一つ頭のケルベロス

棟方(むなかた)
棟方(むなかた)

不吉なる芸術街

公開日時: 2021年10月1日(金) 10:23
文字数:1,761

 頼んでもないのに辛気臭くなろうとする空気が鬱陶うっとうしくて、テレビを観ながら話題を変える。


「妙な事が続いたもんだな。謎の彫刻から始まって、変態ビジネスの勧誘に、違法魔術使用者と来たもんだ。こっちとしては文化祭を目前に控えてるけれど、学校は予定通り開催するのかね」


 テレビに映る情報番組では、この街ではない深夜の路上で、“患者”の五十代男性が少年の集団に暴行され、殺害されたというトピックが流れている。


 “患者”とは、魔法使いに魔法をかけられた事が原因で、心身に異常を来してしまった人を指す言葉だ。さっき廊下でれ違った、頭がマグカップになっていた男性が当てはまる。あのマグカップはコスプレではなく、魔法使いに魔法にかけられて、頭の形を変えられてしまったのだ。


 私の鉄紺てつこんのインナーカラーも、呼びやすいからあたかもそのように呼んでいるだけで、“患者”の症状の一つだ。既に故人だが、私の父方の祖父が“患者”であり、その症状を受け継いでしまった父と私は、このように髪色が変質した。髪や目、肌の色などが変わってしまうのは“患者”の症状の中でも軽度であり、外見からの差別や偏見も、まだ大人しい部類に入る。


 だが、ニュースになっている死亡した“患者”の容姿は、目が六つで、腕は三本だったそうで。


 犯罪者でも無い、既に被害者であるに過ぎなかったその人は、見た目が気持ち悪いからという理由で非行少年達に目を付けられ、金品を渡せとの脅しに抵抗した果てに、殴り殺されたらしい。


 そんなニュースは、芸能人の不倫や炎上と、スポーツ情報に挟まって、毎日のように流れて行く。何故って、魔法を解く方法は、その魔法の持ち主である魔法使いに、自分の意志で魔法を解かせるか、その魔法使いそのものを、殺すしか無いから。だが基本的に魔法使いとは、一度かけた魔法はそのままで放置し忘れて行くので、矢張やはり殺害しか手段が無い。たとえ本人が忘れていても、その魔法をかけるのも解くのも、出来るのはその魔法使いだけだから。


 つまり魔法が解ける人間とは、実質的に魔術師に限定されていて、どれだけ科学技術の発展により魔法がかすみ始めたとしても、矢張やはり魔法使いとは、手に負えない存在なのだ。


 鉄村は、伸びをしながら口を開く。


「んーどうだろうなあ。八高の文化祭と言えば、この辺りでも有名なイベントだし……。むしろ学校側はこの状況を喜んで、開催するんじゃねえか? この八高やつこうが建つ、“不吉なる芸術街”に相応しい! ってよ」


 私は呆れ顔になった。


「高校生とは言え子供を預かってる身分なんだから、その辺はしっかりして欲しいもんだが」


 昔からこの街は犯罪率が高く、同時に著名な芸術家を輩出して来た歴史がある。全国最多の美術館を抱え、中でも市立美術館は国立にも劣らない規模を誇るも、違法魔術関係の犯罪発生率はトップを独走し続けている上、魔法使いが最も出没する地域としても有名だ。住まう魔術師のレベルも国一番の強者つわもの揃いだが、このように手に負えていないのだから、規格外な危険地帯である。こんな調子なものだからいつからか、“不吉なる芸術街”なんて呼ばれるようになった。今日も朝から事件が頻発ひんぱつする中、大成を夢見る新たな芸術家が、街へやって来ている事だろう。


 情報番組のトピックが、今度は昨日の昼に、田舎町で違法魔術使用者の犯罪グループが逮捕されたという内容に移る。


 ……躍起になってぶよぶよマンを捕まえた自分が、何だか馬鹿みたいだ。


 私一人が誰かを助けてる内に、どこかでは当たり前のように、間違ってる奴らが誰かを殺傷してる。


 つい、表情が曇った。


 すると突然、鉄村は大きな声で言う。


「よーし、折角せっかくサボるんなら何かメシ食うか!」

 

 鉄村は、驚いて肩をすくめる私の横でスマホを取り出すと、この店のアプリを立ち上げて、フードメニューを眺め出した。店の会員なら、店内のどこからでもフードを注文出来る優れものである。


 知り合って間も無い頃は、ネカフェに入った事も無い鉄村だったが、頻繁に利用する私に付いて来る内に、私より店のサービスを使いこなすようになった。


 つーかこいつ、今私の顔を盗み見て気を遣ったな。


 それで不機嫌になった私は、熱心にメニューを見る鉄村を見上げた。


「……まだ昼ごはんにははやぎるだろ」


 それが彼なりの優しさだと分かっていても、何でか素直に受け取れない。

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