入学式に向かう直前、教室の中でフクリはあるものを見つけた。
「えっ……?」
それは無くしたと思っていた、青いハンカチだった。
否、使ったハンカチだった。
グローリーの件の直後、雨男《エトセトラ》の血を拭ったものだった。
最もその直後、謎の力によって吹き飛ばされ、気づいたらそのハンカチごと雨男《エトセトラ》は消えていたわけだが。
「……どうして、これがここに?」
しゃがんで拾い上げるフクリ。
眼鏡の奥で、焦点を自分のものだったハンカチに合わせた。
そしてフクリは。
この教室に、雨男《エトセトラ》を癒そうとしたハンカチがある意味に辿り着く。
「メルト先生……フクリちゃん」
まだ教室に言い合いをしながら残っていたメルトとミモザに、フクリは思いの丈を語る。
「雨男《エトセトラ》は――」
入学式を執り行うベータ魔術学院敷地内の会館へ向かっている最中。
とても周りから見れば、その二人が話している様には見えなかった。
「あーあ。ハンカチを落とした事に気付かない程、症状が進行してはったとはねぇ」
ピュアが歩くにつれ、通路は生徒と教師で雑踏と化していく。
明らかに話し相手との間には、人間の壁が出来ていた。
それにも関わらず、両肩を竦めながら発する声はその相手にしか聞こえていない。
「どうすんの? フクリちゃんだし、流石にバレるよ。やっぱりそんな暗黒に染まった状態で普通に授業を受けるとか無理なんじゃないの?」
「――生憎お前に教えて貰った応急的な制御方法のおかげで、どうにか自我は保ててるよ……」
相手の男子生徒は、雨男《エトセトラ》だった。
ただし何も知らぬ魔術師達の中、元々白日夢の素顔を隠していた仮面は身に着けていない。
今の雨男《エトセトラ》は、素顔を白昼堂々と晒している。
『いやぁ楽しみだな』『お前どこから来たの?』『先生、あのさ』『こう見えても俺はルーデル一族の……』
横を掠めていく生徒達の会話。
これから未来を掴もうと挑戦する、希望の光達。
ただし雨男《エトセトラ》は一人だけ“誰にも聞こえない暗黒の絶叫”しか見えない。
『許さない』『壊れちゃう』『あああああああああああああああああああああ』『辛い』『助けて』『許さない』『じょ』『我はアレゴリズム一族のものなるぞっ、がっ、はっ』『あっ、あっ、あっ、あっ、あっ』『かー』『許さない』『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないさない』『お前だけ』『許さない許さない許さない許さない許さない許さない』
怨霊達の渦中を、暴風雨に逆らう様にして歩き続ける。
周りに悟られない様に、歯を食いしばりながら、自我を保ち続ける。
雨男《エトセトラ》としての目標を果たすまでは。
復讐と、念願の世界。
それを果たすまでは、この歩みは止めない。
「ならば……ハンカチを落としたことも、逆手に取るまでだ」
「へぇ。どんな解を出すか楽しみやんなぁ。どちらにしても余裕ぶってる時間は消失した考えて間違いないで」
「時間なんか、最初からかけるつもりはなかったさ。そういう意味ではお前には感謝する。おかげで、俺の目標まで時間が一気に短縮した」
「そりゃどうもやで」
この道の向こうに、雨男《エトセトラ》の目指す目的は存在しない。
身の程知らずの大願は、どこにも存在しない。
一学院の廊下に、そんなものは存在しない。
少なくとも、このベータ魔術学院の生徒である“本当の自分”の歩く道には、何もない。
雨男《エトセトラ》として飛び乗る、誰も歩かない夢幻にしか存在しない。
さあ、地獄への片道切符は既に手に入れた。
暗黒が跋扈する前にしか進めない線路の上。
雨男《エトセトラ》はずっと願ってきた世界を求めて、迷い続ける。
「……宇宙を穢す者がいない、“虹の麓”の世界まで、あと少しだ」
雨男《エトセトラ》は、小さく笑った。
「それまで俺は、ろくでもない生徒として素直に、道化として踊るとしよう」
帝国歴823年度。
ベータ魔術学院におけるメルト級の生徒は、以下の通り(正式名称で呼ぶこととする)。
――ミモザ=クレラス。
――フクリ=アンジェロ。
――ネブラ=フロムエーアイ=ハーデルリッヒ。
――スピカ=フォン=オリオティール。
――リッペルスハイ=タクト。
――ピュア=スノウフレイ。
副担任――ポル=ポレン。20歳。
担任――メルト=ライ(旧性ハーデルリッヒ)。27歳。
どこかで、フクリが確信した。
「雨男《エトセトラ》は――クラスメイトの、誰かです」
この中に。
一人だけ、雨男《エトセトラ》というジョーカーが混ざっている。
……皆様、ここまでご付き合いいただきありがとうございます。
かずなしです。
銀河魔術の先生、一章が遂に完結しました。単行本だったら一巻完結の所です。
ここまで約20万文字強。二人の主人公が暴れまくりました。
二度と生徒を、未来を死なせまいと自分を犠牲にする現在進行形の教師、メルト。
二度と大事な、未来を失うまいと自分を犠牲にする過去完了形の生徒、メルト。
更に彼らを取り巻くヒロイン達や登場人物も、誰も彼も一癖も二癖もある星々達。
二章以降、物語も登場人物もこれが更に濃くなります。生徒全員顔出しちゃったしね。中には雨男《エトセトラ》紛れてるしね。
なお、雨男《エトセトラ》が誰かという探求が次章のテーマの一つですので、沢山考察いただければと思います。
胃もたれを起こしている方もいるかもしれませんが、読みやすい文章心がけるつもりなので、是非着いてきていただければと思います。
最後に、もし気に入って下さったら簡単なコメントだけでも、おいて行ってくれると本当に幸いです。
実は小説を書いてきてそろそろ12年。こんなに「書きたい」という小説を書いたのは初めてなんです。
その小説にこんなに読んで、見てくれてる!って思えるだけで私は更に頑張れちゃったりします。
どうか、どうか、私に恵みを(´;ω;`)
そして教師と生徒達に、最高の未来を――送れるかな?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!