追放された下っぱ冒険者、幼馴染な聖女さまの添い寝係に抜擢される

~オバケとか超苦手だから私が寝るまで傍にいて~
黄波戸井ショウリ@添い寝聖女
黄波戸井ショウリ@添い寝聖女

第3話 『あの悲鳴、長く一回だけでしたの!』

公開日時: 2020年11月11日(水) 21:03
更新日時: 2020年12月24日(木) 19:34
文字数:3,354

 シアさんは身長の低さを気にしているようで、行きずりの冒険者にそれをからかわれてご立腹だ。ここは俺が社会人男性にふさわしいフォローをしてみせよう。


「それはひどいですね。レディの扱いというものを弁えていません」


「あら、気の利いたことも言えるじゃありませんの」


「『お人形さんかと思った』とでも言うべきですよね」


「そういうことじゃねえんですわ」


「あれ?」


 ちょっと違ったらしい。


「失礼ですが、お国はけっこうなド田舎でいらっしゃいますの?」


「どの程度とも言えませんが、けっこうなド田舎です」


「そう、けっこうなド田舎ですの。あなたのような蛮族が肩を寄せ合って仲良く暮らしていらっしゃるのでしょうね」


 俺が世間を知らないのは事実なので、故郷のアル村が他所と比べて野蛮である可能性を否定はしきれない。俺やみんなが気づいていなかっただけでとんでもなく遅れている部分だってあるだろう。


 ただひとつ言うなら、俺とフィーネは幼馴染なわけで。


「そこ、フィーネの故郷でもありますけどね」


「きっと牧歌的で美しくて心の清らかな方々が住まう、天国のような場所なのでしょうね!」


 蛮族のすみかから天国に格上げした。この切り替えの早さもきっと処世術に違いない。


「勉強になります」


「なんだか釈然としませんわ。あとフィーネ様を呼び捨てにするのはおやめなさい。不敬ですよ不敬」


「そう言われましても……。フィーネ本人からそうするように言われているので。フィーネ様って呼ぶと泣くんですよ……」


「息をするように関係性の深さを見せつけるのやめてくださいません?」


 俺の胸の高さにある口から、ギリリと歯を軋る音がした。


 別に見せつけているつもりもない。いくら幼馴染といえど、雇う側と雇われる側になった以上は呼び方も改めるべきではないか。俺もそう思って『フィーネ様』と呼んでみはしたのだ。世界の終わりでも訪れたような、フィーネのあんな顔をもう見たくはない。


「望郷の念がつのって、こんな蛮族でもいいから昔のままに接してほしいというお気持ちなのですわね……。おいたわしい」


「ところでシアさん、今のは嫌味の類いだと思うので、あえて言い返したりはせずお尋ねしますが」


「そこまで言ったら言い返してるのと変わらねえですわ。なんですの」


「買い物するはずだった店って、もしかして通りすぎてませんか?」


「……はい?」


 立ち止まり、二人で周囲を見渡す。街の繁華街はとうに終わり、周囲はやや寂れた裏町といった様相を呈してきている。


 俺の村は小さかったので、猫に夢中になったフィーネが村外れまで行ってしまって泣いて帰ってきた、なんてことも何度かあったが。こんな大きな街でも同じことが起こるとは驚きだ。


「そそそそんなことはありませんよ? ほら、えっと、臨機応変な、えー……」


「すみません」


「人が言い訳を考えてる時は待つのが礼儀作法です!」


「言い訳なんですね?」


 本当に嘘のつけない人である。


「い、言い訳なんて言葉のアヤですわ。私は聖職者の直感で、ここに人身をおびやかす脅威が現れるという予測を立ててやってきたのです!」


「聖職者って便利なんですね」


「た、ただあくまで予測は予測ですので? 一定の確率であたりも外れもしますので? 今日はどうやらはず……」


 シアさんが言い終わるか、終わらないか。そのくらいのタイミング。




「キャアアアアアアア!!」




 裏路地の方から悲鳴が上がった。あの切迫した声、子犬と戯れているような尋常な事態では少なくともない。


 とっさにその方向へ駆け出すと、すぐ横をシアさんも同じ速さでついてきた。


「よ、予測大当たり! 言ったでしょう、脅威が現れるって!」


「東方のことわざで『瓢箪から駒』というのがありますが、まさにそれですね」


「う、嘘じゃねえですわ!」


「フィーネの好きな言葉です」


「勉強になりましたわ!」


 瓢箪は現地の植物で、駒は馬のことらしい。意味よりもいかにも異国のことわざという感じがフィーネのお気に入りだ。


「なんて、冗談を言っている場合でもないですよね」


「ええ、お分かりなら結構です!」


 隣を走るシアさんの表情は『必死』だ。何が起こっているか分かっているということなのか。尋ねると、シアさんは苦い表情で答えてくれた。


「あの悲鳴、長く一回だけでしたの!」


「一回?」


「ただの暴漢やひったくりではないかもしれない、ということです!」


 そういった不逞の輩が若い女性を襲ったとする。口を抑えることを優先するから長く叫ぶということは考えづらい。女性が運良く危機を脱していたとして、それなら何度も助けて助けてと叫ぶはずだ、と。たしかに俺が強盗ならあんな叫び方は絶対にさせない。


「では長く一回というのは?」


「そういった、通常の『危機』ではない何かです。あの切実さからみて、最悪を想定するならば」


 そこから導かれる『最悪』とは。


「はぐれた野獣、ないし悪霊が現れた!」


「道理です」


「ここを曲がれば! ……は?」


 果たして、シアさんの予想は『半分当たっていた』。


 そこは繁華街を外れて大通りからもいくらか奥まった場所にある、おそらく開発から打ち捨てられた地区。エルバが交易都市として発展する中で取り残された古い下町。


「か、は……!」


 ひとりの少女が鷲掴みにされて宙に吊られていた。


 細い体を掴んでいるのは猪の頭に人間の体を持つ奇怪な大男。シアさんは野獣か悪霊か、と予測を立てていた。


 半分野獣。それが答えだった。


「ッ……!」


 想定外の事態にシアさんの足が止まる。俺もその威圧感に一瞬体が固まりかけて、それでも足を前に出した。


 少女の周囲に転がっている死体はどれもひどい有様だ。強い力でひしゃげたように叩き潰されて血溜まりの中に転がっている、その凄惨な姿から推測されることはひとつ。


 あの化物は、人間を投げて壁や床に叩きつけている。


 子供が壁に泥団子を叩きつけて遊んだ後を思い出す光景。しかし血と砂埃のすえた匂いが、少女を捕らえて荒く呼吸する化物の姿が、そんな可愛らしい想像をする余地などないことを物語っていた。


「……借ります!」


 死体のひとつに衛兵らしきものを認め、そのそばに落ちていた剣を拾い上げる。俺が実家から持参した武器はギルドの部屋に置きっぱなしだからこれを使わせてもらうしかない。その上で敵には向かわず、俺はとっさに後ずさった。


 少女を投げつけられた。推測していた通り、だがあまりに非現実的な攻撃に背筋を凍らせながら、俺はどうにか射線に身体を割り込ませる。


「――ッ!」


 受け止めると同時、地面を蹴って大きく大きく後退する。


 小さいとはいえ人間ひとりぶんの重量、力ずくで受け止めれば少女の体はたやすく折れてしまう。体を貫くような衝撃を吸収したダメージで自分の骨がきしみを上げる。


「……無事か」


 勢いを殺しきってそっと地面に寝かせて、少女の胸が上下していることに安堵する。幸い気絶しているだけのようで呼吸は穏やかだ。命に別条はないだろう。


「まずは話し合いを……とはいかないよな」


 少女を掴んでいたのとは逆の腕、大岩のような右拳に握られているのは巨大な棍棒。その質量だけで人間を殺せる大きさの武器だ。戦って勝てるか勝てないかを考えかけるが、重要なのはそこではない。


 気絶している少女をどう助けるか、だ。それだけを考えるなら逃げの一手こそ最善に違いない。


「でも、こいつを放っておくわけには……!」


 周りで血溜まりと化しているのは衛兵、つまり護衛の専門家だ。そんな人たちが簡単に倒される相手を、こんな街中に放置してよいのか。


「ユーリ!!」


 思案していた俺の後ろから、不意にシアさんの声がした。


「あなた、その方をお連れしてお逃げな……まだるっこしい! その方を担いで逃げて!!」


「シアさん!?」


 俺の横をすり抜ける赤髪。残像が残る速さで棍を構えたシアさんが猪男へ向かっていく。


 彼女の選択は正しい。


 俺たちは二人いる。だから一人が足止めし、もう一人が少女を連れて逃げ、助けを呼ぶ。とても合理的で正しい対応だ。だが。


「無茶だ!」


 シアさんがいくら腕が立つといっても、あの大きさの相手ではまず棍の打撃力が足りない。当たっても効かないのでは勝ちようがない。自殺行為だ。


 そう伝えようとした俺に、しかしシアさんは振り返りもせず棍を振り上げた。


「お召し物で分からないの!? その方、王族よ!」



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