アークの制御コンピューターにインストールできるアプリケーションに【模擬戦モード】というものがあり、それを使うと機甲道のような模擬戦を行うことができる。
それは実際には光る棒でしかない光剣のような破壊力のない武器に破壊力があると仮定して、それを用いて戦って相手に仮想ダメージを与えていく。
たとえば──
ライトセーバーで叩かれてもアークには傷一つ付かないが、模擬戦ではライトセーバーの〔ふれたものを溶断する灼熱の光刃〕という設定に基づき、ふれた箇所は破壊されたものとして機体が自ら機能を一時停止する。
腕を打たれれば、その腕は動かなくなり。頭を打たれれば、そこにあるカメラごと壊れた扱いになり、モニター表示が消える。胴体を打たれれば中の操縦士が死亡したとして敗北する。
──という具体。
そんな模擬戦ルールでは『殴る』『蹴る』といった機体の一部を敵機にぶつける格闘攻撃も実際以上の仮想攻撃力を与えられている。
一撃で胴体を破壊するほどの威力はないが、何発も当てて仮想ダメージを蓄積させれば『破壊した』という判定になって、勝利となる。
なお。
アークによる格闘攻撃の実際の威力は、模擬戦での仮想ダメージよりも低いとはいえ、当たれば相応の衝撃が発生して操縦室にいるパイロットに届く。
その力は機体を保護する衝撃吸収装置によって大きく減衰し、パイロットが深刻なダメージを受ける危険は少ないが、それでも結構な揺れ具合で大変だ。
ドガァッ‼
バキィッ‼
そうして行われた咲也機と飛鳥機の徒手空拳での模擬戦は、飛鳥機の勝利に終わった。
咲也機は飛鳥機のスピードについていけず、粘ったものの1発も飛鳥機にクリーンヒットを当てられないまま、押しきられた。
[YOU LOSE]
地下訓練場で仰向けにブッ倒れた愛機の中で、咲也は正面モニターに表示されたその文字を見上げ、悔しさを噛みしめた。そも文字の向こうでは傍に立つ飛鳥機がこちらを見下ろしている。
『オイ、それのどこが最強だ?』
「いや、トキワが僕をそう言ったのはゲームでの話で」
『ハァ? アーカディアンも実機も同じだろ』
「? ……操縦方法は同じだけど、実機ではGがあるじゃない。今の僕の貧弱な体じゃ、Gに耐えられなくて操縦精度が落ちる。言いわけみたいで言いたくなかったけど」
『そういや部活ん時よりキレ悪かったな。動く操縦席の上だと、動かないゲーミングチェアの上と同じように動かせねーのか?』
「そうだよ。それ克服するために朝練してんじゃん」
『あーっ! それでお前らまで筋トレしてたのか!』
「分かってなかったの⁉」
『オレは初めて実機に乗った時から平気だったからな。そうか、体が弱ぇとそうなるのか。考えたこともなかったわ』
「うわー」
それは見事に、弱者の気持ちの分からない強者の発言だった。以前のような悪意は感じないので、それほど腹は立たないが。
『なら、早く克服しろよ』
「もちろん。がんばるよ」
飛鳥に敵わないということは、飛鳥が敵わなかった秘密結社ザナドゥ大首領・石仮面サガルマータにも敵わないということだ。
飛鳥が大首領に負けて殺されそうになった時、自分が割りこんで大首領と対峙した。大首領の乗機【グレナディーン】の刀が折れて、大首領が撤退していなかったら、自分は殺されていた。
そして今のままでは、もし大首領と戦うことになったら死ぬ。そうならないよう、一刻も早くGを克服しなければ──
(いや、違う)
敵は当然として『味方になら負けてもいい』なんて思わない。アークの、ロボットの操縦では、誰にも負けたくない!
(朝練、がんばろう!)
¶
特務機関アルカディア東京支部の地下秘密基地内の訓練場には各所に小型カメラが設置されており、そこでの様子を撮影する。
今回そこで行われた所属アーク5機の慣熟訓練も撮影され、その映像は同じ基地内の作戦会議室にて、スーツ姿の男女に観察されていた。
男はここの司令、自衛官の大山 和多志。
女はここの副司令、警察官の野土 茅野。
司令は貫禄のある落ちついた男だ。対して彼よりいくらか若い副司令は神経質さがやや目立つ女で、今も眼鏡の端を上げながら隣にいる司令に棘のある声をかけた。
「負けましたね?」
「立花くんかね?」
モニター内ではちょうど立花 咲也と加藤 飛鳥のアークによる殴りあいの模擬戦が終了したところだった。
アーカディアンのプレイヤーランキングで最上の、日本のみならず全世界でも数えるほどしかいない〔S級〕である咲也が一方的に負けた。
「ええ。期待のホープがこれとは」
「弱く見えたのは相手が強すぎただけだよ。加藤くんは師匠の風間くん同様アーカディアンのオンライン対戦をしてこなかったのでランク外だが、S級相当なのは間違いない」
「真のホープは怪盗忍者ということですか」
「もう怪盗ではないよ」
「申しわけありません」
副司令の言いようには飛鳥と菫が怪盗忍者をしていた頃、彼らを逮捕しようと尽力した警察の一員としての敵愾心が込められていたが、司令は呼びかたを訂正する以上の叱責はしなかった。
押さえつけても逆効果。
2人の元・怪盗忍者が今は味方とは副司令とて承知している、それでも感情が追いつかないのは人間なら当然だ。2人のいない所で毒を吐いて発散されるなら、そのほうがいい。
「それに、ホープは全員だよ」
「立花も、名雪も、月影も?」
「そうだ。忍者の2人は、その鍛えられた肉体によってGによるハンデを受けず、実機でもゲームと変わらない腕を発揮できる。今はまだハンデを負った3人も、いずれはそうなる」
「それは何ヶ月後ですか。敵は待ってくれませんよ?」
「大丈夫だよ。今の立花くんも、それに名雪くんも月影くんも、ゲーム時より劣るとはいえ耐G訓練を始めたばかりの民間人とは思えないほど良く動けている」
「だから勝てると?」
「立花くんは先日の上野公園で、多数の機甲獣を撃破している。ハンデ有りでも、それだけの力があると証明している」
「たった一度の戦いで評価を固めるのは早計です」
「マグレだったと?」
「可能性はあります」
「しかし他の支部はすでにザナドゥと戦い、立花くんらと同じく民間出身で、耐G訓練が不充分で実機では力を出しきれない者が勝利を収めている。しかも彼らの大半はB級だ」
「立花はS級、名雪と月影はA級……」
「そう。B級にできることが3人にできない道理はない。油断はいかんが心配しすぎても始まらんよ」
「そう……ですね。我が東京支部の戦力は他のどこより充実しているというのに。慎重に考えているつもりで、弱音を吐いていただけのようです。申しわけありません」
副司令の雰囲気が和らいだ。
司令は気遣うよう微笑んだ。
「構わんよ。実戦は素人のゲーマーにこの国の治安を委ねる──心許ないのは当然だ。わたしが『勝てる』と言ったのも、東京にこれから現れる敵が他と同規模と楽観してのことでしかない」
「悲観した場合、どうなります?」
「うむ……すでにザナドゥは47都道府県の全てに最低1回は出現している。これまでに現れた、それらの戦力が一度にこの東京を襲ってくれば我らはひとたまりもないな」
「……むしろ、なぜそうしなかったのでしょう」
「推測しかできないが。仮に敵の目的がこの国の征服なら首都・東京を制圧するのが一番、手っとり早い。無闇に各地を荒らして国力を低下させても征服後の旨味が減るだけだ」
「それをやりたくてもできなかったのか、あるいは奴らの目的は征服でなく、本当に上野で大首領が宣言したとおり破壊と殺戮を撒き散らすだけなのか……それになんの意味が」
「楽しいからとそうする者はいる。または世を恨み儚んでいる者かも知れない。それは警察にいた君のほうが詳しいのでは?」
「ええ、まぁ……」
副司令の歯切れが悪くなった。
漠然とした考えを打ちあける。
「ですが、そうした異常者の群れとは違うように感じるのです、奴らは。そのような刹那的な者たちにしては、組織として高度に機能しすぎているような」
「少なくとも組織を率いている幹部たちは、そうした者ではないということか。やはり『破壊と殺戮』を鵜呑みにはできんな」
「無論です。テロリストの言うことなど」
「テロリストか」
世間ではザナドゥはそう呼ばれている。
司令の反復に、副司令はすぐ訂正した。
「分かっております。厳密な意味では奴らは〔テロリスト〕ではありません。テロとは暴力で国民・国家に自らに従うよう脅迫する行為ですが、奴らはなにも政治的な意図を発していません」
「ああ。なにも言ってくれないから思想的な背景が分からない。不気味な存在だよ……我々にとってより深刻なのは、その規模も分からないことだがね」
「あと、どれだけの戦力があるか、ですね」
「これまで表に出てきた戦力は全て叩いた。だが、それが奴らの何割になるかは不明だ。奴らの潜伏先、機甲獣の生産拠点、そういったものは全く見つかっていないからね」
「はい。政府は2年前の茨城の事件の時にはすでに、ザナドゥの存在を知ってはいた。ですが居場所も動向も、今日にいたるまで掴めていない。我が国の捜査機関は完全に出しぬかれています」
「だから毎回まんまと奇襲を受けている。我らが出動して鎮圧はしても、それまでに必ず被害が出る。その度に出動にも復興にも大金がかかる……政府の体力も、いつまで保つか」
「先に向こうが息切れしてくれると良いのですが」
「秘密結社の体力が国家よりあるとは考えにくいが。敵も、勝算もなくこんなことを始めるとは思えんしな。敵の体力切れを期待するより、早く本拠地を暴いて叩きたいものだが」
「叩くのは我々の仕事ですが、暴くまでは捜査機関の仕事……」
「そうだ、我々アルカディアは実戦部門。ドンパチを始める前のアレコレは、そちらの専門家に任せるしかない」
「わたしたちは己の職務を遂行するのみ、ですね」
「当たり前すぎて、つまらん結論だがね」
「ふふ、そうですね」
苦笑した司令に、副司令も同じく苦笑して応えた。
¶
夜中。
実機での慣熟訓練が終わり、本日のアルカディアの業務を全て終えて、咲也たちパイロット5名は解放された。
基地に来る時に使うエレベーターで地上のカルセドニア学園の校舎に戻っても、もう校門が閉まっていて出られなくなるので、別のエレベーターを使って上昇する。
それは学園近くの雑居ビルの中にあるエレベーターに繋がっていて、あとは何食わぬ顔で外に出る。いつもはここで咲也・六花・小兎子と飛鳥・菫の2組に分かれるが──
「今日は~先生が~車で送るわ~っ」
「「「ありがとうございます!」」」
初めての実機での訓練でいつもより疲れているだろうからとの菫の申し出に、咲也たち3人は甘えることにした。
駐車場で菫の車に乗りこむ。
前部座席には菫が運転席に、飛鳥が助手席に座る。
後部座席には、六花・咲也・小兎子と並んで座る。
そして発進してから、菫がくすくす笑った。
「両手に花ね~♪」
「「「……!」」」
咲也が六花と小兎子に挟まれている、その席順は3人が常磐の他には隠している、3人の本当の関係性を表していた。
3人とも疲労でボーッとしていた。中央を六花にして、咲也と小兎子は隣りあわないようにすべきだった。六花は咲也の恋人、小兎子は常磐の恋人、そういう設定なのだから。
「いや、これはたまたま!」
「そうです! リッカくんはわたしだけのです!」
「……さ、咲也! 六花と場所、換わんなさい!」
〔設定〕に基づいたリアクション。
そんな3人に菫はしれっと答えた。
「隠さなくてい~のよ~? 立花くんが~名雪さんと月影さんの同意の上で~二股かけてるの~先生も飛鳥も東京支部のみんなも知ってるから~♪」
「「「えええええ⁉」」」
「あなたたちのことは~アルカディアの隊員に選ばれた際~国が調査したって言ったでしょ~? その時もうバレてたのよ~? 表に言いふらしたりしないから~安心して~?」
調査されたとは初日に聞いた。
その時は『上野で調査隊に潜入したのがバレた』という話だったが、プロに私生活を覗かれたならコレもバレて当然だった。
これまで1週間、アルカディアの人たちにもバレないよう気をつけてきたのは無駄だった。咲也は疲れが倍になった気がした。
「スミレ先生、早く言ってくださいよ……」
「ごめんね~もう誰か言ったと思ってて~」
だが、これでもうアルカディア内では隠さなくていいことが判明した。それについては、よかったと。咲也は思うことにした。
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