銀河魔術の先生~天の光は全て教室~

これは、星の数だけ在る未来の授業。
かずなし のなめ
かずなし のなめ

54話:「銀河魔術の先生」

公開日時: 2020年12月10日(木) 23:18
文字数:4,534

 そして――授業開始日当日になった。

 スーツに身を包んだいつも通りのメルトは、職員室にて教壇に立つ準備を終えていた。

 

 もっとも、初日は全学年共通で入学式を執り行う為に、授業の暇はない。

 ただ最初のホームルームがあるだけだ。

 ミモザとフクリ以外の、4人の担当生徒と初対面するという大事な時間が待っているだけだ。

 

「……」


 少しだけ、メルトは自席に深く腰掛ける。

 正真正銘、公的な機関に認められた職務として教師になったのはこれが初だ。

 

 それでも、メルトはこれが初めての教師ではない。

 一度だけ、本当に短い間、とある“アストライア”という今は地図上にない村で教師をやった事がある。

 家族を、持ったことがある。

 

「……」


 忘れない。忘れる訳が無い。

 血に染まった教室。

 燻んだ未来の、変わり果てた骸達。


 そして愛した一人の先生が、宙に浮かんだまま終了していた景色。

 

「……」


 更に記憶は深層へ向かう。淡くなってきた子供の頃へと潜っていく。

 ツクシという背中を、今でも追いかけている。

 まだあの背中に、なれていない。

 自分という未来を助ける為に星になったあのツクシの様に、メルトはまだなれていない。


 だから、手にした生徒名簿を見つめながらメルトは言い聞かせるように口ずさむ。


「僕が……この子達の、星の数ほどある未来を、守っていくんだ」


 と言いながらも、不安は否めない。

 銀河魔術を極めたからと言って、銀河魔術で一度世界を救ったからと言って、この恐怖に慣れる事はいつまでも出来ない。

 

 例えばグローリーの一件の後、雨男《エトセトラ》を発見する事は出来なかった。

 しかし何故か直前に寮から抜け出していたフクリが、雨男《エトセトラ》とコンタクトを取ったらしい。

 最も、途中で雨男《エトセトラ》から発生した力によってフクリは吹き飛ばされて気絶してしまい、目が覚めたらメルトに寮まで運ばれ治療を受けていた最中だったのだが。

 

 あれから、雨男《エトセトラ》は目撃されていない。

 かつてメルトが装着していた仮面で顔を覆った勇者は、あれから現れていない。

 グローリーに破壊され復興中の場所からも、白い仮面を身に着けた遺体が発見されたなんて情報は上がっていない。

 幸か不幸か、そもそも先日の事件で亡くなったベータ魔術学院の生徒はいないらしい。

 

 少なくとも雨男《エトセトラ》がベータ魔術学院の生徒である事は分かっている。

 だから安心、という訳にもいかない。暗黒の浸食は確かに進行していた。


 職員室でこうして机に向かっている間にも、キッズ化が進行しているかと思うと。

 人間から離れているかと思うと。

 “そもそもあの規模の暗黒を宿していたら、授業なんてまともに受けていられる精神ではないかと思うと”。

 

 また、未来が消えかかっている。星の光が揺らぎつつある。

 メルトは、それを許せない。



「――メルト、先生。時間」


 立ち上がると同時、棒読みの様な声をかけられた。

 副担任であるポルが無機質で無味乾燥な表情をメルトへ向けていた。


「ポル先生。声かけありがとう」


「先生とは生徒達の規範となる存在。だから、時間は守らないといけない」


「その通りだね」


 メルトは小さく頷き、生徒名簿を片手にポルと共に職員室を出た。


「メルト先生。教科書と資料は、一通り目を通した」


「こんな短期間で大変だったでしょ。昨日は寝れた?」


「いや。睡眠よりも、インプットに優先するべきだったから眠っていない」


「ちゃんと寝て、パフォーマンスを出せる様にチューニングするのも教師の仕事だからね。教師が倒れたら、生徒の面倒を見る人いなくなっちゃうから」


 副担任のとんでもない働き方を、流石に窘めずにはいられなかった。


「承知した。以後、気を付ける。何時間私は睡眠をとればいい?」


「えっ? えっと……」


 思わず言葉に迷った。

 ポルという女性の記憶喪失は、相当に根深いようだ。

 

 一昨日の朝、ポルは酷い怪我でベータ魔術学院近くの岸辺に倒れていた。

 ポルという女性を象っていた記憶が全て失われていると聞いたのは、それから間もなくだった。

 

 だが同じくして、瀕死の怪我からたった二日で職務に着ける程異常な回復力を持っている事、体術や魔術、基本的な知識は失われていない事、更には“見たものをそのまま瞬時に記憶できる”力も手伝って、一旦はプトレマイオスで――このベータ魔術学院で預かることになった。

 しかし自我をまだ持たぬ子供の様に、所々で常識外の片鱗が垣間見える。

 

「おーっ! メルト先生! ポル先生!」


 廊下につんざく煩い声。

 更に廊下を駆け抜けるローファーの足音。

 テンポの良い息切れ音。揺れる鞄が、担ぐ主を叩く音。

 

 メルトとポルは振り返る。


「おっはっよっうございますううううう!!」

 

 ――もしかしたらこの学院に入学できないかもしれず、西ガラクシ帝国への過激派に殺されているかもしれなかった未来を回避できた、元気いっぱいの少女が二人の間へダイブする。

 異性だろうと、会って二日の副担任だろうとプライベートゾーンが分け隔てなくゼロ距離なミモザだった。

 

「おはようと言いたいところだが、入学初日だからって青天井にはしゃぎ過ぎだ」


「へへへへ! いやぁ、めっちゃ楽しみで仕方なくてさ!」


「それで楽しみで仕方なくて、昨日は全然寝れなくて朝寝坊か。うーん。初日から遅刻とは先生教えがいがあって好きだぞー」


 ミモザは腕組をしながら、即座に目を逸らした。

 この時間はもう既に生徒は教室に着いている時間。この時間に廊下にいるという事は、ミモザはいきなり遅刻の準欠席にあたる。

 

「……いやぁ、メルト先生が起こしてくれるかと思って。そしたらまさかの家にフクリちゃんすらいないって来まして」


「料理やら家事やら女子力がMAXなのはいい事だが、他人の面倒を見る前に自分の面倒見ようね」


「いーだ! 先生なんて私がいないと炭水化物しか食わない雑食のくせに」


「先生はこうやって朝早起きして職務を全う出来ている。ミモザ、この世はね、結果論なんだよ」


「今日の先生の夕食、賞味期限切れ寸前の食材で作ってやる。もう後悔しても遅いですよーだ! 先生の胃袋は私が掴んでいる事をお忘れなく!」


 まったく遅刻して申し訳ない感が見られないミモザは、それどころかぷくーと口を膨らませていた。

 相変わらず朝から感情の百面相が得意な少女だった。

 喜怒哀楽。

 そのすべてを、自由自在に解放している。

 一番輝いている喜びの感情を、綺麗な笑窪とちらりと太陽が照らす白い歯で、メルトに見せつける。

 

 ……これでも、きっと人間への恐怖と戦っているのだ。

 今でも、ミモザは一人で街に出かける事はできない。彼女の父親はこの街の、この国の裏切り者だ。

 だからといって場違いな石を娘に投げる事は、理不尽で不条理だ。

 ミモザが憤怒と恐怖の渦に翻弄されないといけない理由なんて、きっと教科書のどこにも乗っていない筈だ。

 

 好きな時に泣いて、怒って、楽して、そして喜べるように。

 メルトは、これからも彼女の未来を救っていきたい――。


「――ミモザ。一つ聞きたい」


「ほにょ? どしたのポル先生」


「私は何時間寝ればいい?」


 そんな思慮をしている一方、ポルはとんでもない質問をしていた。

 ミモザとは真逆の、仮面でも顔に張り付けているのかと言わんばかりの、無表情で。

 

「あっはっはっは……ポル先生本当に面白い!」

 

 その無色さがミモザのツボに入ったのか、それとも質問がミモザの心を擽ったのか。

 大笑いした後で、ミモザはこんな提案をしてきた。


「じゃ今日、私と一緒に寝る?」


「ミモザと、寝る?」


「そうそう。夜に話沢山膨らませてさ、時々星を見ながら綺麗だなーって言いながらさ、そして気が付いたらお布団の暖かさを感じて寝てるんだよ。先生だとか生徒だとかさ、そんなの関係なしに。寝るのは気持ちいいよ? それも忘れたんなら、私が思い出させてあげるよ」


 止めようかとも思ったけど、それは敢えてメルトはしなかった。

 ミモザが一番心細いのは、その眠る時なのだから。

 確かに、何もかもを忘れてしまったポルには、それが人間という物を取り戻す第一歩なのかもしれない。


「ねね、メルト先生も一緒に――」


 しかしそれは止めるべきだった。

 いくら何でも異性の生徒と一緒に寝るというのは、教師としての在り方に反する。既に星になったグローリーと同じになってしまうから。

 

 だが廊下の窓から差し込む陽光に照らされた、ミモザの上目遣いが一瞬固まる。

 直後、ミモザの見つめてくる顔が、自然と桜色に染まっていくのだった。

 

「なし、なし、なし!!」


「えっ?」


 断ろうとしたら、断られていた。

 メルトも流石に、「えーと……」と呆れるしかなかった。

 

「だ、だって……えっと……そりゃ、私ら、女性と、男性だし……」


「そうだね。突然当然の事を話すあたりも驚くけど、少しは冷静になったな?」


 感心するように、腕組をしながら少しだけ猫背になるメルト。

 一方のミモザはしおらしくなり、照れて目を逸らす。頬の色が、外に咲く桜と同調しているかのようだった。

 恥ずかしさを表すように、ミモザの言葉が極端に小さくなる。


「でもメルト先生……私の裸……見ても……触っても……何も変わらないもんね……」


「どうした?」


「なんでもない! ほら、変態先生、行くよ!」


「おやおや」


 どうやら以前シャワー室から彼女を救い出した事、根に持たれているらしい。

 これは参ったなぁ、と頭をかきながらも、一人置き去りになっていたポル先生に話しかける。


「……教師というのは、生徒の未来を導く大人の事だ」


「メルト先生が私に貸した本。教師は生徒に勉強を教える。そういう人間だと書いてあった」


「それも教師という面を表した一つだ。でも本質的には、僕は不正解だと思う」


「……?」


 きょとんとして、首をかしげるポルにメルトはある昔話を僅かだけした。

 空から降ってきた宇宙人を教師とした才能無き少年の、たった二年間の授業の話だ。

 

「僕の尊敬するある教師はね、教師は生徒と一緒に学ぶんだ……生徒の未来を、どうやったら切り開けるか。生徒より率先して学ぶことで、その背中を見せて、真正面から生徒を受け止める事でね」


「……生徒と、一緒に、学ぶ」


 今はまだ抑揚のない言葉でオウム返しするのが精いっぱいの様だ。

 記憶喪失だというなら、これから学んでいけばよい。

 過去に何があったか分からないけれど、何かの縁か教師にはなれた同僚に、メルトは笑いかける。


「だから、別に何も知らなくても、生徒と一緒に歩んでいく気持ちで成長していけばいいと思うんだ」


『せんせー! 遅刻指摘したのに先生は遅れていいのー!』


 遠くでミモザが大きく手を振っている。


「それはいけない」


「そうそう。こうやって色々学んで行ったりね」


 メルトとポルはようやくミモザに並び、遂に教室に辿り着いた。



 木製づくりの教壇の段差を上る時も。

 どこかでした、ペンを落とす音も。

 真っ黒になった黒板に記す、自分の名前も。

 

 懐かしい。

 これが二回目。

 守るべき生徒が、目の前にいるのも二回目。

 

 しかし、未来を守れなかった“アストライア”のようには、二度としない。

 そんな二回目は、あってはならない。

 今度こそ、ツクシという偉大な教師になったつもりで、メルトは遂に教師として言葉を話す。

 

 目前にいる、六人の生徒達に。

 メルトは、自己紹介をする。

 

 

 

「僕はツクシ。君達の……銀河魔術の先生だ」

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