体が大きい。
それだけでも、十分な強さの理由になる。
像が蟻を知らず知らずのうちに踏みつぶせるのは、比較して巨大すぎるから。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
たった一歩で獲物との距離を残酷なまでに積め、道中にある障害物を大小関係なく片手間に薙ぎ払う。
今のグローリーには砂の城も、立派な建造物だろうと誤差でしかない。破壊しながら吹き飛ばしていく。
魔物という枠すら超えて、破壊の権化。
近づくという行動だけで、街が破壊されていく。
既に二足歩行からも遠のいた本物の蜘蛛と成り果てたグローリーの行進は、手当たり次第の物質の破壊と共にあった。
「もう自分が成り上がりたいとか、人間らしい欲求すらも奪われているようだな。お前の仇はここだ」
同じキッズでもサイズが違い過ぎる。
しかし、今更怖気づくなら戦う事すらしなかっただろう。
逆に小ささを活かし雨男《エトセトラ》が、爛魔を横に振り被ったまま上からグローリーの背中目掛けて突撃する。
「恐らくはここまで暗黒に魅入られては、基本的には目前の存在を破壊する事しか考えられない筈だ。特に憎んでいた僕らを潰して、溜飲を下げる事しか考えていない筈だ」
しかし攻撃は既に始まっていた。
空を跳ぶ雨男《エトセトラ》からではなく、未だその場から一歩も動いていないメルトからだった。
「流星群」
銃のトリガーを引く度、メルトから光線が放たれる。
しかも銃口だけからではなく、辺りの無の空間からも。
粒子を詰めた光の直線が幾重にも放たれていた。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
しかし、全ての光線が直撃する直前で不自然に折れ曲がる。
何度放っても、ぐにゃりと直線が曲線になってしまうのだ。
「光の性質を持った粒子すらも捻じ曲げる斥力……そのコスモスっていうのからどれだけ暗黒を貰ったんだか」
「なら重力を制御して直接仕留める」
速度の止まらないグローリーの背中に、遂に欄間の刃が――届かない。
その直前で、制御していたはずの重力に一気に弾き飛ばされた。
「……こいつ……常にこの斥力を放ってるのか……!?」
勿論銀河魔術の範疇である。キッズとしての操る宇宙の範囲ではある。
それでも、雨男《エトセトラ》としても為す術がない程の引力の竜巻。
特にゼロ距離まで近づけば、光にすら干渉する斥力で現に弾かれてしまっていた。
「雨男《エトセトラ》!」
宙へ放り投げられながらも、雨男《エトセトラ》はメルトの後ろで気絶しかけている兄妹二人を見る。
もう間もなくメルトも含めた三人が、グローリーの巨体に磨り潰されるのは眼に見えている。
「後ろの二人を!」
「全く、ハーデルリッヒの紳士らしさはどこにいったんだか」
言われずとも、メルトは片手間で“重縛《サイコキネシス》”を発動。
兄妹二人を抱き寄せて、そのまま空へ飛んでグローリーの破壊をやり過ごすのだった。
「守りながらの戦いはやりにくいか? 白日夢《オーロラスマイル》」
放物線を描いていた飛行軌道に雨男《エトセトラ》も附帯してくる。
「やりにくくても、やり切らなきゃいけない。多分あの能力は健在だろうしね……」
メルトが続けようとしたところで、止まったグローリーが雄叫びを上げていた。
「ぐががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががが」
途端、視界中の全てが蜘蛛の巣に覆われていた。
「……本能以外の全てを失ったってのに、器用な奴だ」
「キッズはこうやって、宇宙の全てを使えてしまうから。“空間”を司って、こんなどでかい糸を――」
“空間を飛び越えて、無の世界から蜘蛛の糸を伸ばす能力”は健在だった。
しかも、構成する糸の強度も大きさも先程までのものとは天地の違いだった。
その断面の面積だけでも、人体一つ覆える程の巨大さだ。
液体に近い性質なのに、軌道上にあった物体に張り付くなんて生易しいものではない。
その悉くを破壊し、貫いていく。
勿論あんなものを人体が受ければ圧死間違いなし。キッズの体でも耐えられるかどうか分からない。
そんな荒唐無稽な糸が、辺り全ての視界を埋め尽くす。
暴走しているだけに、最早メルトと雨男《エトセトラ》がどこにいるかもわかっていないが故の、全体攻撃。
糸が大きければ、その隙間も多い筈と油断することなかれ。
大きさ故の隙間も、先着していた糸の“その空間を飛び越して”飛んでくる。
蜘蛛の巣が出来上がる。
一つ一つの糸が、枝となる糸が空間を飛び越えて、格子状に出来上がる。
その先にあるものを、破壊しながら、絡まり合う。
蜘蛛の巣というより、立体的な繭が出来上がる。
「なら、その空間ごと斬るまでだ」
雨男《エトセトラ》の中で暗黒が脈動する。
銀河魔術の発動と合わせて、欄魔への込められた力の分、また精神を暗黒が貪る。
だが、それに耐えるのは既に手馴れたものだ。
だから、一気に回転。
「“天狼閃煌”」
暗黒をはじめとした宇宙を司る力を込めた一閃が雨男《エトセトラ》から連続で放たれる。
一筋の切れ目。
一瞬朝日が差し込んだかと思えば、直ぐに修繕されていく。
糸の召喚スピードも先程とは桁違い過ぎて、こちらの攻撃が追い付かない。
「ぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろぶれろつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれつぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれぶれ」
人間の言葉を忘れた、グローリーの残滓が聞こえた時だった。
「ちっ!」
大技で、回避が疎かになった雨男《エトセトラ》の体を糸が掠める。
それだけで魔物に引き裂かれたように、肉体が抉れる。
メルトは子供も含めてかわせているが、勿論時間の問題だ。雨男《エトセトラ》もそれは分かっていた。
「ジリ貧だな……!」
「雨男《エトセトラ》。一瞬だけ子供達をお願い」
「……!?」
既に異世界過ぎたのか気を失ってしまった子供達を浮かべながら渡すと、そのまま空中で抱きしめるような体勢。
「それから雨男《エトセトラ》。“その座標から動かないで”」
「どういう事だ!?」
そういうと、空中で突如動きを止めたメルトの手が雨男《エトセトラ》に触れる。
雨男《エトセトラ》もそれに倣って、水平にも平行にも動きを止めるのだった。
当然、動きを止めれば濁流の様に糸が迫りくる。
一つでも喰らえば一巻の終わり。糸の断面に潰されて、蜘蛛の巣よりも密度の濃い繭の一部と成り果てる。
雨男《エトセトラ》も動くなという方が無理だった。
自分だけでなく、最早意識を失った子供達の小さな体だってあるのだ。
しかし、結局回避行動さえとらなかったのは、その前にメルトが攻撃を開始していたからと言えよう。
攻撃――防御を開始していたからと言えよう。
空中でしゃがみ込んだ体勢。
空間を見るのではなく、俯瞰するかの様に目を瞑る。
途端、辺りに光の弾が無数出現し、全体が渦を巻いてメルトに集約されていった。
――今までメルトが光線として使った“粒子”属性の銀河魔術。
「“超新星《ガンマアルテマ》”」
瞬間、光が拡散した。
全方向。360度。三次元どの座標にも逃げ場ない様に、余すところなく。
四人を包み込む球体になった光が、全てを溶かして広がっていく。
暗黒の成れの果てが作り出した宇宙そのものの糸だろうと関係ない。
雨男《エトセトラ》が斬り切れなかった無限の糸だろうと関係ない。
星の終わりを示す様に。
光に触れた糸から順序良く、粒子の中に溶けていく。
「粒子を……ここまで使えるのか」
雨男《エトセトラ》も流石に言葉を失う。
全てが終わった時、蜘蛛の巣は跡形もなく消えていて、晴れ渡る空が広がっていたのだから。
「……僕が得意な属性は、“粒子”だから」
地面に降り立ったメルトは何故か悲しそうだった。
「雨男《エトセトラ》は僕よりも頑張り屋だから。きっと僕より強くなるよ。“超新星《ガンマアルテマ》”もきっと使えるようになる」
「……」
改めて脅威と感じる。同時に敬意も少なからず感じた。
一体どれだけ戦えば、一体どれだけの天性に優れていれば、ここまでの境地に到達する事が出来るのだろう。
自分がキッズとなっても、どうにか出来なかったであろう完全なるキッズと化したグローリーを打倒できるのは、多分この教師がいたからだ。
認めた訳ではない。その虚無な背中を追いたいと、まだ思ったわけではない。
ただ、色んな意味で大きく見えた。
同じ銀河魔術を使う物としても。“虹の麓への障害としても。
「ここまでだ。殺してやる」
雨男《エトセトラ》は前に出て、超新星《ガンマアルテマ》に吹き飛ばされたグローリーを見る。
蜘蛛の巨体は直接拡散する光に触れなかった為か、ちゃんと原型を保ったまま沈黙していた。
放っておけば回復するだろう。放っておけば街に繰り出して、破壊を繰り返すだろう。
放っておけば、後ろで横たわる兄妹の未来を喰うだろう。
オリオンの繰り返しになるだろう。
嫌だった。
それだけは――嫌だ。
「ぐ、うううううううう!!」
「雨男《エトセトラ》」
呻き声。
雨男《エトセトラ》の体から、黒い蒸気が溢れている。
「やめろ! 暗黒はこれ以上増幅させるな!」
メルトの言う通り、雨男《エトセトラ》はキッズを構成する暗黒を強めていた。
纏わりついた暗黒が、雨男《エトセトラ》の心を引きずりおろしていく。
目の前で暴れるだけの化物となったグローリーに近づいていく。
自分が、分からなくなっていく。
しかしその分だけ、戦闘力は向上する。皮肉な事に。
「が、ああああああああああああああああああああ!!」
だが、雨男《エトセトラ》は背中から広大な漆黒の線を宿す。
断末魔と共に浮かび上がる翼。
途端上空へ飛び、太陽を背にして――急降下を始める。
銀河魔術を司る力の根源を全て込めた右足を、グローリーに向ける。
「ハーデルリッヒは……未来を餌にする奴らは、俺が一滴残らず排除する! “新しい世界に、お前達は不要だ!”」
隕石の様に体が赤く染まり、一条の光へ到達した。
暗黒から想定される色とは真逆の、純白の輝き。
本能的に異常を感じたグローリーが雨男《エトセトラ》目掛けて四方八方から糸を噴き出すも、もう遅い。
光を掴む事が出来ない様に、その全てを悉く弾き返す。
そして雨男《エトセトラ》という光線が、グローリーへ降り注ぐ――。
「“天狼流星”」
そして、遂にグローリーの体を破壊した。
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