「よっこらせ」
菫は自分が動かなくさせた飛鳥の、自分より大きなその体を、ヒョイッと肩に担いだ。今朝も男子生徒を片手で投げていたが、その力に改めて驚かされる。さすが忍者。
「すまぬ、皆の衆」
飛鳥を担いだまま菫は頭を下げた。
その姿勢を維持したまま話しだす。
「弟子の不始末は、師である拙者の不徳の致すところ。この子を傷つけた負い目から、ストレス発散くらい大目にと。他人様への八つ当たりまで看過してはいけなかった。月影どのと立花どのの言われたとおりでござる」
菫は顔を上げて、こちらに向けた。
咲也と、その隣に立った小兎子に。
「勝手な話なれど……段蔵は痛い目を見て、自らの過ちに気づく必要があった。それは師が上から正しさを押しつけても叶わぬ。御二方が段蔵をやりこめてくださり助かった。礼を申す」
「いえ、そんな」
「ホントに勝手ですね」
「小兎子……!」
言い争っていた段蔵が倒れても、小兎子は腹の虫が収まらないようだ。咲也としては揉めごとを早く終わらせたいので菫からの謝罪を受けいれたいが、小兎子の気持ちのほうが大事ではある。
「言葉よりモノで償ってください」
「心得もうした。近日中に必ずや。では今日のところは、これで失礼するでござるよ。月影どの、立花どの、名雪どの。そして、総帥どの、大山 司令、野土 副司令……御免!」
ボンッ!
菫たちを中心に煙幕が発生し、作戦会議室を真っ白に染めた。それが薄くなって視界が開けると……菫たちの姿は消えていた。
残された6人のあいだに沈黙が漂った。
副司令が神経質そうに眼鏡を押さえた。
「普通に退出しなさい……!」
「次からはそうしてもらおう」
司令がなだめ、そして室内を見回した。
「では、これで解散としよう。常陸さん、お疲れさまでした」
「うむ、お疲れさま。では儂も失礼する。立花くん、名雪さん、月影さん、もっと話していたいが予定が押していてのう。なにかあれば、また連絡してくれい」
「「「はい」」」
総帥は普通にドアから退室した。
咲也は動けなかった。これで今日の用事は終わり? 気持ちが状況に付いてきていない。六花は席を立って自分の傍まで来て、小兎子も入れて3人で集まりはしたが。
立ちつくしていると、副司令の冷たい声が飛んできた。
「なにしてるの。早く帰りなさい」
「あっ、はい……」
「いえ、少し待ちなさい」
(どっちだよ)
「念を押しておくけど、このことは誰にも秘密よ。あたなたちのご両親にはもう話が行っていますが、その他の人間には決して、漏らしてはいけないわ」
「は、はい……あの、親友にもですか?」
「当然よ」
「そいつは誠実で、口も堅くて、秘密を漏らすような奴じゃ」
「そうだったとしても、あなたが守秘義務を破っていい理由にはならないわ。規則は規則よ。従いなさい。死にたいの?」
「いっ、いえ……!」
「秘密を洩らした者だけではないわ、秘密を知った者も口封じに殺される。友達が大事なら、軽率な行動は慎みなさい」
「はっ、はい……!」
親友の、常磐のことさえ脅された。
業腹だが従うしかない。ただ──
「あの! そいつ岩永 常磐っていって、アーカディアンA級で。このアルカディアの操縦士に選ばれてたり、してないですか? 今日は呼ばれてないみたいですけど」
「してないわ」
「なんで……同じA級の六花と小兎子は選ばれてるのに」
「ランクが高ければいいわけじゃない。アルカディアで運用する実機のアークを最高レベルで操れると判断された者が選ばれる。彼はそう判断されなかった」
「ど、どうして」
「彼の勝利の多くはアークではなく、アニメとのコラボ企画の、実在しない機体で対戦した時のもの。アークとは勝手の違う、ね。アークに乗って基準戦力に達するとは評価されなかった」
「ええ⁉ トキワはアークでだって──」
副司令の、眼鏡が光った。
「へぇ? それは、いいことを聞いたわね。使いものになるなら使わない手はないわ。彼も徴用して平和のための犠牲に──」
「えっ⁉ ま、待ってください!」
「全く……今のは聞かなかったことにしてあげます。もう少し、考えてからモノを言いなさい。いいわね?」
「はい……」
「司令、行きましょう」
「3人とも、また明日」
副司令は、司令と2人で退室した。
作戦会議室に3人だけが残された。
(副司令の言うとおりだ)
常磐が過小評価されたことが悔しく、つい反論してしまった。そのせいで常磐まで、こんな異常事態に巻きこむところだった。
だが、これでよかった?
常磐を仲間外れにして?
「リッカくーん♡」
「六花⁉ なに?」
六花が急に腕を組んできた。
満面の笑みで見上げてくる。
「かっこよかったよ♪ あんな怖い加藤くん相手に堂々として。ちょっと低くした声も素敵。わたし、ときめいちゃった♡」
「あ、あはは……ありがとう」
それは嬉しいが。
テンション高い。
六花は小兎子が飛鳥と口論を始めてからは静かにしていたが、その前の上機嫌はまだ続いているようだ。戸惑う咲也をよそに、六花は続けた。
「よかったね、夢が叶って」
「え……」
「ロボットに乗って戦うって夢! もう上野の時みたいな無理をしなくても、国からのお墨付きで、捕まる心配もなく戦える!」
「そ、そうだね」
すでに捕まって強制労働させられるに等しい状況なのだけど。咲也はそう思いつつも、嬉しそうな六花には言わないでおいた。だが歯切れの悪さはさすがにバレる。
「嬉しくないの?」
「そういうわけじゃ……ずっと望んでたロボットアニメみたいな展開だし、公的な身分で戦えるのも六花の言うとおり好条件だ。でも……六花はヒドイと思わなかった?」
「思ったけど、ロボット作品で主人公が戦うことになる流れって大概ヒドイ状況だし、未成年の主人公を戦わせようとする大人がクズなのも定番だし……こんなもんじゃない?」
「それはまぁ、そうだけど」
それこそ、これよりもヒドイ状況で戦った主人公だって何人も知っている。だが創作物と比較してどうする。これは現実だ──六花が、声のトーンを落とした。
「分かってる、わたしにも」
「えっ?」
「わたしも政府には怒ってるよ。でも、逃げらんないし、逃げる理由もないし。前向きに楽しまないと、もったいないよ。導入はどうあれ、願ったり叶ったりの状況になったんだから」
「六花にとっても……?」
「うん。分かんない?」
「⁉ す、少し待ってて!」
自分が六花──好きな女の子のことを理解できていないという状況に気づいて、咲也は慌てた。思えば、六花が上機嫌になった時からずっとだ。
今ではロボット沼にはまったとはいえ、六花には自分のような『ロボットに乗って本物の戦いをしたい』願望はないはずだ。
彼女の夢は魔法少女になること。
それが不可能だから、隣の格納庫にある【スノーフレーク】のような魔法少女型アークの実機に乗れる、機甲道の選手を目指すことで折りあいをつけた。
大事なのは機甲道ではなく、魔法少女型アークに乗ることで、もし自衛隊がアークを導入したなら、機甲道の選手から自衛隊のアーク操縦士に進路を変更する。
それなら自身の夢も叶い、咲也とも一緒にいられると。それで咲也も自衛隊を保留しつつ、機甲道を目指す進路を選んだ。
その2年前からの人生設計と。
今のこの状況を比べると……
「ああ、そうか。実機の魔法少女型アークに乗っても、機甲道で見世物の戦いをしたり、自衛隊っていう表の組織で戦うよりも。正体は秘密のここでのほうが、ずっと魔法少女っぽいよね」
「正解! わたしのこと分かってくれてる~♪」
2年前の六花には機甲道や自衛隊で魔法少女アークに乗るより良い道など考えられなかった。しかし特務機関アルカディアが、より良い道として現れた。前向きになるのも当然か。
「すぐに分かんなくて、ごめん」
「全然いいよ~それくらい~♪」
六花がしがみついている咲也の腕に頬ずりした。超かわいい。
「さーくーやーっ」
「こっ、小兎子⁉」
六花に対抗するように小兎子が反対側の腕に抱きついてくる。拗ねたような上目遣いが超かわいい。さらに、己の豊かな双丘を押しつけてくる。布越しに伝わる確かな弾力。咲也は勃起した。
「ちょ、ちょっと……!」
「今だけ。外に出たら離れるから」
「う、うん」
咲也が六花だけでなく小兎子とも両想いなことは秘密なので、人目のある所ではくっつけない。それを言われては拒めない。
小兎子とは咲也を奪いあっているとはいえ、自分だけどこでもくっつける六花も邪魔はしない。『わたしの話は終わったよ』とばかりに黙っているので、咲也は小兎子の相手に専念した。
「小兎子は、こんなことになって──」
「よかったわ」
「あっれぇ⁉」
「あーら。アタシのことは分かってくれないの?」
小兎子が半眼になる。
一難去ってまた一難。
「だって、ずっと反発してたじゃない!」
「当ったり前でしょ! アタシは『ロボットに乗って戦いたい』とか『魔法少女になりたい』とか願うガチ勢じゃないんだから」
「そうだよ、だから」
「でも、アンタは?」
「えっ?」
「アンタはガチ勢でしょ? 魔法少女になる代わりの六花より、ダイレクトに夢が叶ってんじゃない」
「……」
「2年前、アンタと常磐が七夕の短冊に書いた『人がロボットに乗って戦う時代が訪れますように』って願いも。これまではまだ過渡期って感じだったけど、いよいよ本格的に叶ってきた」
「そう、だね」
「そんな世の中になって、アンタが戦う環境も整えられて、以前みたく実機に乗れなくて悔しい想いもしなくて済むようになって万々歳じゃない。なのになんで、そんなシケたツラしてんのよ」
「それは……」
全くだ。子供の頃からこんな日が来るのをずっと待っていた。ようやく念願が叶ったというのに、いざその時が来るとちっともテンションが上がらないなんて。
かつての自分だったら政府から強要されたことなど気にせず、奇声を上げて狂喜乱舞していたのは間違いない。だがあの頃とは違う。
今の自分には、自分より大切な人がいる。
これが小兎子の望んでいる答えなのかは分からない。不正解で嫌われるかも知れない。それでも、この気持ちは小兎子にだって譲れない。咲也は小兎子の目を見て──
ハッキリ告げた。
「大好きで大切な小兎子が、望まない戦いを強いられてるのに、自分は望んでたからって浮かれるなんて僕にはできないよ」
「うん。そうよね」
そう言って小兎子は目を細めて微笑んだ。
よかった、どうやら不正解ではなかった。
「そんなアンタだから、好きよ。アンタがアタシのこと気遣わず無邪気に喜んでたら幻滅してた。でも、アタシのせいでアンタが喜べないのも嫌なの」
「小兎子のせいじゃないよ⁉」
「ううん。アタシと出会いさえしなければ、アンタは心置きなく喜べてた。アンタの人生にアタシはいないほうが……なんて! 結論になるのがムカつくのよ! ったく、冗談じゃないわ‼」
「小兎子……」
「いーい? 確かにアタシはこんなロボットアニメみたいな戦い望んじゃいないけどね……アンタと一緒にいるためなら、なにとだって戦える。舐めんじゃないわよ」
「ごめん! ……ありがとう」
「フンだ」
咲也はようやく理解した。
自分がなんと言うべきか。
左右から六花と小兎子に抱きつかれている両の腕を動かして、2人の手をそれぞれ握る。2人とも、握りかえしてくれた。
「小兎子」
「うん」
「六花」
「はい」
「2人とも、僕と一緒に戦ってほしい。戦いは大変だろうけど、だからこそ、そんな時でも幸せを感じて笑顔でいられるように、一緒にがんばって……この状況を、楽しんでほしい」
「そっ、それでいーのよ♪」
「あなたとなら、喜んで♡」
小兎子がニカッと満面の笑みを浮かべた。
六花が夢心地でとろけるように微笑んだ。
咲也は繋いだ手を引き。
3人で体を寄せあった。
「そのために、どんな戦いからも必ず3人で生きて帰ろう」
「「うん」」
……やがて、小兎子がぽつりと言った。
「常磐は、残念だったわね」
「そうだね……岩永くんも、リッカくんと同じくらいロボットに乗って戦いたがってたのに。戦えないのが可哀想だし、これから岩永くんに隠しごとしなきゃいけないの、つらいね」
咲也も同じ気持ちだ。
しかし決心はついた。
「うん。常磐が知ったら、きっと凄く悔しがる。でもやっぱり、こんな異常な事態には、巻きこまずに済むならそのほうがいい。常磐のいる平和な日常を守るために戦って、勝って常磐のもとに帰ろう。何度でも。それが僕たちの戦いだ」
「「うん!」」
咲也の言葉に、2人は力強く頷いた。
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