ヒロインでも悪役令嬢でもないただの商人ですが、異世界ライフお助けします。

彩理
彩理

5 アラン

公開日時: 2020年9月1日(火) 21:59
文字数:1,532

「おかえりなさい」

 ノックとともに入って来たのはアランだった。

 水色の髪に水色の瞳。氷の王子なんて若いお客さんから呼ばれる青年は、営業用の冷たい顔とは違い、易しく微笑んでお茶をいれてくれた。

 うちの店の頭脳だ。


「その微笑を営業でもしてくれたら、お客が倍になるのに」

「それはレンの役ですから。それより今度のはどんな方でした?」

 部屋の主をよそに、色持ちで、長い脚を組んで優雅にソファーに座り、お茶を飲む姿はとても平民には見えない。

 いつかお約束の通り、貴族の落胤だと言って迎えに来る人間がいるのではないだろうか。


「今回は上客だったわよ。なんと勇者だったの。がっぽり稼がせてもらわないと」

 ふふふ。

 押さえきれない笑いが込み上げてくる。

「下品ですよ」

 アランは呆れたように言うが、自身も目をキラキラさせている。

 たぶん、10は儲けのシナリオが浮かんでいるに違いない。

 お前も悪だのう―――――。

 心の中でそっと突っ込みをいれておく。


「しかし、どこの誰が召喚した勇者か分かっているのですか? あの森に落とすなんて、ずいぶん間抜けな召喚師ですね。最近は勇者が必要な事案はなかったと思いますが、魔王の近隣の国を探ってみますか?」


 これでも商売柄、4人いるとされる魔王の動向には気を付けていたのだけれど、今まで特に報告はない。


「うーん、そうね。でも急がなくてもいいよ、光が使いもになるのに3ヶ月は様子見かな。ガリレのところにいる限り見つかることはないし」

 さっき光が書いた個人シートをアランに渡す。

「問題は――――――勇者にはなりたくないことと、家に帰りたいってことかな」


「――――なるほど、全うな人間ってことですか。しかし、彼の生まれをみる限りちょっと難しそうですね」

 私は心配そうに言うアランに頷いた。


 アランが何を心配しているのかは分かってはいたが、今の光にアリス自身のことを話す気はない。

 どんなにこの世界のことを受け入れているようにみえても、所詮は平和な日本でぬくぬく生きて来たのだ、本当の現実はまだわかっていない。


 勇者は皆チートだ。でもその運命も過酷なのだ。

『勇者』という称号に踊らされていては生き残れない。


 正しい判断は正しい自己分析が必要になる。実力を身誤れば死に繋がる。運命に逆らうなら覚悟してもらわないと。


 この世界での運命は確定に等しい。現実に決まっているものとして存在する。

 それを変えるのは、絶対である神に逆らうことと同じ………。

 はぁ―――――――。

 神に逆らう――――か。本気で心配してる自分に笑ってしまう。

 最近弱気になってるな。

 こんなんじゃ、自分の運命を変えられないし、まして他人の運命を変える手伝いなんて出来ない。


「少なくともガリレの修行に慣れて、光が自分のやるべきことを考え、運命に逆らうと決めたら、そのとき話すか考える」

 これから先ずっと言わないことだってある。


「アリスは運命に逆らう人間に甘いですからね。投資した分回収するのを忘れないでくれたら、僕は口出ししませんから」

「了解です」



 アランはスッと立ち上がり、私のすぐ横に来る。

「アリス、運命の存在を僕は信じていません。決まった未来なんてありませんよ。運命に逆らうことばかり考えるより、生きたいように生きる方が大事です」

 易しく私の頬に手を添え、こてんと首を傾けて瞳を覗き込む。


「僕はアリスの味方ですから」

 そう言って甘く微笑むとアランは部屋をあとにした。

 え!?

 今のなに!?


 触れられた頬が熱い。

 でも、今考えるのはそこじゃない。

 アランは決まった未来はないと言った。その言葉を信じられればどんなにいいか。

 もっと、私が強ければアランのように、生きられるかもしれないけれど、今の私は弱い人間だ。



 私はもう一人の運命に逆らう男の背中を見送った。


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