暖かい春の朝がやってきた。窓の外では、風に吹かれて桜も舞っている。大学生になって2回目の春。今日は白色のシャツとベージュのカーディガンを着て、机の上の「倉木 歩乃目」と書かれた学生証をカバンに入れ、部屋を出た。
カバンを持って玄関を出ると、川沿いに立っている桜の木を見ながら大学に向かう。道を歩いている途中、黒猫が前を横切った。
新年最初の登校日ということもあって、歩乃目はいままでよりも早くに大学に来てしまった。いつも一番初めに来ている夏生もまだ来ていなかった。歩乃目はとりあえず講義室の席に座り、講義の準備だけしてゆっくりと待つことにした。
しばらくして真優がやってきた。今日も目立つ高身長をしながら、きれいな長い黒髪をまとめて左側におろしている。いつも歩乃目に元気に声をかける彼女は、歩乃目にとって大学で初めてできた友達だ。
「お、新年度早々いるな! おはよう!」
そう言うと、真優は歩乃目の隣の席に座った。
「おはよう、真優ちゃん」
「ついに2年生になったな。嬉しいけど、講義の内容も難しくなるんだろうなぁ......」
「まあ......それはしょうがないよ。一緒に勉強しようよ」
「やったぜ。優等生で天才な歩乃目に教えてもらえるのなら大丈夫だな!」
真優は歩乃目をキラキラした目で見ていた。なにか勘違いしているみたいだ。
「......結局勉強するのは自分だよ?」
「......知ってる」
新年度そうそう元気だなぁと、机に突っ伏してしまった真優を見て歩乃目は思った。
「まだ夏生ちゃん来ないね」
「そうだなー。なんか遅いな」
そのうち来るだろう、と2人で話していた。
しばらくして夏生はやってきた。そして真優の隣に座った。
「おはよう2人とも」
夏生が真優たちの方を向いて言った。
「おう、おはよう!」
「おはよう夏生ちゃん」
今日もいままでと同じような眠そうな顔をしている。講義を受けるのは、やっぱり面倒そうだ。
実は、歩乃目は夏生が怖かった。
去年の夏休みが終わって初めて4人が集まったとき、歩乃目は成美(なるみ)が別人に見えてしまった。実際に成美は別人だったが、歩乃目にとってはそれ以上に怖いことがあった。夏生のことだ。
歩乃目には夏生も別人に見えてしまっていたのだ。それに成美の事件があったこともあり、よけいに怖く感じていた。今でも夏生のことは、心のどこかで疑っている。
しかし成美とは違い、夏生は夏休み前と何も変わっていなかった。だからずっと考えすぎだと思い、歩乃目は考えないようにしてきた。
「実はもうすぐ私誕生日なんだよねー」
突然、夏生が口にした。
夏生の誕生日が5月なのは、歩乃目も真優も知っている。
夏生のつぶやきに真優が言った。
「じゃあもうすぐお酒飲めるんだな」
「そうなの。先に大人になっちゃって悪いねー」
夏生はすごくニヤニヤしながらそう言った。真優は悔しそうな顔をしている。
「まあ、うちら全員誕生日早いほうだし......」
「まあみんな夏休み前にはお酒飲めるもんね」
そうなのだ。3人とも6月までに誕生日を迎える。
「3人で居酒屋とか行ってみたいね」
歩乃目はそう言った。3人でゆっくりと話したりする時間があるといいな、と思って出た言葉だった。
あの事件があってから、3人は精一杯に人生を生きると決めた。だから各々が自分のためになると思うことをする時間が増えた。一方で、3人でお喋りしたりご飯を食べに行ったりする時間は減ってしまっていた。とくに放課後は3人でいる時間はほとんど無くなっていた。
歩乃目にとって、3人で一緒に話したりする時間も自分の人生において大切な時間である。それは2人も同じだといいなと思う。
2人は頷いた。
今日の講義が始まるチャイムが鳴った。今日も1日が始まる。歩乃目はノートを広げて教卓を見た。
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