月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

41.男の助言

公開日時: 2022年4月11日(月) 20:49
文字数:2,225

 下校中、ずっと考えていた。見慣れた田舎道も、駅前の交差点の信号も、学生達で賑わう小さな駅も、ぼんやりと通り越して、気づいたら電車に乗っていた。

 私は、流されて生きてきた自分のことを変えたいと思っていた。だけど、本当は自分のことしか考えずに生きてきたんじゃないだろうか。周りが助けてくれたり、好きになってくれたことに気づきもせず。

 最低だ。

 だから、結果的に駿太を傷つけた。本当の意味で正しい選択をするためには、ひとりよがりでは駄目なんだ。


 地元の駅に着いて、電車を降りた。瞬間、すーっと風が通り抜けた。髪とスカートが揺れる。一瞬で、全ての悩みや後悔をさらっていくほどの清々しさを感じた。

 もしかして、私の中にも夢魔がいて、今まで抱えて一緒に生きていたのかもしれない。

 過去は変えられない。だから、未来を変えるために私にできることを探そう。

 駅を出て、一歩を踏み出した。


 くたびれたコンクリートの道路の上をザクザク歩く。

 そういえば、駿太にもファンの子がいたんだなぁ。しかも同じ学校に。私達の音楽を好きって言ってくれた。純粋に嬉しかった。でも、駿太を傷つけた私があのバンドを再開したいと言えない。


「歌いたいなぁ」


 空を見上げた。心地よい風が私を通り過ぎる。


「歌っちゃえば?」


 後ろから話しかけられて、バランスを崩した。転ぶ。と思った瞬間に、腕を掴まれた。

 声の主を見る。


「誰ですか……」


 しまった。ここは先にお礼を言うべきだった。と気づいた時にはもう遅い。


 目の前には、サングラスをかけた背の高い男性が、全身黒い服に身を包んで立っている。

 男は手を放して答えた。


「芹沢です」


 って、単純に名前聞いたわけじゃないんですけど。

 とりあえず、聞いたこともない名前なので数歩離れる。


「なんか用ですか」


「大きな独り言が聞こえたから、つい話しかけただけ」


 男がサングラスを外して微笑んだ。優しそうな笑顔だった。

 独り言を聞かれていたことと、予想もしていなかった男の笑顔に、顔が赤くなる。


「用がないなら、失礼します」


「でも、用がないってわけでもない。君の歌を聴かせてもらえるかな?……星川那津さん」


 男の笑顔は、引きつっているわけでもなく、自然に柔らかかった。でも────私、名乗ってない。

 変質者か、ストーカーか……。

 よくない汗が背中をつたう。

 頭をフル回転させて、ここを乗り切る方法を考える。でも、突っ立っていることしかできないので、男の話を聞く形となってしまった。


 男は勝手に話続けた。


「あぁ、ごめんごめん。急に名前を読んだりして。僕は、君が出たコンテストの運営に携わってたんだけど、一度くらい会場で見かけてない?」


 そう言われても、コンテストのときにこんな人は見ていない。というか、そんな余裕はなかった。でも、運営側なら私を調べることは可能なので、名前を知っていても不思議ではないのかも。


「コンテストの運営側なら、私の歌は聞いてますよね」

 

 もちろん、私の歌が酷評されたことも。


「そうだね。正直、君の歌はうまいだけで、物足りない。でもプロになるわけじゃないなら十分じゃない?」


 あのときは、甘い考えだけどプロになれるかもと思っていたし、真剣だった。だから、そんな言い方をされたくはない。


「用がありますので、失礼します」


 関わらないほうがいい。私は早足で歩き出した。


「雨宮カイ」


 後ろから、男の声が聞こえた。


 聞き慣れた名前に、思わず足を止めてしまった。

 振り向いてしまった私のところに、男がゆっくりと近づいてくる。


 カイさんの名前は有名だから、知っている人がいてもおかしくない。でも、私とカイさんの接点を知っている人間が接触してくるのは、どういうことだろう。


「この名前に反応するってことは……君もカイの色仕掛けにひっかかっちゃったのかな?」


 な、何を言っているの、この人。


 男は相変わらず笑顔を浮かべているけれど、瞳の奥の感情まではわからない。


「図星?顔が強張ってるよ。カイほどの人間なら、ちょっと優しい言葉でもかければ、女性はみんな騙される。特に、恋愛経験のない若い子はね」


 カイさんが、そんなことをするはずがない。と思いたいのに……カイさんの思わせぶりな態度に心が揺れたのは事実だった。

 強く言い返せないのは、私に恋愛経験がないからだろうか。


「からかうのは、やめてください。私はプロになるわけじゃないし、もう、たぶん、バンドでは歌わないので」


 駅から家までの田舎道は、大通りから遠ざかると畑ばかりで、人通りが少なくなる。たまに通り過ぎていく、犬の散歩をする人や農作業中の人が私達を不思議そうに振り返っていく。

 この男が、田舎道に似つかわしくない空気を纏っているからだと思う。


「バンドやめて、カイの元に行くの?」


 男は全く遠慮がない。


「答えたくありません」


「君って、真面目で嘘がつけないタイプみたいだね。否定しないってことが答えかな?」


 直感が、これ以上この男と話さない方がいいと忠告している。


「否定も肯定もしてません」


「そう。だったらひとつだけ僕から君に助言するよ。カイは決して君を幸せにはしない」


 この人は何を言っているんだろう。男の言葉が脳の奥で空回りしている。


「関係ありません」


 絞り出せた言葉は、これだけだった。


「今日のところはこれで帰るよ。いずれ、また」


 男はサングラスをかけ直すと、私に背を向け、て駅の方へ歩いていった。


 あの人、一緒の電車に乗ってここまで来たのだとしたら、まさか後をつけられてた?

 少し怖くなって走って家に帰った。





 


 










 







 



 

 

 

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