樹海だなこりゃ。
たぶん、1ヶ月歩いても森の外には出られないだろう。
見上げると、木々の隙間から僅かに空が見える。
あちこちから、人ではない気配を感じる。
ああ、嫌だ。不気味だと感じなくなった自分が怖い。
今度はどんな人間が落ちて来たのかなぁ…………いい子だといいな。
まあ、どんな子でも本人にとっては災難だろうけど。
場違いに小綺麗な家のまえで、ひとつため息をつくと静かに扉を開けた。
「いつ来てもしんきくさい家」
玄関ホールもリビングも昼だと言うのに家の回りに繁る木々のせいで薄暗い。家も家主に似るのかもしれない。
「うぅぅ、うぅぅ、うぅぅ」
リビング奥のキッチンからうなり声が聞こえる。
「ヴァヴゥヴェヴェ!!」
おそらく「たすけて」と言っているであろう。
ガリレの奴、またやったのか…………。足早に救出へと向かう。すると――――――。
「!?」
想像通りの光景がある。
目の前には食卓テーブルの椅子に、両手両足を縛り付けられ猿ぐつわをされた少年がもがいていた。
これって、そそられていいの?
いやいや、違うのよ。
誤解だし………。
そうだ、私のことより、ガリレが悪い!
あり得ないでしょう、何回縛るなって言えばわかるんだ!
「あの、ちょっと落ち着いて――――」
我ながら間抜けたことを言っているなと思ったものの、話を聞いてもらうにはまずは目の前の少年に、敵ではないと認識しもらう必要がある。
できるだけ易しく言ったつもりだったのに、少年は目をギッロっと見開いて、さらに声を大きくしてもがいた。
「&―〇?! ̄|#%&!!」
「いや、言いたいことはわかるけど、ちょっと落ち着きましょう。えーと、静かにしてくれたら、まず、猿ぐつわをとりますから、暴れないと約束してください」
少年は怒りに満ちた目でこちらを見上げたが、コクりとうなずいた。
いや、無理だなこりゃ。目は口ほどにものを言ってますよ。
少年は相当怒っているようで、とてもじゃないが、落ち着いて話ができるようには見えなかった。
それでも私は自己紹介してみた。
「私はアリスです。商人ですが、ここの住人とは知り合いで。たぶんあなたの力になれると思います」
そっと後ろに回り、猿ぐつわをほどく。
「おい! 早くこの縄ほどけよ、こんなことしてただですむと思ってるのか!!」
少年は椅子ごとガタガタと体を動かして怒鳴った。
やっぱり静かに話を聞く気はないらしい。気持ちはスッゴク分かるけど、こんな調子では、これから話す事を受け止められるとは思えない。
はぁ――――。
今日何度目かのため息をして、ゆっくりと向かいの席に腰を下ろし、辛抱強く、しかし、落ち着くまで待つよと言う意思を込めてじっと少年を観察する。
少年は学ランを着ていた。小柄なので、小学生かなと思ったが、中学生だろう。ニキビのないつるつる肌だ。きりっとした目元が賢そう。短めの髪も清潔感があって好感が持てる。
というか学ランって萌えるな。断然ブレザーより学ランだ。
余計なことを考えていると、怒鳴ることがなくなったのか、女子に見つめられてるのに困惑したのか、少年が黙ったのを見計らい、ゆっくりと話し始めた。
「まずはあなたの名前を教えて下さい。大体の予想はつきますがどうして縛られているんですか?」
「俺は近藤光。13だ。学校から帰る途中、気づいたら森にいて、怪しい男について行ったらいきなり縛られた。あんたがあいつの仲間じゃないなら、今すぐ警察に電話してくれ」
光くんか。13なら中学生だよね。かわいそうに。
それにしても、怪しいと思ったのにノコノコついてきたのか?
男の子とはいえ、こんなにかわいいのだ、危機感無さすぎじゃない?
こうして縄もほどいてやらず、目の前に座っている時点でガリレの仲間と認識はないのか?
「申し訳ないけど、ここは電話が通じてないの。気づいたらって、その前に誰かに刺されたとか、交通事故にあって気を失ったとか?」
少年は眉間にシワを寄せて、露骨に警戒を表した。
「いや、誰にも刺されていないし、事故にもあっていない。いきなり地面が光って避けたけど間に合わなかった――――。街中で閃光弾ってありかよ――――それにしても電話も通じない山奥ってどこだよ」
閃光弾って、さすがにそれは飛躍過ぎでは? と思ったが、現実の方があり得ないか。
「その時、魔法陣はあった?」
「はぁ!? 魔法陣?」
何言ってんだこいつ! と言う顔をして、少年はすっとんきょうな声をあげた。
ごめん、そうだよね。そんな顔になるよね。でも驚くのはこれからが本番だから。
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