月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

42.夢魔を導く人

公開日時: 2022年4月16日(土) 01:59
文字数:3,595

 夜になっても、あの男の言葉が忘れられなかった。


 自分の部屋のベッドの中で、眠りにつこうとしても、頭の中でぐるぐるとあの男の話が繰り返す。明かりを消した部屋で天井を見つめた。

 もうすぐ23時。早く眠りたいのに。


 でも、あの男の言うことが正しかったとして、カイさんが私に取り入っても、なんのメリットもない気がする。

 いや、あるとすれば、私を確実に研究所に就職させるためか。でも、私が就職することで生まれるメリットなんて、大したものではないだろう。


 正直、カイさんの本音はわからないけど、音弥さんが、カイさんは天然でモテるとか言ってたから、それをあの男が悪く言っているだけだ。きっとそうだ。

 

 目を閉じた。


 暗い部屋の中で、明かりがついた。机の上で充電中のスマホが鳴っている。


 こんな時間に電話なんて、研究所に違いない。

ベッドから飛び起きる。


 スマホには柚月さんの名前が表示されている。


「こんばんは。こんな時間にごめんね。お願いがあるの。ちょっと外を見てくれない?」


 カーテンを開いて、窓を開ける。緩やかな風が頬を撫でた。ここは二階なので、周囲に畑しかない田舎町はすぐに遠くまで見渡せる。遠くの外灯の明かりが暗闇を和らげている。

 見たところいつもと変わりはない。


「何も見えないですけど、夢魔ですか?」


「メガネ、かけてみて。フィルさんからもらったやつ」


 柚月さんに言われるまで忘れていた。私には夢魔が見えたり見えなかったりして、メガネをかけて訓練しないと、安定しないのだ。


 机の上の黒縁メガネを装着した。

 そしてもう一度、外を見てみる。


 ところどころで、黒っぽい夢魔が発生している。

 夜の闇に同化して見にくいけれど、輪郭が月明かりや外灯に照らされて、灰色の煙が動くようにゆっくり、一階の屋根くらいの高さを流れている。


「柚月さん、見えます。黒っぽい夢魔です」


「またか……間違いなく黒い夢魔だね。夢主がいない夢魔がこんなに集まるなんて。自然に流れてきたとは思えない。那津、あなたは部屋いて。私が行くまで待ってて」


 柚月さんは、夢魔の数を把握しているようだった。研究所のパソコンや、通信機についている感知計で見たのだろう。



 柚月さんは、数分後に窓の外に現れた。

 いつものように長いスティックの上に立っている。

 

「那津は部屋の中に居て。私が戦ってる間、トリコさんに現状を伝えて欲しいの」


「トリコさんも来るんですか?」


 柚月さんはうなずくと空高く飛んでいった。


 あ。しまった。私は今、通信機を持っていないし、トリコさんの携帯番号とか知らない。

 慌てて大声を出すも、柚月さんは戻ってこない。


 数分後、私は部屋の窓から下を見ていると、空を見上げている人がいることに気づいた。

 黒い夢魔のいる場所を見ているみたいだ。まさか、あの人、夢魔が見えてるのか?

 ということは、私がまだ会ったことがない研究所の人だろうか。

 記憶を辿ってみる。確か、研究所は6人だったはず。寮の部屋を紹介してもらったときも、フィルさんと、凛、音弥さんとカイさん、それから、トリコさんと柚月さんの部屋だけで、残りは空き部屋だと聞いた。やっぱり6人しかいない。

 でも、あの会社には本社があるから、そっちに夢魔が見える人がいてもおかしくないのかも。

 ただ、もしも研究所に関わる人間なら、真っ先に柚月さんを手伝いに行くような気もする。


「那津〜!!無事〜?」


 暗闇からこちらに向かってくる光と共に、声が届いた。

 全速力で来たらしく、いつものスティックではないボードに前傾姿勢で乗っている。


「トリコさん、柚月さんが黒い夢魔を追いかけて空高く飛んでいってしまいました」


「また黒い夢魔の大群か……那津はここで待ってて」


 私はまた部屋の中から、柚月さんとトリコさんが夢魔を浄化できるよう祈るしかない。夢魔が現れても私はまだ足手まといにしかならない現実を突きつけられた。


「あの、トリコさん、私にもできることはありますか?」


 私の質問に、トリコさんは周囲を見渡してから、窓に顔を寄せた。


「今は何もしないほうがいいわ。那津にはまだ夢魔と戦う知識が圧倒的に足りないから」


 早く研修に参加して一人前にならないと、何もさせてもらえない。少し悔しい気がした。


 飛び立つトリコさんの背中を目で追う。今日は黒い夢魔だけだから、音弥さんとカイさんは来ないのだろうか。


 ぼーっと外を眺めた。

 

 突然、私の視界の前を何かが横切った。

 研究所の人たちと出逢う前の私なら、驚いて倒れていたに違いない。

 巨大な鳥、ではなく、マントを広げて飛ぶ人間だった。

 その人は私の見ている窓の前に戻ってきた。とはいっても、ここは二階なので、この人はマントをはためかせて宙に浮いた状態だ。


「また会えたね」


 この声には聞き覚えがあった。そう、確か。


「芹沢……」


 家まで来るなんて、やっぱりストーカーなのか。


「名前、覚えてたんだね。それにしても、呼び捨てとは、いきなり距離をつめてくるね」


「そんなつもりはありません」


「頑なだなぁ。でも、今は問題はそこじゃなくて。君は僕が空を飛んでも驚きもしないんだね」


 それは、他に空を飛ぶ人たちを知っているから。

 ふと、今の発言に違和感を覚えた。もしもこの人がカイさんの会社の人ならわざわざこんなことを言う理由はない。

 この人とカイさんの関係が見えてこない。


「君は雨宮カイの仕事に関わってる。そうだろ?」


 芹沢は宙に浮いたまま、腕組みをした。


 私と研究所の関係はすでに知られているみたいだ。

 なんとなく不安を感じて窓を閉めようとしたら、芹沢が外側から窓に手を掛けた。

 彼はにっこりと笑った。


「まだ僕の話が終わってないから、窓は閉めないでね」


「私は話すことはありません」


 正直、少し怖い。けれど、通信機もないし、電話で助けを呼べる状況でもない。

 力比べをしても負けるのは明らかなので、窓を閉めるのは諦めた。


「君はもう夢魔に会ったことがあるよね?」


 芹沢は当然のように話を続けた。


 この人は、夢魔を知っている人なんだ。でも、コンテストの運営側だと言っていた。


「なんでコンテストの関係者が夢魔なんて知ってるんですか?」


「あれは、僕の仕事だから。それから、これも僕の仕事」


 そう言うと、芹沢は人差し指を立てて、クイッと自分の方に数回振った。そして、呪文のような言葉を唱えた。

 すると、私の家の周りに黒い夢魔が集まってきた。黒い夢魔たちの輪郭は灰色の炎のように風に揺れている。

 何をしようとしているの?まさか浄化?


「僕はね、この黒い夢魔たちに生きる場所を与えてあげてるの。亡くなった人の心残りを軽くするためにね」


 黒い夢魔は夢主が亡くなって帰る場所を失った夢魔だ。研究所のみんなは退治するしかないと言っていた。

 この人は夢魔を助けようとしているのか。

 私は知らず知らずのうちに芹沢の話に耳を傾けていた。


「雨宮カイがやっているのは、夢魔殺し。俺は、夢魔を統治して世の中の役に立てようとしてる。どっちが有益で夢魔のためになるのか、賢い人間なら理解できると思うけど」


 研究所では、夢魔に心を寄せすぎないように言われた。でも、この人は夢魔に寄り添おうとしているみたいだ。

 悪い人ではないのかも。でも、カイさんや研究所のみんなも悪いことをしているわけじゃないし。

 私には何も答えられなかったので、無意識に下を向く。


「僕はね、君の声は夢魔を導けると思っているんだよ。カイのところに行くよりも、僕と一緒に夢魔の居場所を作ってあげないかい?」


 夢魔に居場所を……?

 でも、カイさんたちが夢魔を浄化するのは、夢魔が災害を起こす危険があるからだった。それに黒い夢魔以外は退治せずに浄化して夢主の元に返している。これは、夢主が自分で悩みと向き合い、悪夢を自分で乗り越えてもらうためだったはず。


「夢魔に居場所ができたら、夢主はどうなるんですか?」


 夢魔がいる以上、夢主は寝ている間は悪夢を見て、起きている間はずっと悩み続けると聞いた気がする。


「僕が夢主から夢魔を切り離すから、夢主は解放される」


「でも、災害が」


「君はなんでも知っているね。それは雨宮カイからの知識かな?でも、偏った知識だね。夢魔はちゃんと導けば勝手に暴れたりしないんだよ。僕は彼らを統制できるし、君の声にもその力はあると思うよ」


 私の視界には黒い夢魔がたくさん見える。確かに、芹沢の後ろでじっとしているだけだ。


「でも、私の歌には魅力はないでしょ」


「そうだね。だけど、それは人間に聴かせるとしたら、の話。プロとして成功するには欠けているところがある。でも夢魔には最高の歌声だよ。僕なら君をすぐにでも歌わせてあげられる。雨宮カイよりも、君の力を最大限に活かせるよ」


 芹沢は、カイさんのところに行くなと言っている。

 もしも私がカイさんよりも先に芹沢に会っていたら、どうしていただろう。

 自分の鼓動が雑に動いているような変な感じがする。心にザワザワと不快なものが住み着いてしまったみたいだ。


 



 








 

 













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