がありましたよね?」


「あぁ……あれか。あれならオオマと僕が今調べてる」


「ふーん、まだ調べてる段階なんですか?」


「何だよ、まるで自分は真相にたどり着いたみたいな口振りは?」


「当然の口振りですよ。だって私泥の正体が分かっちゃいましたもん」


宜野座セナは自分を拉致した奴らのことを追っていたそうだ。ネットや街の噂は勿論のこと、彼女自身が雪女というかなりの力をもった怪異でもある。セナが一言頼むだけで、命すらも差し出す従順な下僕みたいな怪異も結構いるそうだ。それらをセナはフル活用して、情報を漁っていたらしい。


「そしたら……一つ気になる噂を耳にしました」


「あの誘拐グループのことか?」


「いえ。けど、蛍塚くんにとってはとても興味深い内容ですよ」


セナが僕に教えてくれたのは、泥が狙っている怪異の共通点だ。


「確か……悪ガキの僕や、悪霊のムスブ、悪意のある怪異を狙ってるんだよな」


「はい。ですが、悪意なんて曖昧な物よりも分かりやすい。ちゃんとした共通点があるんです」


「なんなんだよ? それって?」


「それは……後天性か否かです!」


なるほど……そう来てしまうか。怪異は大きく分けて、生まれながらの怪異的な存在と、人間の生涯を終えて、または途中で怪異になった存在の二つだ。そして狙われた僕もムスブは後者に属している。


「なんで、あの沼は後天性の怪異を狙うか……それも分かってるのか?」


「勿論です。だから、私はくーちゃんという親友に対して盗みを働き、ノートを渡すっていう口実で蛍塚くんの元に訪れているのです」


別に会いに来るのに口実なんていらねぇだろ……。けど、セナの捜査力は凄いな。夢から夢を行き来するバクのシイナ以上に情報をもってくるなんて、怪異としてのランクの差が関係してるのか?


「後天性ばかり狙われるということで、私は人が怪異になるといった話を徹底的に調べました」


「それで……」


「ひとつ気になる事例がありましてね。あっ、その前に蛍塚くんは、知ってますか? 怪談なんかを夜に調べたりすると、悪いものを集めちゃうって話」


「あぁ、知ってる。だからホラー映画をみるのは決まって早朝だった」


「可愛いんですね」


……余計なこというんじゃなかった。年上の少女に可愛いと言われるのは……なんというか、むず痒いな。


「それで、その話と似てるんですけどね。とあるオカルト記者がつい最近行方不明になったんです」


「そうなのか?」


「えぇ。けど一人暮らしの人ですし、締め切りに追われたりとかしてたらしいんで、警察は自殺の可能性があると判断し、大したニュースにはならなかったんですけどね」


「それで……その行方不明になったヤツがどう関係してくるんだ?」


まぁ……なんとなく察したが。行方不明なのは怪異に取り込まれたからだろう。オカルト記者という性質上、一日中何かを調べていたら、運悪く実害を伴うヤツを引き当てちまったてとこだな……。


「私は最初、ただ怪異に取り込まれただけだと思いました。神隠しとかそこらへんです。けど、」


「けど?」


「実はさっきのよくないものを集める話は続きがあってですね。怪異を呼び寄せた人間自身が怪異というものを調べていくうちに理解しすぎて、気づけば自分もその呼び寄せたものたちと大して変わらぬ存在になるっていうオチがあるんです」


「なんだか話が繋がってきたな……怪異に成り果てた記者は、同じく後天性の怪異を狙う……きっと寂しかったり、共感したりしたいからなんだろうな」


「仮にこの仮説が本当なら沼はかなりの寂しがり屋さんなんです」


その記者さんは僕とはまた違う形で中途半端に『非日常』へ足を突っ込んでしまったんだろう。そして怪異なんかに関わった人間の迎える結末は、もうご存じの通りだ。ツキやクギョウみたいに、遅かれ早かれ、何かしらの歪みから逃れられるずに死ぬことになる。


「なぁ……つまり沼は俺みたいなヤツってことか」


「多分ですが、そうだと思います。沼の怪異は数多く存在しますが、怪異が怪異を襲うなんて話を私は知りません。だから、今回の事件を引き起こしてる沼は後天性のイレギュラーな筈なんですから!」


「はは……面倒なことが起こり始めやがった」


まぁ、この仮説が正しければ、人間と生まれながらの怪異である、クミやセナにシイナ。あとおまえでオオマのゴリラは被害に会わない筈だ。それなら僕だって自衛とムスブを取り返すことに集中できる。


「ありがとな。参考になったぜ」


「お役に立てて光栄の限りです。ですが、私の働きの割には報酬はたったのお礼一言ですか……。蛍塚くんともあろう人が言葉だけなのですか」


「おい、おふざけが過ぎるぞ。だいたい金がないんだから、飯とか奢れないし……」


「ちぇ……。一文無しなんですか……」


はは、財布に金が入ってなくて、露骨にがっかりするダークヒーロを僕は知らないし、知りたくもない。


「しょうがねぇな……タバコを買ったお釣で、日頃のクソまず炭酸ジュースの恨みを込めながら、プレゼントを送ってやるよ」


「60パーセント」


「何がだよ?」


「プレゼントなんかじゃ、私は60パーセントしか満たされません。私の心と身体を満たそうというなら……」


「心と身体って……」


彼女が僕の身体に掴みかかってグッと体重を掛けてきた! 僕は必死に抵抗しようとするが、完璧な不意打ちと、重力に敵うわけもなく、鉄橋の上で先輩に押し倒されてきまったのだ!


「な?……せな? なんだ……これ?」


セナの艶のある唇がすぐ真上にある。というか、めっちゃ清涼感のかある凄いい匂いがするし、雪女だから、やっぱりひんやりもしてた……。


ダメだ。心臓がうるせぇ! コイツってこんなに可愛かったかのか!?


「ふふ、冗談ですよ。けど、その顔を真っ赤にするというリアクションをみる限り、私にもチャンスは残されているみたいですね」


「チャンス……?」


「ええ。まだ、くーちゃんには負けないという核心と、勝利の光が見えました」


負けない? 勝利の光……? てことはコイツら、また喧嘩でもしてるのか……。それとも何かを競ってるとか?


「なぁ、何でこんな冗談を?」


「あー、それならくーちゃんに聞いてみましょう。ほら、歩道橋の向こうにちょうど走ってる彼女が見えますよ!」

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