「エルバに『キメラ』が現れました。二種配合<デュース>です」
「組み合わせは?」
「人間と猪と思われます」
「……『キメラ、という言葉には二つの意味がある』」
ちょうど読んでいた書物にキメラに関する記述があったのも何かの縁。秘書の報告について考えをめぐらしながら、該当する部分を読み上げる。
『キメラ』の持つ二つの意味。
ひとつ。獅子の頭に山羊の胴体、毒蛇の尾を持つ獣のこと。
そしてもうひとつ。上述のキメラから由来する名称としての、二種以上の生き物を融合させた生物のこと。より広義には、生物のように動くもののこと。
「『死体に悪霊が取り憑けば不死者、すなわちゾンビやグールになる。それは生前の生物の能力・特性を引き継ぐが、個体としての意志は残っておらず動かしているのはあくまで悪霊である』」
人が騎乗する動物を選ぶ感覚に近いだろう。馬なら馬の、飛竜なら飛竜の乗り方があり、できることも騎乗する獣によって決まってくる。知性の低い悪霊であるならなおさらに、その生き物の体でできることをそのままに使いながら人間を狙う。
「『よって理論上は、外科手術により馬の足と飛竜の翼を持つ死体を作り上げて悪霊を取り憑かせれば、馬と同じに走り飛竜と同じに飛ぶゾンビを生み出すことができる』」
二種類の生き物を組み合わせれば二種配合<デュース>。
三種類なら三種配合<トレイ>、四種類なら四種配合<ケイト>……と、より強力になってゆく。
それが今回現れた『キメラ』という存在の特性だ。
「机上の空論ですね」
秘書が言う。
そう、キメラはあくまで理論上の存在だったのだ。なぜなら、馬の背中に飛竜の翼をつけても飛べないから。それを動かすための強靭な筋肉と、飛行を妨げない流線型の軽い体、そして飛竜の体に刻まれた『飛んで生きる』という本能があって初めて翼は機能する。
人間の知性と猪の強さを持つ二種配合<デュース>ですら、実現には数え切れないほどの障壁がある。
「そのはずだったんだがな。現実に現れたんだろう?」
「私も二度の精査を命じましたが、間違いないかと」
「二度やってそうならそういうことなんだろうな。それで?」
「まず、被害状況について申し上げます」
「…………ああ」
秘書の言葉に、全身が粟立った。
そんな怪物が街に出現したなら市民に被害が出ているのは当たり前だ。それは痛ましいことではある。痛ましいことであるが、さほど重要ではない。一般市民が五人、十人が死んだことよりも、キメラが誰に作られてどこから来たのかの方がずっと重要だ。それなのに秘書は被害報告を優先した。
それに値する人物や物品が被害を受けたということに他ならない。
「第二王女、リーリエ殿下が襲撃されました」
「殿下の安否は?」
「ご無事です。お忍びで裏町を散策中に襲撃され、密かに後をつけていた衛兵が応戦するも全滅。偶然通りかかった聖女フィーネ隊の隊員、シア・ルミノールにより浄化されたと報告されています」
「フィーネ隊の……ルミノール? あのルミノール家の娘か」
ルミノール家といえば以前の政争で敗れた家だったはずだ。他の家が離脱する中で最後まで派閥に義理を通し、最後は全ての責任をかぶせられて没落したと聞いていたが。王女の護衛が束になっても一蹴されたような相手をそこの娘が倒したのか。
それほどの人材だったとは驚きだ。
「幸運なのか不運なのかわからないな、リーリエ殿下は」
最悪の事態は避けられたと知るも、肩の力はまだ抜けない。襲われたのが王女となれば計画的なものかもしれず、リーリエ殿下や他の貴人を狙う二度目、三度目がないとも限らない。
「それで、作ったのは誰……いや、どこだ? 何のために?」
敵は個人ではない。どこかの国か大組織が潤沢な資金を注ぎ込んで生み出し、敵対行為としてエルバに送り込んできた。そう考えるのが自然だろう。
外交問題は勘弁してほしいのだが……。そう願う私の思いとは裏腹に、秘書の返事は無慈悲だった。
「状況から言って、リードかと」
「……魔導国家の面目躍如だな」
「エルバは御存知の通り治安維持に力を入れていますから、悪霊の取り憑いた大型死体など容易には持ち込むことも移動することもできません。可能だとすればリードの魔導技術だけでしょう」
世界中で通用している『輝力』による評価も、もとを辿れば測定技術がリードで生み出されたことに端を発する。その技術力は他の追随を許さない。
公開される技術、独占される技術、そして、門外不出に秘匿される技術。数多の技術をあの国は握っている。
「しかしキメラを実用レベルにしていたとは……。だが今重要なのはその技術よりも、運用された目的だ。君はどう見る?」
「戦力の誇示と警告ではない、と考えます」
「そうだろうな」
一見すると、自分たちの技術の一端を見せつけることで『この力に怯えろ。我々に逆らうな』というメッセージを送ってきたととれる。
だが、ならば『皆殺しにするはずがない』。
「偶然に祓魔隊が通りかからなければ、殿下も含めて皆殺しで目撃者もいなかったはずだ。誇示するためなら大通りに突撃させた方がよほどよい」
「では、リーリエ殿下の暗殺でしょうか」
「子供の暗殺に秘匿技術を投入し、敵に分析されるのを許すほどリードは間抜けじゃない」
「では……」
「本命はリーリエ殿下ではない。戦力を誇示しないということは領土や利権でもない」
考えられる結論は。
「おそらくは『聖女』だ」
王女が襲われたとなれば、誰もがそれが主目的だと考える。実現不可能とされた兵器が使用されたとなればなおさらだ。
その思い込みを抱かせること自体が目的だったならば。
「聖女、ですか」
「我が国は聖堂の活動が活発で聖職者の、ひいては聖女の排出数が多い。リードにも何度か聖女を派遣しているくらいだしな。リードが我が国から奪い取りたいものがあるとすれば聖女が筆頭だろう」
「王女狙いと装って不死者による襲撃を行い、対応で聖女が出てきたところに何か策を巡らせるつもりだと?」
「まだ断言はできないが、私はそう考えている」
私の言葉に、秘書は表情を変えず考えること数秒。
「そうかもしれません。とはいえ王女が襲われたという事実がある以上、家臣からはそれ相応の対応も求められるでしょう」
「ああ。だが警戒しているかどうかは大きな違いだ」
敵の目的が王女だった場合。王女の身辺警護を強化しなくてはならない。
王女だと思い込ませるのが目的だった場合。こちらがそれに気づいていることを悟られないようにしつつ、いかなる事態にも対応できる戦力を揃えなくてはならない。
とるべき答えは同じだ。
「強く信頼できる者を見つけ出し、最も優れた者は殿下の傍に置く」
「という名目で力ある者を集めて、聖女の護衛にもつけるのですね」
「そういうことだ」
「では、騎士団から人材を選抜します」
「頼む。……いや」
先のシア・ルミノールのように政治的な事情で埋もれている人材もいるかもしれない。少しでも多くの戦力を新しく得たい今、そういった層にも目を配るべきだ。
「そういうことだ。急ぎ、準備をしてくれ」
「かしこまりました」
スリーニア王室参謀長、エーリヒ・シンプロン。この国において頭脳としてトップに座する男の命令は、ただちに実行された。
二章はこれで終了です。次回からは第三章。
さまざまな思惑や因縁が絡み合う中、ユーリは因縁のギルドとの対決に臨み、フィーネは覚悟の女児服プレイを強いられます。お楽しみに。
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