灼熱の太陽の下。
岩だらけの荒野をたくましい4つの足で踏み鳴らして爆走する【ベヒーモス】──常磐が乗る象型ロボット──の長鼻の先から激しい水流が上空へと放たれた。
狙いは菫の乗る【ワールウィンド】──高空より流星のように急降下してくる、ヘリタイプ空戦用アーク。
ただの放水に巨大ロボットであるアークを破壊する力はない。しかしそれが空戦用の軽量な機体であれば、水圧によって姿勢を崩せば墜落させることは可能。
落ちれば衝撃で勝手に壊れる。
空戦用は軽い分、脆いからだ。
ぴしゃっ!
だが水は本流から逸れた飛沫が少々かかっただけで、菫機を落とすに至らなかった。華麗に舞って水鉄砲をよけた菫機が、水滴の作った虹をまとって機関銃のシャワーを降らす!
バババババッ!
カカカカカン!
その弾は全て弾かれた。
菫機とは対照的に、飛ばず、人型で2本足のアークの倍の、4本足を地につける常磐機は支えられる重量に余裕がある。
その余裕が注がれた重装甲は、極めて堅牢だった。また形状や運用目的だけでなく、サイズ差も影響している。
【ベヒーモス】は全高7m。
本物の象の倍の高さがある。
また直立2足歩行の人型と、4足歩行の獣型では、全高が同じなら2足より4足のほうがボリュームがある。だから──
人型ロボットのアークと全高は同じ3.8mの怪獣型ロボット【機甲獣】でもアークより大きい。【ベヒーモス】はそれ以上。大きければ大きいほど装甲も厚くしやすい。
それで常磐機の装甲に対し菫機の機関銃は、豆鉄砲も同然となっていた。逆に常磐機は巨体ゆえ鈍重で、菫機の攻撃を回避できないが、いくら被弾しても撃破されないなら問題ない。
「あーん、もう!」
攻撃が不首尾に終わった菫機が、高度を上げつつ常磐機から離れていく。常磐機の水鉄砲の射程外まで。
【ベヒーモス】の水鉄砲は、柔軟な長鼻の先から出るため照準精度と追尾性に優れるが、いかんせん水なので空気抵抗ですぐに減速し、射程が短い。
だから常磐機には当然、より射程の長い武器もある。
バババッ‼
「いや~ん!」
常磐機の背中の対空機関銃が火を吹き、菫機はその連射弾を軽業的な飛行によって紙一重で回避した。
その対空機関銃は銃座が旋回し、銃身の上下の角度を調整して照準を合わせて発射する。長鼻ほど器用には動かないが、遠くの敵には充分、素早く対処できる。
菫機とて回避は楽ではない。
それで菫機はさっき対空機関銃の追尾性が低下する近距離に迫って攻撃を試みたものの、追尾性の高い水鉄砲に迎撃された。
遠近とも隙がない。
対戦が始まってから常に、常磐の優勢だ。
S級の咲也を破った菫に、A級の常磐が。
この対戦では機体同士の相性が常磐に有利に働いていることもあるが、常磐の腕前がS級の咲也に劣らないのも確かだった。
ドシン! ドシン! ドシンッ‼
その証拠に、常磐は水鉄砲と対空機関銃を撃ちわけているだけではない。その攻防をずっと戦場を走りながらしている、それが常磐の戦闘センスの現れだった。
攻撃側としては、いくら常磐機が鈍重でも、立ちどまっているより走っているほうが当てづらい。それに菫機が接近して攻撃する場合、走っていられると衝突の危険が高くなる。
この体格差、ぶつかるだけで菫機は大破する。だから常磐は菫機との衝突コースに積極的に舵を切る。そういう菫にとって嫌な方向を計算しながら走っている。
バババババッ‼
そうしながら、巨体の中に広い弾倉を持っているため装弾数に余裕のある対空機関銃をほとんど休みなく撃ち続けるのだから、菫機はなかなか反撃の糸口を掴めない。
「も~っ、イジワル~っ!」
「戦術と言ってください!」
ババババッ──バキィィィィンッ‼
「きゃっ⁉」
「よしっ‼」
進行方向に頭から突っこむ泳ぐような高速飛行で、長いあいだ弾雨をかわし続けていた菫機だが、ついに回避しきれなくなり被弾した。
足首から先、ボウル状の笊に覆われた回転翼。左右2つある、その右足のほうが弾けとび、左足だけで浮揚力が足りなくなった菫機は錐揉みして落下──しながら機関銃を発射!
バババッ──ズガァァァン‼
「なにっ⁉」
「やたっ!」
菫機の弾が当たったのは常磐機の本体ではなく、その背中の対空機関銃だった。堅牢な装甲と比べれば華奢な機械なそれは、被弾のダメージで爆散した。
アークの主武装の自動照準機能は、まず操縦桿の照準ボタンを親指で押しこむと標的の中心部へと狙いをつける。
そして、その状態から照準ボタンを押したまま親指をスワイプすると、次は標的の細かな部位へと狙いを変える。
【部位狙い】
そう呼ばれる攻撃方法で菫はまず、うっとうしい対空機関銃を片づけた。だがそんな、中枢を狙うより手間のかかる射撃機会を見計らっていたため、回避が疎かになって被弾した。
地上へと落下してゆく菫機は、残った左足のプロペラで下へ送風して重力に抗うが、落下速度を殺しきれない──
グシャッ!
まるで飛び蹴りを突きたてるように菫機は左足で着地して、その足首から上と地面とに挟まれた左足のプロペラは枠もろとも潰れて弾けとんだ。
それで落下の衝撃はあらかた相殺され、菫機は胴体を地面に叩きつけられはせず大破しなくて済んだ。だが両足のプロペラを失って、もう飛ぶことはできない。
「終わりです‼」
ブッシャァ‼
常磐機が長鼻から水鉄砲を撃ちながら、菫機へ突進する! 水鉄砲は牽制、菫機は左右の足首から先を失くしたのに下腿の先端で器用に立ってはいるが、それではロクに動けまい。
よけられず転倒したら踏みつぶす!
よけて姿勢を崩したら跳ねとばす!
これで、詰みだ‼
「まだよ‼」
「なにッ⁉」
菫機はサッと横に跳んで水をよけた。よけても姿勢を崩したりしなかった。そして双脚を凄まじいスピードで動かすことで、地面を蹴って走りだした。
その地面を蹴る下腿の先端は、足を失った傷口ではなかった。下腿と同じほどの直径の円盤が、あいだに衝撃吸収装置を挟んで付いていて、立派に足として機能している。
これが【ワールウィンド】の真の足部。
プロペラ内蔵のボウル状の笊。やや大きい足に見えたそれは、真の足が履いている、空を飛ぶための靴だった。
それをなくして飛べなくなっても人型本来の移動方法は可能! 菫機は2本足で疾走し、水鉄砲の射界の外、常磐機の背後に回りこむ!
「速いッ⁉」
常磐機は回りこまれまいと旋回した。だが菫機のスピードに全く付いていけなかった。元々、動きは遅い。4足は2足よりも旋回性に劣ることもある。
だが、それらを差し引いても菫機のスピードは異常だった。空戦専用のため極限まで軽量化されているから。陸戦用の機体は軽量級であっても、もう少しがっしりしている。
地に墜ちた菫機は超軽量級・陸戦機と化した。
「くおおおお‼」
常磐機は放水しながら旋回し、不規則に前後左右に移動して、水でも体でもいいから菫機にぶつけようと暴れるが、菫機はかすれば終わりなその攻撃の嵐の中を掻いくぐる!
ズバァッ‼
「うおあッ⁉」
ドシャッ‼
左後脚が根元付近で切断されて、3脚になって自重を支えられなくなった常磐機は、腹を大地に打ちつけた。それを斬ったのは菫機が両手に握った、1振りの長大な刀。
【複製・太郎太刀】
咲也との対戦では右手に持ち、左手には【複製・次郎太刀】を持って二刀流にしていた片手で持つには長すぎるその大太刀を、今度こそ両手持ちにした。
それでも常磐機の胴体の装甲を斬るには心許ないが、疾走した勢いをただ一刀に込めれば、その刃渡りよりも直径の小さい脚の1本くらい斬れるというもの。
「立ってくれ、ベヒーモス‼」
常磐が操縦席の左右のレバーを必死に動かす。常磐機はそれに健気にも残った脚を動かすが、ジタバタするだけで起きあがれはしなかった。
スパン♪
「ああっ!」
菫機の太郎太刀が、常磐機の長鼻をその根元から切断した。これで常磐機は水鉄砲も、振った長鼻をぶつける攻撃も不可能になった。菫機にとって大きな脅威が、なくなった。
「それじゃ~残りも~っ」
「エグイですよ、先生⁉」
菫機は地面から動けなくなった常磐機の無意味に動くだけの残り3つの脚を、順々に斬りおとしていった。
対空機関銃を失い、長鼻を失い、4足を失った常磐機は、もう完全になにもできない。頭部の象牙は残っているが動けなくては当てようがない。
しかし、その胴体はまだ健在。
だから、撃破判定はされない。
「こちらはもう動けませんが【ワールウィンド】の攻撃手段では【ベヒーモス】の胴体の装甲は貫けない……引き分けですね」
「そうでもないわよ~?」
「えっ」
「〔集弾効果〕って知ってる~?」
ギクッ
「あらら~? その反応は~知ってて知らんぷりしたのね~? それでドローに持ちこもうなんて~。そ~んなイケナイ子には~こうよ~っ♪」
「クッ……!」
菫機は太刀を鞘に納め、背中に掛けた機関銃を外して両手に構えた。その銃口を常磐機の横腹に向け、近距離から──発砲‼
ガガガガガガガガガガッ‼
「グワァァァァァァァァッ‼」
機関銃から全自動射撃によって間断なく放たれる弾丸が、全て常磐機の腹部の、同じ箇所へと着弾していく。それが集弾効果を発生させる!
■ 集弾効果 ■
弾丸が命中した瞬間は、そのダメージで目標の強度は落ちる。わずかな時間でダメージは抜けて強度は元に戻るが、戻るよりも早く2発目を当てれば、目標は本来の防御力を発揮できず1発目よりも大きなダメージを受ける。
これを何発も重ねていけば。
どんな硬いものでも貫ける。
ゲーム内の裏技ではなく、実在する物理現象を再現したもの。
菫が常磐機の全ての脚を斬りおとしたのは、このためだった。1本でも残っていて暴れられると着弾位置がズレて、集弾効果が切れる恐れがあったから。
ガッ……ドカァァァン‼
菫機が機関銃に残っていた全弾を撃ちつくした時。常磐機の分厚い装甲を徐々に掘削していった弾丸の列は、それを貫通し、操縦室や動力のある機内をズタズタにして、爆散させた。
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