初めて朱羽に会ったのは、桜が散り出した春の夜だ。
ガイアにカツアゲされそうになった所を、通りすがりの彼女に助けられた。
あの短いやりとりでシェイラがキーダーへの恨みを再燃させ、京子へ対する復讐心に火をつけたのだという。
「俺が朱羽さんに助けてもらったからこんなことに……」
「いいんだよ、龍之介くん。遅かれ早かれ、こうなるだろうと思ってたから」
「こうなる……って?」
「朱羽がやる気になってるなら、それもアリでしょ?」
京子が呆れたように戦闘中の二人を指差す。
勢い良く地面に突き立てた趙馬刀の先端を、朱羽がハイヒールの爪先で蹴りつけた。パキンと高い音を鳴らして跳び上がった刃を、空中でキャッチする。
素早く投げ付けた刃は、柄から分離しても尚実態を崩さぬまま、ガイアの肩に突き刺さった。
「ぐはあっ」と悲痛な声を響かせて、ガイアは見開いた瞳を虚ろに細める。引き抜こうと掴んだ掌の中で、刃は肉体へ溶けるように霧散した。
吹き出した血に「くそ」と表情を歪め、ガイアは次に放たれた朱羽の光を、片手で握った竿で力強く撃ち返す。
ガイアの体力は化け物並みだ。
朱羽は飛んできた光を胸の前で受け止めるが、勢いに圧され一歩二歩と後ろへよろめいて体勢を崩す。パンと音を立てて弾けた光は、彼女自身へダメージを与えた。
ガクリと地面に膝が落ちて、ガイアが片方の口角を吊り上げる。
「終わりにしてやる」
「朱羽さん!」
龍之介はじっとなどしていられなかった。
勝利を確信したガイアの愉悦をぶった切るように叫んだ。
繋がれた京子の手を振り解いて、蹲る朱羽の元へと飛び出す。
「ちょっと、龍之介くん?」
キーダーと同じ力があればいいと思う。けれど今龍之介を走らせる衝動は、力があるかないかなんて関係なかった。
「朱羽さんは、俺が守る!」
精一杯の威嚇。虚勢を張ったところで、何の意味もないのは承知だ。
声に振り向いたガイアの指から白い光の球が剥がれて、龍之介は朱羽を背中へと庇う。
さすまたの先端をガイアへ向けると、コンクリートに踏ん張らせた足が砂を滑ってジャリと音を立てた。
頭上をヘリコプターが激しい音を立てて通り過ぎていく。
「龍之介、どきなさい!」
背後で朱羽が怒鳴った。
叱られているのに、彼女がそこに居るというだけで抗った恐怖心も薄れていく。
けれど、彼女の攻撃を遮るのもまた龍之介だ。
視界を覆う閃光に歯向かうには、力が足りなすぎる。けれど──
「これが俺の全力だ!」
さすまたを低く構えて突進する。
助けてくれと祈る気持ちに応えるように、二つに割れた先端からバリバリと光が生まれた。
光の強さに細めた視界の奥で、驚愕するガイアと目が合う。
同時に龍之介の両手に彼の重みがドンと加わった。
さすまたの先端が、ガイアのちょうど胸の下を挟み込む。その身体を稲妻のようにチカチカと閃光が走り抜けて、白目を剥いた彼が高い悲鳴を上げた。
一心不乱で起こした奇跡を、龍之介はきちんと理解できない。
すると突然、視界を白く大きな背中が遮った
「えっ?」
それがどこから現れたのか、気付くことはできない。
さすまたの長いリーチの横で、背中の主が龍之介を振り返った。
「さんきゅうな、少年」
見上げるほどに背が高く、ガタイの良い男だ。
銀環はなく、何本もの紐を絡ませた赤い布を小脇に抱えている。
自分より大分年上だけれど、親と比べれば随分若い。白いTシャツの袖と黒いハーフパンツからはみ出た筋肉が、日々の鍛錬を物語っているようだった。
味方だろうかと気を緩めると、ガイアがフラつく足で拘束を後ろに逃れ、再び竿を構える。
油断した──だが「ヤロウ」と粋がるガイアを、男が右足を振り上げて正面から一撃で蹴り倒したのだ。
地面に叩き付けられたガイアは、鼻から血を流しながら速攻で立ち上がる。
「何だ、おメェは!」
大きく開いた足で全身を支え、ガイアが肩を上下させながら男を恫喝する。
再びガイアが攻撃へと光を溜めたところで、どこからか駆け付けたシェイラが「ガイア!」と彼に呼び掛けた。
「もういいわ。アンタの負けよ」
平然と言い放つシェイラに、ガイアが「はぁ?」と苛立つ。
「何が負けだよ。俺はまだ戦えるぜ。お前こそ──」
「私に命令しないでくれる?」
「……ふざけんなよ」
そう吐きつつも、ガイアはシェイラに従った。滴る鼻血を指で拭いながら、呆気なく広場に背を向ける。
シェイラは「じゃあね」とその場に別れを告げた。
高く掲げた彼女の手に、テレビや漫画で良く見るカーキ色の爆弾が握られている。
本物なんて見たことはないけれど、龍之介にもそれが手榴弾だという事は分かったし、シェイラが使うなら本物だという危機感も身に付いている。
投げるのかという恐怖ともう駄目だという思いが同時に湧いた。
「私が止めます!」
「やめろ。今は逃げるぞ!」
「……分かりました」
朱羽は勇みつつも、白いシャツの男に離脱を優先させらる。
龍之介が彼女へ伸ばした手は、「大丈夫」と断られてしまった。
男は赤い布を肩に担いで倒れた京子を軽々と両手で抱き上げた。朦朧とする京子に「寝てろ」と声を掛け、龍之介たちを公園の出口へ促す。
死への恐怖に怯えながら必死に走る最中、龍之介は横を走る朱羽の様子がおかしいことに気付いていた。
確証はないが、きっと彼がそうなのだと理解しながらシェイラの仕掛けようとする攻撃から遠ざかる。
けれど幾ら待っても背後で爆音は鳴らない。
龍之介が振り返ると、二人の姿は消えていた。
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