メルトは激しい気流と空気抵抗ににそのスーツと、髪を晒していた。
共に落ちるは、自分よりも何十倍も大きな蜘蛛。
太陽光を遮る、日食のような存在。
まるで親の仇の様に、“とうの昔に壊れた”眼で語り掛ける。
「……最後まで、生徒を失う事が……家族を失う事がどんなに辛い事か。アンタには何一つ分からなかったみたいだな」
「メエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエルトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
重力に従って、既に致死圏内の速度にまで自由落下を繰り広げる。
下へ、下へ、下へ、引っ張られていく。
地面が、地表が、後者がどんどん近づいていく。
別段、地面に叩きつけられる事への恐怖は無い。
銀河魔術の使い手であるメルトにとって、重力は自信を殺す凶器に成り得ない。
ただ、目前の化物が生徒を喰らうことが無いように、“一切の再生を許さない破壊”を遂行する事で頭がいっぱいだった。
“だが、その為にはメルトが本気を出しても問題ないように場所を作る必要がある”
「アンタに学院の土は踏ませない。生徒の命を踏みにじらせない――最早この世に、この星にアンタの存在は置く事を、僕は許さない」
メルトの後ろに、再び空間を飛び越えるトンネルが出現する。
猫の解。
ただし、その先に繋がっているのは、只管夜空。
自分達を覆っている蒼天とは真逆の漆黒。
「“この星にアンタの居場所はない”」
メルトが指定した行先は、この星にはない。
しかし、行き先がある以上、どこかにある世界。
宇宙のどこかに、ある世界。
つまる所。
“宇宙に、そのトンネルは繋がっていた”。
足場も一切ない、星から充分すぎる程離れた、まさに闇そのものに繋がってしまっていた。
「さあ、宇宙《ここ》がアンタの答えだ。せめてその終わりを見届けてやるよ」
宇宙に、空気も大気も存在しない。
星の外である無にして無限の空間には、一切の生命が存在しない。
何より、地球では当たり前の上限の概念も、足で立つ大地すら存在しない。
故に、ここは宇宙。
この世界で、一番暗く、そして無限に在る場所。
足元にも、左右にも、勿論上にも――見渡す限り一面、黒と星だらけ。
「が、ああああああああああああああ!!」
しかし、まるで本能で宇宙の泳ぎ方が分かっているかのように、蜘蛛の巨体はとてつもない速度でメルトを横切る。
そもそも、空気が無い事によってグローリーは窒息もしなければ、ゼロになった気圧の環境に爆ぜたりもしない。
メルトは今更、そんな事に驚く事はしない。
銀河魔術を会得したものにとっては、大気や重力の喪失は死因に成り得ない。
宇宙で生まれたのが銀河魔術だ。勿論、宇宙での生き方も、歩き方も、戦い方も教えてくれる。
何より、宇宙でこそ銀河魔術は輝きを増す。
「もしこのままお前を放っておけばいつか僕らの星に辿り着くだろう。置いていく事はしない。ちゃんと責任もってあの世に送る――もしフクリやミモザに本当に手を出していたら、プトレマイオス先生がミモザを万が一守ってくれなかったら、“そうするつもりだったし”」
超速で動くグローリーの遊泳に、メルトが平行線を描く形で着いて行く。
右手に発言させた粒子の光線。それを2メートル程に留めた粒子の光剣。
振るえば、キッズの体すら刹那で焼いて刻んでいく。
「ごえあああああああああああああああああああああああああ!!」
グローリーが咆哮と共に、“猫の解”を発動。
寄りにもよって開いたトンネルの先は、広がる青空――メルトの星だった。
しかし、メルトが左手で放った光線がトンネルを包み込んだ途端、そのトンネルは光の中に消えた。
粒子の中に、空間の属性も交えたメルトの銀河魔術が発動したのだ。
「貴族ゆえに年貢の納め方も知らないんだな。じゃあ僕が教えてやるよ。最後の授業だ」
まるで体から引きずり出すように、這い出てきたのは――宇宙の闇よりも暗い、“暗黒”の属性だった。
一瞬真っ黒な煙となって出現したそれは、赤橙黄緑青紫と彩り豊かにカラーという概念を付け、メルトの周りを彷徨う。
精神を引き裂き、喰らいつくすはずの暗黒。
雨男《エトセトラ》でさえ、現在進行形で自我を飲まれつつある。
しかし明らかに暗黒を自由自在に操るメルトの顔に、一切の苦悶も、雲もなかった。
やがてオーロラの様にメルトの周りを包み込む虹色。
虹の羽衣。
それを纏っているかのように、形を成した直後。
『メルト』
キッズという種の入り口である、暗黒達の合唱が響き渡る。
空気も無く、音が伝わる媒介も無い筈の空間を支配する。
そしてメルトは、精悍な顔つきで。
――“メルト・キッズ”への。
変身を、開始した。
「反天《リバース》」
ここは宇宙。
世界で一番、孤独な場所。
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