銀河魔術の先生~天の光は全て教室~

これは、星の数だけ在る未来の授業。
かずなし のなめ
かずなし のなめ

033:あの日からずっと、雨が鳴りやまない。

公開日時: 2020年10月5日(月) 21:46
文字数:4,058


 最初に映ったのは、アルファの様な石造りの街ではなく、木材で創った家が立ち並ぶ村だった。

 道は舗装されておらず、家の創りも専門家が立てた訳ではないのか違和感のある作りだったが、すぐにメルトには無理からぬことだと悟れた。

 

 村にいたのは、子供だけだからだ。

 しかもインベーダの子供――アルファルドチルドレンのみだ。

 家も村も、子供だけが建てたのなら、寧ろ建てる事が出来ただけで金字塔と言ったところだろう。

 

 メルトは察する。

 この場所はアルファルドチルドレンだけが住んでいた村、“オリオン”だ。

 事実を手繰り寄せながら、既に昔の話になってしまった雨男《エトセトラ》の記憶を丁寧に見上げていた。


「おはよう、●●●●」


「●●●●は人間なのに本当に俺らインベーダに優しいな」


「●●●●! 村の近くで魔物が!」


「見てくれよ。やっとトマトが生ったよ。いやぁ……本当、やっとだよ」


 雨男《エトセトラ》の正体だけは、読み取らせまいという気持ちが強いせいか、漏れ出す記憶にモザイクがかかっている。

 だが現れるアルファルドチルドレンは、その銀眼で人間である雨男《エトセトラ》に優しく喜怒哀楽を表現していた。

 昔からの同胞の様に、仲間の様に、家族の様に見て、見られていた。

 

「……“サニー”」


 個人情報である声も、現在の雨男《エトセトラ》の様に調整が加わっている。

 しかし温かみは、色褪せた記憶ごしにも確かに感じ取れた。

 若干フクリに似た、12、3歳くらいの少女が懐いた様子で雨男《エトセトラ》に抱き着いていた。

 

「●●●●お兄ちゃん、お帰り」


「お兄ちゃんはやめろって。俺は人間だぞ?」


「いいの! 私にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから……ね? 今日もひまわり畑に行こっ! 今日も新しい踊り覚えたんだよ!」


 無垢に笑う少女。

 きっと雨男《エトセトラ》の視点だろうから、彼の表情は分からない。

 

「……ああ」


 けれど、今の雨男《エトセトラ》からではこんな優しい声は想像もつかなかった。

 そして日常のワンシーンとして、立派なひまわりが映るのかと思った。

 

 

 映ったのは、ひまわりだった。

 ただし、豪雨の中、黒焦げになって変わり果てた姿のひまわり達だった。

 

 

「……やめてくれ……お願いだ……」


 先程まで逞しささえ思えた村は、紅い悪魔に飲まれていく。

 降り注ぐ雷雨さえものともせず、沢山の住処と命を喰らってどんどん空へ伸びていく。

 星空さえ見えない、暗黒の雲に包まれた天井へ。

 

 次から次へと儚い命が殺されていく。

 剣を持った人間の兵士達が、嬉々とした表情で少年少女達を撫で斬りにしていく。

 メルトすらもその暗黒の中に飛び込んで助け出したかったくらいだ。

 

 そもそも、メルトがこの時体が硬直していた事は、メルト自身も気づいていない。

 只管に子供が泣き喚きながら、刃を突き立てられて次々に死んでいく。

 その度に、自分が貫かれたような気分になる。

 

「やめろ!! やめろぉ……!!」


 雨男《エトセトラ》の視点から察するに、雨水の泥に抑え込まれ、“その悲劇を眼球に焼き付けるしかなかったのだろう”。

 

「父上、間もなく離れなければこの近くで戦うという白日夢《オーロラスマイル》の戦闘に巻き込まれますぞ!」


 映っていたのは、グローリー=ハーデルリッヒ。

 そして会話をしていたもう一人は、東ガラクシ帝国侯爵のルジス=ハーデルリッヒだった。

 

「ガキどもは?」


「全員死亡したようです」


「何体か連れて帰れ。人類に仇なした存在として、たっぷりと汚名を被ってもらうとする」


 確かに視界にあったアルファルドチルドレンは皆、息をしていなかった。

 最後に映ったのは、ついさっきまでひまわりのような飛びっきりの笑顔を見せていた“妹”。

 もう、笑う事の無い虚無な泣き顔がこっちを見ていた――。

 

「サニー……」

 

 

 ――場面は変わり、どこかの街。

 

 

 記憶のふざけたどん詰まりでは、さっきの村とは打って変わって立派な建造物で埋め尽くされた街があった。

 雨風に一切負けない強固さを覚えながらも、人の血が通っていない様な量産されたような街だった。

 

 だが、その中心で“それ”はあった。

 

「……この子達が近くに住んでいたっていうアルファルドチルドレン?」


「何でも俺達の街を乗っ取ろうと策略を練ってたんだとよ」


「国を亡ぼすインベーダの魔術も準備してたんですって」


「6年前にもインベーダの村がそんな事をしようとしていたな」


「“アストライア”の糞共だな」


「けっ! この侵略者共が!」


 勝手な野次を飛ばしながら、雨男《エトセトラ》が見上げていたのは。

 十字架に磔にされた、“オリオン”の子供達だった。

 全員裸で、何も身に着けていない。

 傷だらけ。剣によるだけではない。

 

 人類に仇なしたインベーダの血を継ぐ存在として、死して尚石を投げられているのだ。

 あらゆる方向から投げられる投石にどんどん形が崩れていく。


 あの天真爛漫なサニーも、崩れていく。

 裸体を隠す事も出来ず、観衆に晒されたまま崩れていく。

 人間の、勝手な暴言の中で崩れていく。

 崩れていく。

 全ての世界が崩れていく――。

 

 

「……お前はさっき聞いたな。“オリオン”で何を見たのかを――人の悪意によって捻じ曲げられた、終わってしまった未来」


 “黙《サイレントチルドレン》”の投影がそこで断たれた。

 先程まで苦しむ様子を見せていた雨男《エトセトラ》が、ようやく自我を取り戻したのだろう。

 右手から伸びる漆黒の狼を完全に掌握していた。

 

「俺はオリオンで、それを学んだ」

 

 一方で凍り付いていたような表情を見せていたのはメルトだった。

 走り切った後の様に息を切らし、見えないものが見えている様に目が泳いでいた。

 

「……さっき写ってたのは、ハーデルリッヒだね。だから復讐をする気なのかい」


 それでも、まだ雨男《エトセトラ》に対しての返事が出来るだけの元気はあった。

 

「復讐もある。だが、奴らはまた同じように未来を穢す。自分達の利益になると分かれば、無実の罪を当然のように擦り付けて、裸で遺体を晒上げるなんて事さえ平然とやってのける……奴らは宇宙を穢す」


「……オリオンは、やはり無罪なんだ」


「人類は皆ハーデルリッヒの味方だからな。ハーデルリッヒの見方しかしない。証拠だって普通に捏造された……だが俺は知っている。もう学んでいる」


 オリオンのアルファルドチルドレンは。

 ただ、逞しく生きていただけだった。

 人類に迷惑をかけず。

 自由に、笑って生きようとしていただけだった。

 

 ただ、生きたかった。

 それだけだった。

 

「俺の願いは二つ……ハーデルリッヒの血をこの世界から消す事。そして二度と“オリオン”の様なアルファルドチルドレンが生まれない様に、この星を書き換える」


「この星を……書き換える」


「怪刀“欄魔”なら……キッズにすらなれるこの“暗黒”なら、それが可能だ。あんただってヴィシュヌと戦った時に、この怪刀“欄魔”にそれだけの力が秘められている事は知っているだろう」


「雨男《エトセトラ》……怪刀欄魔の完了領域にまで気づいていたか」


 木の棒が変心《モーフィング》した怪刀“欄魔”を掲げて、雨男《エトセトラ》はその完了領域を口走る。

 

「怪刀欄魔完了領域“虹の麓ニライカナイ”」


「……もう君は、それを」


「まだだ。その為にはこの怪刀“欄魔”と……まだ会話……しなければ……」


 再び足元がぐらつく雨男《エトセトラ》。

 やはり体に纏わりつく暗黒に、それの源である怪刀“欄魔”に精神を蝕まれつつある。

 暗黒が、どんどん雨男《エトセトラ》の未来を閉ざしていく。

 メルトの眼にも、それは明らかだった。


「……待ってろよ……皆。もう少しだけ、時間がかかりそうなんだ……サニー、お兄ちゃん、また……きらきら星を……あのひまわり畑で」


 ぶつぶつと呟く雨男《エトセトラ》の背中から、発されている黒い翼。

 噴射される黒い線が勢いを増し、更には人間の悲鳴さえ聞こえた。

 あの暗黒に閉じ込められた、魂を模した何か。

 雨男《エトセトラ》の魂を喰らって寄生する何か。

 メルトは異常を悟り、遂に叫んだ。


「もう欄魔を手放せ! 今君がどうなっているかもわかっている筈だ!」


「……俺がどうなっているか? はは、はは……俺は、俺は……オリオンで死んだ」


「君は……ちゃんと生きているだろう。大地に脚を付けて! しっかり立っているだろう!」


「ここにいるのはただの辻褄合わせ……オリオンに雨をもたらした……雨、男……そういえば、あの日もこんな雨だった……」


 雨なんて降っていない。

 完全に欄魔により、暗黒に精神を蝕まれている事による中毒が見え隠れしている。

 

「大丈夫……皆……大丈夫……俺はまだ平気……皆で虹の麓に行くまでは……俺は……欄魔に負けはし、しない……俺は」


 再び、黙《サイレントチルドレン》に映った。

 妹の、同胞達の最後の十字架が。

 

「俺はあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 咆哮。

 しかし、自分を奮い立てるものではなく。

 あの日、処刑場で泣けなかった変わりの号泣だった。きっと。


 暗黒によって構成された、純黒の狼。

 全てが匿名の顎は、距離の壁を簡単に超えて首を伸ばし、メルトの頭上から迫った。

 牙が嚙みつけば最後。

 反物質との反応により、この世界から存在が消滅する。

 

 しかし、メルトは全く見上げない。

 雨男《エトセトラ》の仮面に隠れた、悲痛な表情を想像していた。

 

「……大した、精神力だよ。辛いよね。大事な人を失うって」


 メルトは。

 哀しく、笑う事しか出来なかった。

 

 教師としての眼。

 先程の惨劇を見た人間だからこそ、メルトは改めて苦渋の表情ながらも光のある瞳を雨男《エトセトラ》に向けていた。

 まるで雨の中、泣く事しか出来ない子供を宥める様に。

 

 

「“黙《サイレントチルドレン》”」



 だから、本気を出した。

 メルトの体から出現したのは、同じく漆黒の龍。

 

「だけど、それでも僕は君の命まで諦めるわけにはいかない」

 

 狼の顎以上の大きさによってすっぽりと呑み込むと、そのまま雨男《エトセトラ》の体に激突する。

 何百メートルと転がる雨男《エトセトラ》。

 その暗黒にのみ与えたダメージによって――膝をついていた雨男《エトセトラ》の体は、元の人間に戻っていた。

 

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