メルトは次第に、自我を取り戻していた。
銀河魔術を使い過ぎた結果、嵩んだ疲労が目覚まし時計の様に叩き起こしたのだ。
両肩で息をしながら、メルトは眼下に広がる悲劇を見下ろす。
夥しい、死。
草花の様に広がるそれらは、間違いなくメルトが摘んだものだった。
「ああ……俺は」
戦闘中だった。
この星を侵略する奴らが現れて、戦っている最中だった。
最初に人の中身が弾ける惨劇を見た時こそ、本能的な嫌悪感を感じたはずだが、もう慣れた。
もう、獣が食い荒らした実の残骸にしか見えない。
「……たかが子供と侮った」
死屍累々の山の中に、微かな振動があった。
明らかに生気を纏って、蠢いている満身創痍の敵が見えていた。
とうに生きる事を諦めているのか、恐怖の感情は見えない。
「その銀河魔術、どこで習った。この星の人間は、銀河魔術は扱えない筈だ……」
「俺の先生に教わった」
「先生……さてはあの裏切り者、ツクシの事か」
乾いた笑いが、静かな墓場に蔓延する。
「奴め……ここまで成功作を引き当てるとはな。博打だったら一等賞だ」
「……成功作……?」
「そうだ、銀河魔術をここまで扱える奴はそういない……ましてや貴様のような子供に……」
矛盾に気付くメルト。
それを混乱させるための策略を切って捨てるのは簡単だった。
なのに、思わず反論してしまった。
「嘘だ……嘘だ! ツクシ先生は言っていたぞ! 銀河魔術は努力と環境だけで、どこまでも極められると!!」
メルトは最初に会った時、言ってくれた。
銀河魔術に、才能は必要ないと。
君が頑張った分だけ、宇宙は扱えるようになる、と。
突如狼狽えたメルトに、男は最後の抵抗と言わんばかりに顔を歪ませる。
「……そうか。努力でどうにかなる、と唆されたか」
「何だと……」
「よく聞け……俺達とてそれなりには銀河魔術の研鑽は積んだ……“その兵士を数十人、一方的になぶり殺しに出来るような子供が、才能の恩恵を受けていないわけがないだろう”!?」
「違う、これは努力の……」
メルトの引きつった顔に、更に付け入る隙。
全てを悟ったように、狂ったかのように男は言葉を続ける。
「気づいていたんじゃないのか!? 本当は心のどこかで、あのツクシに乗せられていると分かっていたんじゃないのか!?」
「……勝手なことばかり言うな。お前のいう事なんか信じるものか!」
「貴様の銀河魔術は決して努力の結晶等ではない!! 才能という賜物だ! そんなものが、あんなものが……この惨状が、頑張ったから手に入れたものだと!? ふざけるな!!」
悔しそうに草花を握りしめながら、喉の奥から発する。
「この……化物が!!」
「……俺は……頑張ったんだ……これは俺の……努力の……」
と、そこまで吐き捨てておいてメルトは硬直した。
初めて会った時、才能だけが身の丈を決める世界に絶望していた時、ツクシが教えてくれた。
後天的に努力する事で、変えられる世界なのだと。
しかし、ようやく冷静になり始めた頭は、そっと核心を撫でていた。
師であるツクシが瀕死になった相手を、メルトは倒してしまっていた。
つまり、とうにツクシをメルトは超えていたのだ。
例え血反吐を吐くほどに夢中になった二年間だったと言えど、それだけでツクシを超えられただろうか。
努力でどうにかなる世界だとしても、何もかもを置いていくスピードではないか。
それは、努力したからだろうか?
本当に、努力だけが世界を変えたのだろうか?
「違う……違う……!!」
ぐるぐると回る、思考のメビウスの輪。
僅かな光明。
でも、何も照らさないで欲しかった。
『君が、頑張ったおかげだよ』
一言たりとて、メルトの才能を言及しなかったツクシ。
全て、努力のお陰だと叩いてくれた掌。
あんなに近くで、ずっとあの先生は嘘をついていたのだ。
「違……う……先生」
結局この世界は、“才能”が大事。
メルトがここまで銀河魔術を駆れるようになったのは、“才能”のお陰だった。
頑張る事だけで、どうにかなる世界なんてこの世にはなかった。
ツクシは、嘘をついていた。
この星は、やっぱり残酷だ。
「でもね……先生」
笑い声。
力ない笑みを浮かべながら、ゆらりとメルトは立ち上がる。
「でも、先生のおかげで俺は世界が変わった」
メルトの中心から、全ての光を吸収するような漆黒が溢れ出した。
「属性“暗黒”…………やはり、お前は化物だ……」
“銀河魔術の中で最も謎に包まれ、制御や応用も利かない属性”。
宇宙の全ての根源とも呼ばれる力。
暗黒物質。
それはメルトの体に生物の様に纏わりつき、右手に集まる。
メルトの中に生まれた疑念だとか、混沌が色となり形となり、噴き出た存在のように。
「先生が優しい嘘をついてくれなければ、俺は腐ったままだった」
そして、右手が顎になった。
人間一つ、簡単に呑み込んでしまうような、絶望の色。
当然喉の向こう側も、暗黒が作り出した宇宙。無限の胃袋。
永遠とも言える世界の出現に、男は生きる事を諦めた。
「“黙”」
咀嚼音すらしなかった。
男の下半身を残して、メルトの右手を代弁した暗黒は、一つの命を喰らったのだった。
「はぁ……はぁ……」
さて、黙の発動もあって両肩で息をし始めた頃。
メルトはこの状況の深刻さに気付く。
解放的な星空を、沢山の影が覆っていた。
仰ぐ上空に、何百、何千もの侵略者。
その更に成層圏から粒子による超遠距離射撃の豪雨も降ってきていた。
「諦めろ少年……貴様が目下一番の脅威だという事は分かった」
爆炎と敵意に塗れ、四面楚歌。
メルトの体力も、もう残り少ない。
「先生……」
先生は、もういない。
メルトは、やっとその事実を呑み込んだ。
呑み込み切れずに吐きそうでも、噛み砕くしかない。
メルトが眠るであろう、街のあったクレーターを望遠しながら。
「お別れの言葉、言わせてください」
もっと、ツクシに褒めてほしかった。
やはり、ツクシに恩返しがしたかった。
ずっと、ツクシと星の彼方を知りたかった。
「ツクシ先生は、俺の最高の先生でした……俺、幸せだったよ」
ツクシがいない世界になってしまったけれど、メルトはそれでも歩き続けなければならない。
だから、メルトは、見上げる。
敵が隠す、星空を見上げる。
「ありがとう、ございました」
こんな時、ツクシだったらどうするだろうか。
ツクシは、一体どうしたかったんだろうか。
星になったツクシは、宇宙の寂寞から何を思うだろうか。
「安心して、眠っていて下さい」
基本に立ち返る。原点に蘇る。
ツクシは、この星を守るために命を落とした。
この星に生きとし生ける、まだ見ぬ未来の為に。
きっと一人称を僕と呼んで、生ききるのだろう。
「“僕”が守ります。この世界を」
そしてメルトは飛ぶ。
重力の銀河魔術を使って。
数多の敵が蠢く空へ。
破滅の光を放つ、宇宙へ。
例え、体が限界を超えたとしても。
「どうして先生が、わざわざこの世界の為に命を懸けたのかは分からないけれど。それが、先生のしたかった事なら」
それから、人類と侵略者共通で、ある噂が流れた。
侵略者が有利な筈の空で、一方的に侵略者達を狩っていく存在があると。
侵略者と同じ魔術で、この星を背に戦う守護者がいると。
いつしか、その存在は“白日夢”と呼ばれた。
オーロラとは、この星を守る神の盾として、そもそも崇められていた事が由来である。
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