「このデータを見て。これは、昨日までの夢魔のデータが全て入っている」
タブレットを見るといろいろなグラフが載っている。
「夢魔は最初、夢主の悪夢の中にしか存在しない。そこで負の感情を蓄えると、夢魔として生まれてくる。夢魔になっても弱いものはすぐに夢主の元に帰り、夢主自身が折り合いをつけて生きていく。だが、この夢魔は誕生してからずっと、夢主から離れた場所で浮遊していた。気持ちが強かったからだ」
カイさんが、夢魔の強さを表すグラフを指差した。
「音弥が那津の学校に行った日に、あの夢魔は急成長している。おそらく彼は、音弥と那津の姿を見て負の感情を強めたのだろうと推測したが、心当たりは?」
確か桃香の話では、駿太は私達を目撃していた。
「確かに私達を見かけたことは、友達に話していたようです。……まさか、私を退学させようとしたメールも駿太が?」
春斗のファンの仕業だと思ってた。
「いや、そのメールについては音弥から聞いているが、送り主の断定はできない。事件性もないから、警察に調べてもらうこともできないしな。ただ、彼が音弥と那津の関係性を誤解したことは確かだろうな」
「そうですか」
メールの送り主が私を嫌っているという事実は消えない。だから誰なのか気になっても、知らない方がいいのかもしれない。
「それよりも、ここから重要な話をする。これは社会人として当然のことだが、業務上知り得た内容には守秘義務がある。つまり、夢魔から得た情報も同じく、研究所の業務でしか使えない。友達に言うことも、この情報を元に夢主と接することも禁止だ」
ということは、駿太が自分から話すまでは、駿太の悩みに触れてはいけないことになる。
どうしたらいいのだろう。
「わかりました」
返事をしたものの、途方に暮れている。
誰もいなければ、ソファーに横になって顔を埋めて、もう何もしたくないと思っているくらいだ。
「那津、わかってるのか?夢魔が現れればまた対処はするが、彼の悩みには触れないように」
「でも、友達として彼の悩みの原因が私だったのなら、謝らなきゃいけないとは思ってます」
カイさんがソファー深く座り直した。
「謝ることの意味を理解してるのか?……本当になにもわかっていないようだな」
呆れているようだ。
柚月さんや音弥さんが、言っていたことに関係するのかもしれない。夢主に心を寄せすぎてはいけないということだろう。それは、わかっている。わかっているけど。
「すみません」
謝る言葉しか出てこない。
「彼が夢魔を生んだ気持ちが少しわかった。鈍いということは、人を傷つける」
カイさんの視線が痛い。
私、なにか悪いことをした?
「はっきり言おう。彼は那津に恋愛感情を抱いていた。つまり、俺や音弥に向けられた夢魔の感情の全ては、嫉妬や恨み、妬みだ」
嘘でしょ。
カイさんの言葉が胸に刺さる。
駿太が私を好きってこと?
そんな態度は一切見られなかった。
「じゃぁ、私が駿太を助けることは……」
「那津も彼に恋愛感情があるのか?」
「いえ、それは……私は駿太をずっと仲間だと思ってたので」
「それなら、不可能だ。那津が関われば彼は余計に傷つき、また夢魔を発生させるかもしれない」
そんな……。
でも、駿太の気持ちを私が知っていること自体が、普通に考えればおかしな話だ。知っていても知らないふりをするしかないのか。
「はい。わかりました。何も知らないふりをします」
「それでいい」
カイさんが、立ち上がった。
「那津にとっては、辛い体験になったな。それに、少しキツイことも言って、悪かった。もしも、就職をやめたいなら言ってくれればいい」
「や、やめたくないです」
やはり夢魔を救いたい。駿太のことだけじゃなく、その気持ちに変わりはない。
それに、せっかく会えた研究所のみんなと一緒に仕事がしてみたい。歌うことで、役に立ちたい。
「じゃあ、あとで、給料等の条件を記載した書類を渡そう。その前に、腹減ってるだろ?」
「はい」
カイさんが、キッチンに向かっていった。
冷蔵庫を開ける。
「玉子……米はあるし……オムライス食べるか?」
冷蔵庫の扉を閉めながら、カイさんがこちらを向いた。
「作れるんですか?」
意外すぎる。
キッチンにかけ寄った。
「絶品だぞ」
「カイさんのオムライス、食べたいです」
思わず勢いよく返事が出た。
次の瞬間、カイさんの笑顔が弾けた。
「カイさん、顔、顔っ」
「顔がどうした?」
いつもの表情に戻っている。
今の笑顔はなんなの?不意打ちすぎて、焦る。
お願いだから、やめてほしい。
私はカイさんに背を向けた。
心臓に悪いので、しばらくカイさんと目を合わせられそうにない。
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