魔法少女型アーク【スノーフレーク】を駆る六花は、その状態で【魔法少女スノーフレーク】なる魔法少女なのだという設定のもと名乗りを上げた。
対戦相手の小兎子を怪人 呼ばわりして。
これまでもスノーフレークを使いながら魔法少女っぽい技名を叫んだりと成りきって遊んでいることはあったが、これは初めてのパターンだ。
引っこみ思案でおとなしいが魔法少女のことになると厄介オタクになる──六花のそういうところは承知しているが、今回はいつもより過熱しているように小兎子は感じた。
(最近、妙にテンション高いのよね)
特務機関アルカディアの操縦士にされてから、命がけで戦うことになってから、自分も六花も練習に熱が入っている。
だが自分は『死にたくない』一心なのに対し、六花は『戦うのが楽しみ』なようで、正直、付いていけない。だが気圧されていては戦う前から負ける。
小兎子は虚勢を張った。
大胆不敵な声音を作る。
「ねぇ。アタシも怪人役、やんなきゃ駄目?」
『ううん。わたしが1人で言ってるだけだから、気にしないで。小兎子は演技とかしないでいいから、普通に戦って?』
「そりゃ助かるわ……んじゃ、行くわよ!」
ガチャッ──グイッ‼
小兎子は左右の操縦桿を前に押しつつ、下に押しこんでから上に引っぱり。同時に左右の足踏桿を目一杯に踏みこんだ。
小兎子の乗機【クレセント】は、ペダルの入力を受けて一度しゃがんでから、その下腿が三日月型のバネになった両脚を全力で踏んばり、レバーで入力された前方・斜め上へと跳躍!
ズダン‼
空中での推進力を持たない機体は、滞空中は方向転換ができず、攻撃されると回避できない。
アーカディアンを始めたばかりの頃の小兎子は、よくクレセントのハイジャンプによる長い滞空時間のあいだに攻撃されて撃破されていた。だが今やそんな愚は犯さない。
このジャンプの軌道は、幅広階段の頂上からこちらを見下ろす六花機──そのやや頭上への最短コース!
ビイイッ‼
六花機がこちらへ突きつけていた、右手の魔法のステッキ型レーザー銃の、先端の六角柱クリスタルが虹色の光線を放った。
だが、こちらが六花機へ直進せずやや上に動いたことで照準がズレ、光線は下方に逸れた。六花機が腕を動かして狙いを補正してきても、この一瞬では間に合わない!
ギュルッ!
六花機をすぐ傍で見下ろしながら、小兎子は左右のレバーをひねって機体を前転させた。その回転に乗せて下腿部のバネを、六花機の頭上に踵落としの要領で叩きつける!
「やあッ‼」
『なんの!』
その一撃を六花機は、レーザー放射をやめたステッキを頭上に構えて受けとめた──バチィィィン‼ が、受けとめきれずにステッキを取り落とす!
「もういっちょう!」
六花機にのしかかるように落下しながら小兎子機は左腕を振りかぶった。その手に握られているのは短刀──全高3.8mのアークが持てば短刀に見える、全長98.1㎝の太刀。
【複製・三日月宗近】──オリジナルは上野にある東京国立博物館が所蔵している国宝にして、天下五剣の1振り!
その白刃に機体重量を乗せて、ガラ空きになった六花機の頭部へ振りおろす‼
ガキィィィィン‼
その一撃は、六花機の左手で掲げた短剣によって受けとめられた。魔法少女の武器らしく可愛いデザインの柄から宝石のようなクリアパーツでできた剣身が伸びるそれは──
【ダイヤモンドダガー】
剣身の大半はダイヤモンドではなくCNF。ただし刃の縁の部分にだけ工業用の微小な人工ダイヤモンド片を貼りつけている。
切りつけるとそのダイヤモンドの粒が鋸のように対象を引っかいて、アークの装甲だろうと斬り裂く。
それを六花機は右手のステッキで蹴りを防ぎながら左手で抜いて、弾かれたステッキと入れかわりに防御に間に合わせた。
(なんちゅう反応速度よ!)
それを成すには操縦者の六花が、右手はレバーを握って照準ボタンとトリガーを押さえて右主武装の自動防御をしながら──
左手をレバーから離してコンソールパネルを叩いて左主武装の変更を入力して、即座にレバーに戻して照準ボタンとトリガーを押さえて自動防御を実行しないといけない。
あの一瞬のあいだに。
到底、真似できない。
六花は自分と同じA級だが、接近戦に限っては向こうが遥かに上。咲也・常磐・飛鳥・菫の接近戦はこれ以上というが、小兎子にはその差も理解できない。
びょん、びょん──
会心の2撃を防ぎきられ、小兎子機は虚しく着地した。下腿部のバネがたわんで機体が上下する。そのあいだに眼前の六花機はサーッと遠ざかっていった。
六花機がその上に乗っている、魔法陣をモチーフにした円盤状エアクッション艇をバックで走らせて。
そしてこちらに突きだしてきた右手には、さっき落としたステッキとは別の魔法少女のものらしく可愛らしい杖を握っている。それは新体操の棍棒のような形の──対戦車擲弾発射器。
『マジカル☆ボンバー‼』
ぼしゅっ! 六花の掛け声と同時に杖の先端の膨らみが煙を噴き、杖から分離してこちらへ飛んできた。それは当たれば戦車さえ粉砕する爆弾、だが飛翔速度は通常の弾丸より遥かに遅い!
バッ──ドガァン‼
横に跳んだ小兎子機の傍を通過して、爆弾は地面に落ちて爆発した。その爆風をも背中に受けることで加速に利用して、小兎子機は猛スピードで前方へ駆けだす!
下腿部のバネによる高い瞬発力を回避に活かせる小兎子機に、あんなトロい攻撃は当たらない。
逆に六花機の乗っている円盤状エアクッション艇は、地上スレスレの高度限定とはいえ空を飛ぶプロペラ機、瞬発力はなきに等しい!
ジャキッ!
バックする六花機を追いかけ、その側面へと回りこみながら、小兎子機は右手の拳銃を──ノロマな円盤に乗った六花機に向け──発砲!
ババンッ──バッ‼
しかし2連射した弾丸はどちらも当たらなかった。六花機は撃たれる瞬間あっさり円盤を捨てて、そこから飛びおり──ながら、先端を放出してただの棒になった杖を投げつけてくる!
「うっとうしい!」
それを難なくよけてから小兎子は『しまった』と気づいた。あんなもの当たってもダメージは皆無、無視すればよかった。
回避行動を取ったために攻撃の手がとまり、そのあいだに六花機は新たな魔法の棍棒をスカートの下から取りだした!
『マジカル☆ボンバー‼』
「当たんないっつーの‼」
バッ──ドガァン‼ 再び放たれた爆弾をかわし、小兎子機は再び走りながら拳銃を六花機へ向けた。
円盤を降りた六花機はこちらに側面を向けながら、標準的な陸戦機と同じように足裏の電動ローラースケートで広場の石畳の上を滑走している。
その移動方法での瞬発力はホバーよりは高いが、こちらの跳躍特化脚部ユニットほどではない。今度こそ──だが、こちらが撃つより早く六花機が手にしたものを投げつけてくる!
(もう引っかか──え⁉)
ザクッ──ドガァン‼
六花機が投げたのは右手の魔法の棍棒の残骸の棒切れではなく、左手の短剣だった。先ほどと同じで無害な棒切れと思いこんで回避しなかったため、短剣は拳銃に刺さった。
(ちくしょう、まんまと引っかかった!)
拳銃は爆散して喪失、もうこちらの武器は左手の短刀だけ。
しかし向こうは射撃武器は魔法のステッキを落とし、2本ある使い捨ての魔法の棍棒も使いきった。唯一の近接格闘武器の短剣も今、投棄した──つまり丸腰!
こちらの圧倒的優位が確定!
接近して、短刀で仕留める!
小兎子機は真っすぐ六花機へと駆けだした。全速力で逃げられると厄介だが、直前まで互いに併走していた今ならまだ!
こちらの跳躍特化脚部が一歩ごとに地面から足を離すため急な方向転換が可能なのに対し、車輪を地面にくっつけたまま走る電動ローラースケートにそれはできない!
六花機が目前に迫る──短刀を突きだす──もらった!
ガツッ‼
(はいっ⁉)
ガッシャーン‼
あと少しで六花機に切先が届くというところで小兎子機はいきなり、仰向けに転んだ。操作ミスはしていないはず。なにかにつまずいた?
(なにに⁉)
引っくり返った小兎子機の操縦室で、小兎子の正面のメインモニターは夜空と満月を映していた。その正面モニターの下、コンソールパネル内の下方表示サブモニターに、それは映っていた。
(魔法陣の円盤‼)
それは六花機が乗り捨てた、上面に六芒星(✡)の魔法陣が描かれた、円盤状エアクッション艇だった。
そうだ、これは機体が上に乗っているあいだは、その一部のように足代わりとなって移動を担うが、機体が降りて分離すると、ボタン1つで敵機へ突撃する副武装となる。
それが足下に当たったところで大抵のアークはなんともないが、非常に細くて安定性の悪い跳躍特化脚部を持つ機体だと、バランスを崩して転んでしまう。
そう知っていたの忘れていた。
捨てられ放置されていたから。
いや、六花は敢えて円盤をすぐには動かさずにこちらの意識から外しておいて、動きまわって円盤がこちらの死角に回ってから動かしたのだ。だから接近に気づけなかった。
(やばいやばいやばい!)
六花の作戦に頭を巡らせている場合ではない。小兎子は急いで両レバーを中央位置にして両ペダルを踏みこんだ。
両足でブレーキをかける入力だが、転倒時には自動で起きあがる入力となる──戦場で転ぶ、ロクに身動きが取れない状態になることは死を意味する!
(早く起きて、クレセント‼)
主の願いに応えるように、小兎子機は素晴らしく機敏な動作で立ちあがった。だが、それでも……もう、遅かった。
『今よっ♪』
小兎子機が転んでいるあいだに六花機は落としたステッキの許へと走っていた。それを拾って構えて、すでにこちらへ突きつけている。立ちあがった直後で小兎子機は動けない──
『オーロラ❄ビーッム‼』
「うぎゃあああああッ‼」
小兎子が思わず怪人のような品のない悲鳴を上げたところで、ステッキのクリスタルから放たれた虹色光線を浴びた小兎子機は耐久値が0になり、爆散した。
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