月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

16.またしても予期せぬ出来事?

公開日時: 2022年2月25日(金) 23:55
更新日時: 2022年4月2日(土) 22:56
文字数:2,449

「えー!那津、就職するの?」


 放課後、隣のクラスで響いた桃香の声。さっきまで帰り支度をしていた手が止まっている。

 桃香には進路のことを先に話しておこうと思って会いに来たんだけど、こんなに驚くとは思っていなかった。


「ちょっと桃香、声が大きいって」


 自分のクラスじゃなかったから、まだよかった。


「あ、ごめん」


 桃香が口に手をあてた。

 いや、もう遅いけどね。


「そういえば、春斗も駿太ももう帰ったの?」


 バンドのメンバーは私以外同じクラスなので、ここに来れば顔を見れるかと思っていたけど、バンド活動を休止してから、春斗と駿太は見かけない日も増えた。


「慌てて帰ったよ。例のコンテストの選抜のメンバーでバンドの練習があるんだって。二人共同じバンドになったらしいよ」


「結局、春斗も参加したんだ」


「駿太に引っ張られて顔合わせに行ったら、他のメンバーと仲良くなっちゃったみたい」


 さすが春斗だ。昔からコミュニケーション能力は高かった。

 感心していると、帰り支度の終わった桃香が立ち上がった。

 

「そんなことより、那津はどこに就職するの?」


 一応気を遣っているらしく、さっきより小さな声だ。


「まだ決まったわけじゃないけど……」


 どこと言われても説明の仕方に戸惑う。


「この前、学校に来た人から誘われて……気象の研究してる所に……」


 小声で、もごもご話す。


「お母さんの知り合いとか言ってた金髪の人の?」


 桃香に言われて、はっとした。そういえば私、音弥さんのことをお母さんの知り合いって説明してたっけ。


「そうなの。それで今日見学に──」


 ピンポンパンポン。話の途中で、校内放送が流れてきた。


「生徒の呼び出しです。三年一組、星川那津。生徒指導室まで来るように」


 生徒指導担当の小林先生の声だった。

 桃香と顔を見合わせる。


「今度は何をやらかしたの?」


「何もやらかしたことないって」


 なんで呼ばれたのか、こっちが聞きたい。

 ふと、思い出した。そういえば、進路希望調査票を空欄で提出したあと、担任とは話したけど、小林先生には会っていなかった。その件かもしれない。


「とにかく、生徒指導室行ってくるね。ごめん。先に帰ってて」


「健闘を祈るよ」


 手を振って桃香と別れて教室を出た。



「失礼しま──」


 生徒指導室の扉を開けると、高校には縁のない銀髪が目に飛び込んできた。しかもよく見るとその向こうに、お母さんがいる。ふたりとも椅子に座って向かい合った小林先生と談笑している。


「星川は、ここでいいな」


 小林先生が、自分の隣に椅子を出した。

 なに、この光景。受け入れられない理解し難い状況を誰か説明してくれ。

 仕方ないので、小林先生の隣にゆっくりと移動して、椅子に座った。


「え?なんで居るの?」


 とりあえずお母さんに向けて言葉を放った。


「カイさんから、今日の見学のお話、わざわざ連絡くださったのよ。お迎えに来てくださるって言うし、詳しい説明もしてくださってね」


 すらすらと話すお母さん。なんでここに居るのか聞きたかっただけなのに、話が長くなりそうなので、口を挟む。


「いや、カイさんから電話がきたのはいいけど、それがなんで学校に来ることになったの?」


「あなたが帰って来るのを待っている時間がもったいないから、学校まで迎えに行くって言ってくださったのよ。でも、学校の敷地内に部外者は入れないでしょ?だから付き添いを頼まれたのよ」


 お母さんを付き添いにしてまで学校に来たのはどうかと思うが、音弥さんと違ってカイさんはちゃんとしてる。音弥さんなんて、私に連絡もなしに学校に乗り込んできたんだから。


「外で待ってればよかったのに」


「学校にも電話して、念のため理由を説明してから下校時刻の確認をしたのよ。そしたら、担任の先生がね、那津の進路希望について、いい機会だからお会いして話しましょうってことになったのよ」


 なぜそうなる?もう進路に迷ってるわけじゃないんだけど。

 それに、担任の姿が見当たらない。


「星川、私がその話を聞いて、せっかくだから雨宮カイさんとお会いしたいってお願いしたんだよ」


 小林先生はそこまで言うと、カイさんに向き直って、続けた。


「本当にわざわざ足を運んで頂き、ありがとうございます」


「恐縮です。私も現在の日本の高校を見学したかったので、先生のお申し出には感謝しております」


 私には関係ない社交辞令はどうでもいい。

 で、担任は?私の進路の話は?


「担任は?」


「星川が来る前にお母さんと面談は済んでるぞ」


「そうよ。担任の先生も私も、あなたの結論に従うから、安心しなさい。それに、私は那津が来たら退出する予定だったのよ。では、先生、ありがとうございました。私はこれで失礼します」


 お母さんが立ち上がり、小林先生も慌てて続いた。先生がお母さんを教室の外まで見送って、頭を下げている。


 お母さんが去ると、小林先生は、また元の席に戻り、すぐに本題に入った。


「星川が実際に就職するとして話をしますと、他の企業の就職試験と同時期に、形式的にでもいいので就職試験をしていただくほうがいいと思っております。詳しくは教頭から後日ご連絡させていただいてもよろしいでしょうか」


 私の就職希望ってそんなに特別なことになってるの?

 小林先生とカイさんを交互に見る。


「でしたら、学校で推薦状をご用意いただき、面接試験のみで対応致しましょう。ですが、まだ那津さんも進路を確定させたわけではありませんので、本人の希望を最優先させてください。教頭先生からのお話はその後で差し支えありません」


 カイさんは、さらりと答えた。


「承知しました。では、今日はこれで。許可は取ってありますので、ご自由に校内を見学してからお帰りいただいて構いません。星川に案内を任せますので」


 急に話がこっちに飛んできた。まさか、私が呼ばれた本当の理由は、これですか?

 

「じゃぁ、星川、頼んだぞ」


 小林先生はカイさんと挨拶を交わしている。仕方がないので、挨拶が終わるのを待ってから、廊下に出た。


 よく考えたら私だって、そんなにカイさんとは親しくないのだ。


 これから気まずい学校案内が……始まる?

 












 

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