月夜の歌は世界を救う

あめくもり
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17.カイさんの学校見学

公開日時: 2022年2月26日(土) 21:39
更新日時: 2023年11月4日(土) 00:55
文字数:2,302

 まさか自分が研究所の見学に行く前に、学校の見学に来たカイさんを案内することになろうとは。


 けどカイさんは賢い人だから、意味のない行動はしないと思う。何か目的があるか、小林先生に無理やり勧められたかのどちらかだろう。


「あのー、本当に見学するんですか?」


 廊下から校庭を眺めるカイさんに、恐る恐る聞いてみた。銀髪のキリッとした目鼻立ちのカイさんは、どこにいても目立つだろう。

 変な噂が立ちませんように。


「那津、音楽室はどっち?」


「北校舎の三階です」


 私はカイさんの斜め前を歩く。少しだけ緊張感がある。やっぱり、音弥さんとは違う。


「悪かったな。どうしても学校の中を確認したくて、怪しまれない方法を使った」


 それで、まんまとお母さんたちはカイさんのシナリオ通りに動かされたというわけか。


「でも、カイさんなら自分の名前を出すだけで、簡単に学校見学くらいさせてもらえると思いますけど」


 小林先生の態度を見る限り、カイさんを知っている人なら喜んで受け入れそうだ。


「変な憶測をされることを避けるためだよ」


 なるほど。今回のやり方なら、怪しくはないのか……?

 あ!重大なことに気づいて足を止めた。


「この時間は吹奏楽部が音楽室を使用してますけど、人がいてもいいんですか?」


「大丈夫。返って好都合だよ」


 階段を登り、三階の音楽室前に着いた。

 カイさんは目立つので、すれ違う生徒達の視線を集めていた。私はヒヤヒヤしていたのに、カイさんは気にする様子もなかった。

 カイさんって、不思議な人だ。


 廊下から音楽室の中を覗こうとしたら、吹奏楽部の顧問が隣の音楽準備室から出てきた。

 カイさんと軽く挨拶を交わすと、中に案内してくれた。どうやら、事前にカイさんの学校見学の話は全職員に知らされているようだ。

 そうでなければ、こんな人が学校をウロウロしてたら、即、通報されるだろうな。いくら私が案内しているとはいえ、大抵の人はカイさんしか視界に入っていないだろうし。


「廊下や中庭で練習している子たちもいますので、ご自由に見ていってください」


 音楽室には、打楽器、コントラバス、ピアノ等の担当の子しかいない。

 木管楽器や金管楽器の子達はパートごとにいろんな場所で練習しているらしい。


「ありがとうございます。生徒さんたちにいくつか質問をしても構いませんか?」


 カイさんは柔らかい表情を見せた。こんな顔、できるんだ。


「えぇ大丈夫です。アドバイスがあればしていただけるとありがたいです」


 顧問はそう言うと、廊下にいる生徒達に声をかけ、去っていった。


 アドバイスって、なんか勘違いしてないか?吹奏楽部の指導に来たわけじゃないんだけど──と思っている間に、カイさんはどんどん吹奏楽部の生徒に話しかけている。

 私は離れて見ていた。

 時折、笑顔で笑いがこぼれている。


 しばらくすると、カイさんが私のところに戻ってきた。


「那津、ありがとう。あとは校舎をぐるっと一周してから帰ろうか?案内を頼む」


 私の頭の中は疑問でいっぱいだったけれど、ぐっと飲み込んだ。

 学校に来た理由も、カイさんが何を知りたがっているのかも、全部ここでは話せないことだと思うから。

 音楽室を出て、頼まれた通り、全ての教室を案内しながら一階まで下りる。


「カイさんって、音楽にも詳しいんですか?」


 当たり障りのない会話にしてみる。


「幼少期からピアノとバイオリンを習っていたけど、それだけ。そのおかげで、耳だけはいいと思うけど」


 カイさんの柔らかい表情が消えている。なんか私、カイさんに好かれてはいない?

 冷たい言い方をされたわけじゃないけど、歩み寄ってくれるわけでもないので、やっぱり緊張してしまう。

 表情も全く読めないし。


 南校舎への渡り廊下から中庭で金管楽器の子達が一列に並んで音を飛ばしているのが見えた。


「あの子達の音、バラついている」


「私にはよくわかりませんけど」


 耳のいいカイさんにはわかるのかもしれない。

カイさんを見た。銀の髪が風にサラサラと揺れた。綺麗。


「目的が違えば、音はパワーにならない。那津のバンドも同じだったんじゃないの?」


 目的は一緒だったと思う。勝ち上がるためにコンテストに出たから。ただ、熱量が違っていたことは否めない。私には覚悟が足りなかったし。


 中庭を通り過ぎてから、カイさんは至るところに目を配っていた。南校舎も三階から見て回り、一階まで下りてきて、三年一組の教室に来た。もうすぐ夕方5時だ。教室に残っている人はいない。


「ここが私のクラスです」


「那津の席は?」


「窓際の一番後ろの席です」


「座っても?」


「どうぞ」


 カイさんが私の席に座っている。不思議な光景だ。


「学校、楽しい?」


 カイさんは座ったまま、横に立った私を見上げた。上目遣いをされたようで、一瞬焦る。


「友達と会える場所だから楽しいけど、勉強や進学については悩んでばかりかも。カイさんの学生時代はどうだったんですか?」


「俺は、海外の学校で、飛び級制度であっという間に大学生になったから、あまり友達と遊んだ記憶はないな」


 カイさんが校庭に顔を向けた。

 外では、テニス部、陸上部、野球部、サッカー部が練習をしている。

 

「那津の席は、居心地がいいな」


 カイさんの言葉が、胸に響いて何も言えなくなる。この場所はいずれ手放さなければいけない。いつまでも、学生ではいられないのだ。


 私はカイさんの表情や考えが全く読めないまま、学校の案内は終了した。

 そして一度、電車で家に帰った。

 家でお母さんに見送られながら、私の荷物をカイさんの乗ってきた白い乗用車に積み込み、いよいよ研究所へ出発する。


 研究所の住所は、聞いたことのない場所だった。地図では森の中を指していたので、着くまでに時間がかかりそうだった。




 




 








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