「おかえりなさい」
ノックとともに入って来たのはアランだった。
水色の髪に水色の瞳。氷の王子なんて若いお客さんから呼ばれる青年は、営業用の冷たい顔とは違い、易しく微笑んでお茶をいれてくれた。
うちの店の頭脳だ。
「その微笑を営業でもしてくれたら、お客が倍になるのに」
「それはレンの役ですから。それより今度のお客様はどんな方でした?」
部屋の主をよそに、色持ちで、長い脚を組んで優雅にソファーに座り、お茶を飲む姿はとても平民には見えない。
いつかお約束の通り、貴族の落胤だと言って迎えに来る人間がいるのではないだろうか。
「今回は上客だったわよ。なんと勇者だったの。がっぽり稼がせてもらわないと」
ふふふ。
押さえきれない笑いが込み上げてくる。
「下品ですよ」
アランは呆れたように言うが、自身も目をキラキラさせている。
たぶん、10は儲けのシナリオが浮かんでいるに違いない。
お前も悪だのう―――――。
心の中でそっと突っ込みをいれておく。
「しかし、どこの誰が召喚した勇者か分かっているのですか? あの森に落とすなんて、ずいぶん間抜けな召喚師ですね。最近は勇者が必要な事案はなかったと思いますが、魔王の近隣の国を探ってみますか?」
これでも商売柄、4人いるとされる魔王の動向には気を付けていたのだけれど、今まで特に報告はない。
「うーん、そうね。でも急がなくてもいいよ、光が使いもになるのに3ヶ月は様子見かな。ガリレのところにいる限り見つかることはないし」
さっき光が書いた個人シートをアランに渡す。
「問題は――――――勇者にはなりたくないことと、家に帰りたいってことかな」
「――――なるほど、全うな人間ってことですか。しかし、彼の生まれをみる限りちょっと難しそうですね」
私は心配そうに言うアランに頷いた。
アランが何を心配しているのかは分かってはいたが、今の光にアリス自身のことを話す気はない。
どんなにこの世界のことを受け入れているようにみえても、所詮は平和な日本でぬくぬく生きて来たのだ、本当の現実はまだわかっていない。
勇者は皆チートだ。でもその運命も過酷なのだ。
『勇者』という称号に踊らされていては生き残れない。
正しい判断は正しい自己分析が必要になる。実力を身誤れば死に繋がる。運命に逆らうなら覚悟してもらわないと。
この世界での運命は確定に等しい。現実に決まっているものとして存在する。
それを変えるのは、絶対である神に逆らうことと同じ………。
はぁ―――――――。
神に逆らう――――か。本気で心配してる自分に笑ってしまう。
最近弱気になってるな。
こんなんじゃ、自分の運命を変えられないし、まして他人の運命を変える手伝いなんて出来ない。
「少なくともガリレの修行に慣れて、光が自分のやるべきことを考え、運命に逆らうと決めたら、そのとき話すか考える」
これから先ずっと言わないことだってある。
「アリスは運命に逆らう人間に甘いですからね。投資した分回収するのを忘れないでくれたら、僕は口出ししませんから」
「了解です」
アランはスッと立ち上がり、私のすぐ横に来る。
「アリス、運命の存在を僕は信じていません。決まった未来なんてありませんよ。運命に逆らうことばかり考えるより、生きたいように生きる方が大事です」
易しく私の頬に手を添え、こてんと首を傾けて瞳を覗き込む。
「僕はアリスの味方ですから」
そう言って甘く微笑むとアランは部屋をあとにした。
え!?
今のなに!?
触れられた頬が熱い。
でも、今考えるのはそこじゃない。
アランは決まった未来はないと言った。その言葉を信じられればどんなにいいか。
もっと、私が強ければアランのように、生きられるかもしれないけれど、今の私は弱い人間だ。
私はもう一人の運命に逆らう男の背中を見送った。
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