地面を殴りつける音が全身に響く。
光が木々の間を何度も貫いていく光景は、龍之介にとって非現実的なものだった。昼と夜が交互に訪れているような錯覚を覚える。
広場の端に倒れたままの京子を見つけて、龍之介は駆け寄った。
「戻ってこなくて良かったのに……」
足音に気付いた京子が、不本意な感情を滲ませて微笑んだ。彼女の意識が戻っている事にホッとするが、さっきの落下で負った傷が彼女の髪に乾いた血をべっとりと貼りつけている。
「頭打ってますか?」
それがあまり良くない事だというのは龍之介でも分かる。
けれど京子は「平気」とその不安を突っぱねた。
龍之介は彼女を拘束する紐を解こうと試みるが、結び目は想像以上に固い。
「ありがとう、けど大丈夫だよ」
よくよく考えれば、キーダーの念動力で解けないそれを龍之介がどうにかできる筈もない。
「俺、役に立てなくてすみません」
「そんなこと考えなくていいから。不安になるなら、今からでも戻っていいんだよ?」
「京子さん……」
「私の心配してくれるの? このくらい何ともないって」
龍之介は彼女の傍らに腰を落とした。逃げる選択をするつもりはない。
「朱羽さんはどうですか?」
「強いよ。オジサンたちじゃないけど、事務所に居させとくのが勿体ないって思っちゃう」
背後にシェイラの姿がないことを確認して、戦闘中の二人へ視線を返す。
まだ二人に決着がつく様子はなかった。どちらかが激しくやられているわけでもなく、疲弊した感じもない。
朱羽の放った光が圧力を孕んで献花台の花を吹き飛ばす。
バラバラになって宙を舞う花びらに、ガイアが「あぁ?」とニヤけた。
「キーダーのくせにバチ当たりなことするんだな」
「そう思うなら、潔く貴方が捕まりなさい。花は私が別のを買って返しておくから」
正面から突いてくる竿を、振り上げた足で豪快に地面へ蹴り落す。
「朱羽は大人しそうに見えて、強いんだよね。私なんかよりずっと規格外な感じ」
京子が奴らのリーダーであるウィルを監獄送りにしたことが、この戦いの発端だ。
ガイアの目的は、京子への復讐とウィルの奪還。けれど京子をこんな目に遭わせて尚、彼は朱羽と戦っている。
銀環の制御がないバスクはキーダーよりも強いというが、それを相手する朱羽は互角に見えた。
互いの攻撃を受けて、朱羽とガイアが地面に叩き付けられる。
「朱羽さん!」
飛び出そうとする龍之介の手を京子が捕まえた。肘まで拘束された彼女の手はひんやりと冷たい。
「駄目だよ」と制されて、龍之介は衝動を堪えた。
先に朱羽が起き上がって龍之介が安堵したのも束の間、ガイアが膝を立てて地面から背中を剥がす。
攻撃のタイミングを見計らって光を貯めた朱羽に、ガイアはニヤリと上げた口角の血を拭った。
「貴方は何故バスクで居ようとするの? 貴方がこうして戦う毎に刑が重くなるのよ?」
冷静に諭そうとする朱羽。戦闘中の二人の声はスピーカーが無くても聞こえる程に近い。
「バスクが罪を犯せば、キーダーへの選択肢は消えるのよ?」
「そんなの、はなっから望んでねぇよ。キーダーなんて俺とは住む世界が違うんだ」
カッと目を剥いて、ガイアは血の混じる唾を地面に吐き出した。
「ウィルの刑期は十年。長そうに聞こえるけど、十年なんて過ぎてみればあっという間でしょ? けど、今回のことで貴方たち二人も捕まることになる。会える日を自分たちで先延ばしにしてるって、どうして分からないの?」
「他人に言われる筋合いはねぇんだよ。十年とかどうでもいいんだ。この戦いはな、俺がアンタらと戦うことに意味があんだよ」
「貴方まさか、シェイラの為にとか言うんじゃないでしょうね?」
龍之介はついさっき会ったばかりのシェイラを思い出して眉をひそめる。
「シェイラは捕まったウィルを想ってあの刺青を入れたんだ。あんなのを彫っても心が埋まらないって泣くんだよ。だから、俺にはこうして戦う事しかできねぇ」
ガイアの本音を垣間見て、龍之介は少しだけ同情してしまう。彼女の為にとガイアは戦っているというのに、彼女は彼の居ない場所で負けるだろうとボヤいたのだ。
「ウィルの本名はね、龍臣って言うんだよ」
そっと説明をくれた京子に納得する。
「あぁ、だから龍なんですか。俺の名前にも入ってるんだけどな……」
苦笑する龍之介に、京子は「そうだね」と頷いた。
朱羽たち二人は攻撃態勢のままあの日の話をする。
「ウィルが捕まった時、離れた位置に居た貴方をバスクだとハッキリ見破るキーダーはいなかった。事実を隠していた貴方がそれをやめたのもシェイラの為なの?」
「ウィルは俺がバスクだって知ってた。俺はアイツにシェイラを託された気になってたけど、春にアンタに会った時、シェイラが復讐しようって言い出したんだ」
ガイアはシェイラの気持ちを知った上で、罪を重ねる選択をしたのだ。
「好きっていう気持ちは、罪だよね」
龍之介の傍らで京子はそんなことを言う。
「ガイア、貴方のことは放置できないわよ。罪を犯したバスクは、力を奪われてトールにならなきゃいけないんだから」
朱羽は冷ややかに言って武器を構える。
あの夜を思い出して、龍之介は込み上げる衝動に胸を押さえた。
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