■ 私立カルセドニア学園・中等部アーカディアン部 ■
(顧問)
風間 菫 1年A組 担任
(部員)
岩永 常磐 1年A組
加藤 飛鳥 1年A組
立花 咲也 1年A組
月影 小兎子 1年A組
名雪 六花 1年A組
この中の常磐以外の全員が、特務機関アルカディア東京支部のアーク操縦士という、表沙汰にできない裏の顔を持っている。
そんな二重生活を送っている5人の、裏のパイロットとしての訓練である筋力トレーニングを、表の部活の朝練の時間に行う。
それがアルカディア東京支部の方針。
だが機甲遊戯アーカディアンというビデオゲームをするだけの部活には筋トレは必要ない。アルカディアの存在を秘するため、純粋にアーカ部として、そうする理由として用意されたのが──
〔機甲道へ進むための準備〕
アークの実機による模擬戦競技、機甲道。その選手には実機の機動時に発生するGに耐えられる強い肉体が必要とされるのは、実機で実戦をするのと変わらない。
そしてアーカディアンのプレイヤーには、このゲームで培った操縦技術によって機甲道の選手となろうとする者もいることは、業界の常識。ここのアーカ部では咲也・六花・常磐がそう。
そうした部員の将来のための筋トレ。
参加は希望者のみで強制はされない。
これなら裏の事情を知らない教師や生徒への説明にも使える。常磐もその説明を受けて『それなら』と、アーカ部には本来なら必要のない筋トレに参加してきた。
むしろ常磐から見ると、必要がないのに朝練を受けているのは機甲道を志していない小兎子と飛鳥ということになる。しかし、それを常磐が気にした様子はない。
親友の内心とはいえ確証はないが。
疑われていないと咲也は判断した。
飛鳥は元々スポーツ万能。機甲道を目指そうが目指すまいが、体を動かすのに深い理由など要らないと考えてもおかしくない。
小兎子も常磐からなにも訊かれていないとのことだが、もしも訊かれたら『咲也の傍にいたいから』と答えるつもりと小兎子は言っていた。
常磐は小兎子が咲也を好きと知っているので、自らその答えを予想して『訊くまでもない』と思ったのだろう。
そんなわけで。
アルカディアの5人と、そうでない常磐が一緒に筋トレをする日々は問題なく始まった。今朝も菫の指導のもと、全身の筋肉を追いこんでいき……それを終えた時──
「「……」」
咲也は六花とグラウンドにへたりこんだ。
2人のリッカは運動音痴コンビでもある。
小5の夏からアーカディアンという運動量の多いゲームをしてきたので体力は昔よりはついたのだが、筋肉はアーカディアンに使う部位以外は貧弱なまま。
菫から課された筋トレのメニューで、そんな部位にもしっかり負荷をかけられ、こうなった。咲也は六花を気遣いたかったが、口も体もすぐには動きそうにない。
「ちょっと、大丈夫?」
小兎子も声から息が上がっているのが分かったが、自分たちに比べれば遥かに元気。4人組で一番、運動神経がいいだけある。
「六花、掴まって」
「リッカ、掴まれ」
「「……」」
六花が小兎子に手を引かれて、なんとか立ちあがった。そして咲也には常磐が手を差しのべてくれた。咲也もその手を取った。常磐も疲れてはいるが、小兎子よりさらに余裕があるようだ。
「ったく、しょーがねーな」
こちらの有様を見て溜息をついている飛鳥は、これっぽっちも疲れた様子がない。忍者である彼にはこれくらい、運動の内にも入らないということか。
「こ~ら~? 加藤く~ん?」
その飛鳥を笑顔でたしなめる菫も、自分が部員たちに指導したのと同じトレーニングをしていたが、やはりケロッとしている。彼女も忍者、当然か。
しかも菫は飛鳥を忍者に育てた師匠。2人の属する風魔一族において、後進を育成する立場にある。この筋トレのメニューも、菫が風魔に伝わる訓練法をアレンジしたものだった。
「体力は人それぞれ~見下さないの~」
「わ、わーってるよ、もう、それは!」
菫は様々な筋トレを紹介しつつ、それらをそれぞれ何回やるか個人別に指示した。それも17とか31とか、キリの悪い数字で。
普通は〔全員~を何回〕だが。
そんな画一的な指導ではない。
各人の全身各位の筋肉量を体操着の上から見ただけで把握し、必要な回数を1の位まで細かく判断──これが尋常でないことは咲也でも分かった。
それは化物ばかりの風魔忍者の中にあっても傑出した能力で、菫は風魔で一番の教育者なのだと、アルカディアの地下基地で飛鳥が我がことのように自慢していた。
「だから『だらしない』とは言ってねぇ!」
飛鳥がいかに菫を慕っているかは、言動の端々に現れている。今のように出会ったばかりの生徒と教師という設定で接している時には自重しろと思うのだが。距離感が近すぎないか。
怪しまれるだろ。
それでも忍者か。
「これまでゲームばかりやってきたんじゃ『しょうがない』──悪くないって認めてんじゃん!」
「それでも~侮辱と取られても仕方ない言いかただったわよ~? 2人が体力のこと責められてるのを~かばう文脈でもなければ~わざわざ言うことでもないわ~?」
「く~っ、ムズイ!」
飛鳥のアーカ部員への態度は初日より、かなり軟化していた。初日の態度なら、それこそ『だらしない』と言っていただろう。
《昨日は、悪かった》
初日の部活のあとで、咲也・六花・小兎子が校舎の地下にあるアルカディアの基地に連行され入隊させられたことを知った時、咲也と小兎子は飛鳥と口論した。
その翌日。
また部活のあとで基地に行った時、飛鳥は2人に謝ってきた。菫に言わされているのではなく小兎子と咲也に言われたことを時間を置いたら納得したからと。
《これから、よろしく頼む》
《うん。よろしく加藤くん》
《まっ、許してあげるわよ》
そして六花とはそもそも口論になっていないどころか、それが始まるまで楽しそうに話していたこともあって、すんなり良好な関係になった。
《名雪も》
《うん♪》
そして常磐とは──もっと前に和解した。
初日の部活の終了時にされた、飛鳥と常磐がアーカディアンで1対1で対戦する約束は翌日の部活で果たされ、常磐が勝った。
体育の授業中、バスケでボロ負けして馬鹿にされて飛鳥に対抗意識を燃やしていた常磐は、無事に溜飲を下げられた。
《よぉっし‼》
《クッソォ‼》
他のなにで負けてもいいがアーカディアン、ロボットの操縦で負けるのだけは我慢ならないという常磐の矜持は守られた。
一方、飛鳥も他のなにで勝っていようとも、ロボットの操縦で負けた相手に優越感は抱けないと、常磐をライバル認定した上で称えた。
《今度は負けねーぞ!》
《ああ、またやろう!》
勝ったことで飛鳥への敵意が昇華されたのか、常磐の飛鳥への態度も軟化して、アーカ部内がギスギスすることもなくなった。それは本当によかったが……
「は~い、今朝はここまで~解散~♪」
「「「ありがとうございました!」」」
「「(ありがとうございました)」」
アーカ部は男女3人ずつに分かれて別々の更衣室に向かった。咲也は常磐に肩を借りて男子更衣室へ。体操着を脱いで、まずはシャワーを浴びた。
女子更衣室でも今頃……
六花と小兎子が裸でシャワーを浴びる姿が頭に浮かぶ……が、菫(小兎子より巨乳)の裸まで浮かびかけたところで、脳内の2人からにらまれ咲也の妄想は終わった。
シャワーを終えて。
体を拭いて。
髪を乾かし。
学生服に着替えて。
「リッカ」
「トキワ」
常磐が待ってくれていた。疲れて動きがにぶっていた咲也より早く着替えが終わったか。やっと普通にしゃべれるまで回復した咲也は常磐と2人で更衣室を出る──
きゃーっ‼
「飛鳥くん、お疲れさまーッ‼」
「シャワー直後の飛鳥くんッ‼」
「ああッ! 色気がさらに♡」
「どいて! 飛鳥くんの匂いが嗅げない!」
「あぶねーぞ、順に嗅がせてやっから押しあうな」
はーい♡
出ると、先に出ていた飛鳥が両目を♡にした女生徒&女教師の大群に囲まれていた。その人垣に阻まれて道が通れない。
彼女たちは飛鳥から『授業と部活の邪魔はすんな』と言われ、従っているが、終わるとこうして出現する。咲也たちと飛鳥との関係が改善しても、この騒ぎまでは改善されなかった。
むしろ悪化している。
彼女たちの人数は初めの頃より増えていた。初めは中等部からだけだったのが今や隣の高等部からも殺到してきているので。
「加藤くん、今日も凄い人気」
「全く、勘弁してほしいわね」
六花と小兎子と合流して、咲也たちは飛鳥のファンで埋まった廊下を迂回して教室へと向かった。
この学園で飛鳥の追っかけと化していない女性は、ここにいる六花と小兎子、着替えたあと姿を消したという菫(忍法で教室に先回りしたのだろう)の3人だけとなった。
飛鳥が高身長・眉目秀麗・頭脳明晰・運動神経は超人的というウルトラスペックで学園中の女性たちを魅了している中、六花と小兎子が飛鳥になびかないのは『男は咲也しか見えないから』と2人は言ってくれている。
なので咲也は平静でいられるが。
学園中のほとんどの男子生徒と男性教師たちは飛鳥に想い人を奪われるなどして、当初は荒れた。
それで飛鳥への私刑や嫌がらせを試みた者たちもいたが、全て返り討ちにされて、なにをやっても無駄と分からせられて、今はおとなしくなった。
(スミレ先生はどう思ってるのかな)
菫は追っかけに加わらず、学校内では飛鳥のことも他の生徒と同じように扱っているが、アルカディア内での態度からは彼への深い愛情がうかがえる。
それは師弟愛なのか。
飛鳥と菫のことを、顔を隠した怪盗忍者1号と2号としてしか知らなかった頃、そして同年代のコンビだと誤解していた頃は、2人は恋人に見えた。
飛鳥は12歳、菫は22歳だと知って『その年齢差ではないか』と一時は思ったが、ありえないことではない。
もし菫が飛鳥に恋愛感情を抱いているのなら、飛鳥が他の女に囲まれていて不愉快なはずと思うのだが、嫉妬しているようにも見えない。見えないだけかも知れないが。
2人がもし、恋人としたら。
生徒と教師、未成年と成年。
それは社会通念上、許されざる関係ということになる。六花と小兎子、2人の女性と愛しあっている自分と同じく。
だから咲也は2人のことを追及しない。
自分と同じ悩みを抱える人のことさえ思いやれないようでは、ヒーロー失格。小兎子もそう言っていたし自分もそう思うから。
ただ気にはなるので時々こうして考えこんでしまい……無口になっていたところ、隣を歩く六花が顔をのぞきこんできた。
「リッカくーん?」
「わっ。ごめん、ぼーっとしてた。なに?」
「モテモテの加藤くんが、うらやましい?」
そういう疑いか。
顔は笑っているが目が笑っていない。
咲也はその目を真っすぐに見返した。
「全然。六花がいるから」
「~っ! 本当かなー?」
六花は照れて嬉しそうにはしているが、目が『わたしだけじゃ満足できず小兎子にまで手を出してるくせに』とも言っていた。
言える状況なら咲也も六花だけでなく小兎子の名前も挙げた。小兎子への想いは秘密、ここでは言えない。
その小兎子は三角関係を隠すための偽の恋人である常磐の隣を歩きつつ、こちらを一瞬、冷ややかに一瞥した。おそらく六花と同じようなことを考えている。
(もちろん小兎子も!)
六花と小兎子と今の関係になって以来、咲也は2人から二股を認めてもらえるよう、いい恋人(正確には未満だが)であろうと努めてきた。
生まれついての顔の良さにあぐらをかかず母親のレクチャーを受けて美容を心掛け、エチケットにも気を配るようになった。
日頃から愛情と感謝を伝えることを怠らずに、2人の誕生日・クリスマス・ホワイトデーには色々と調べて悩んで心を尽くしてプレゼントを贈ったし、デートにも心を砕いている。
2人もそれには喜んでくれている。
油断は禁物だが大きな失敗はしていないはず。だが、それでも2人のどちらもまだ攻略できていない。手ごわい。
2人のほうもこの2年、女性的な魅力を磨いて、少しHな手も使って自分だけのものにしようと誘惑しているのに、落とせない咲也に『手ごわい』と言ってきているが。
3人の恋の戦いは膠着していた。
それでも今は3人で仲良くできているが、口にこそ出さないが『いつまで続くんだ』という空気もうっすらと漂ってきている。これ以上、長引くのはマズイ。
(なんとかしないと)
だから飛鳥と菫の恋愛事情を気にしている場合ではない。
咲也にとって最も大切なのは、六花と小兎子なのだから。。
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