頼んでもないのに辛気臭くなろうとする空気が鬱陶しくて、テレビを観ながら話題を変える。
「妙な事が続いたもんだな。謎の彫刻から始まって、変態ビジネスの勧誘に、違法魔術使用者と来たもんだ。こっちとしては文化祭を目前に控えてるけれど、学校は予定通り開催するのかね」
テレビに映る情報番組では、この街ではない深夜の路上で、“患者”の五十代男性が少年の集団に暴行され、殺害されたというトピックが流れている。
“患者”とは、魔法使いに魔法をかけられた事が原因で、心身に異常を来してしまった人を指す言葉だ。さっき廊下で擦れ違った、頭がマグカップになっていた男性が当てはまる。あのマグカップはコスプレではなく、魔法使いに魔法にかけられて、頭の形を変えられてしまったのだ。
私の鉄紺のインナーカラーも、呼びやすいからあたかもそのように呼んでいるだけで、“患者”の症状の一つだ。既に故人だが、私の父方の祖父が“患者”であり、その症状を受け継いでしまった父と私は、このように髪色が変質した。髪や目、肌の色等が変わってしまうのは“患者”の症状の中でも軽度であり、外見からの差別や偏見も、まだ大人しい部類に入る。
だが、ニュースになっている死亡した“患者”の容姿は、目が六つで、腕は三本だったそうで。
犯罪者でも無い、既に被害者であるに過ぎなかったその人は、見た目が気持ち悪いからという理由で非行少年達に目を付けられ、金品を渡せとの脅しに抵抗した果てに、殴り殺されたらしい。
そんなニュースは、芸能人の不倫や炎上と、スポーツ情報に挟まって、毎日のように流れて行く。何故って、魔法を解く方法は、その魔法の持ち主である魔法使いに、自分の意志で魔法を解かせるか、その魔法使いそのものを、殺すしか無いから。だが基本的に魔法使いとは、一度かけた魔法はそのままで放置し忘れて行くので、矢張り殺害しか手段が無い。たとえ本人が忘れていても、その魔法をかけるのも解くのも、出来るのはその魔法使いだけだから。
つまり魔法が解ける人間とは、実質的に魔術師に限定されていて、どれだけ科学技術の発展により魔法が霞み始めたとしても、矢張り魔法使いとは、手に負えない存在なのだ。
鉄村は、伸びをしながら口を開く。
「んーどうだろうなあ。八高の文化祭と言えば、この辺りでも有名なイベントだし……。寧ろ学校側はこの状況を喜んで、開催するんじゃねえか? この八高が建つ、“不吉なる芸術街”に相応しい! ってよ」
私は呆れ顔になった。
「高校生とは言え子供を預かってる身分なんだから、その辺はしっかりして欲しいもんだが」
昔からこの街は犯罪率が高く、同時に著名な芸術家を輩出して来た歴史がある。全国最多の美術館を抱え、中でも市立美術館は国立にも劣らない規模を誇るも、違法魔術関係の犯罪発生率はトップを独走し続けている上、魔法使いが最も出没する地域としても有名だ。住まう魔術師のレベルも国一番の強者揃いだが、このように手に負えていないのだから、規格外な危険地帯である。こんな調子なものだからいつからか、“不吉なる芸術街”なんて呼ばれるようになった。今日も朝から事件が頻発する中、大成を夢見る新たな芸術家が、街へやって来ている事だろう。
情報番組のトピックが、今度は昨日の昼に、田舎町で違法魔術使用者の犯罪グループが逮捕されたという内容に移る。
……躍起になってぶよぶよマンを捕まえた自分が、何だか馬鹿みたいだ。
私一人が誰かを助けてる内に、どこかでは当たり前のように、間違ってる奴らが誰かを殺傷してる。
つい、表情が曇った。
すると突然、鉄村は大きな声で言う。
「よーし、折角サボるんなら何かメシ食うか!」
鉄村は、驚いて肩を竦める私の横でスマホを取り出すと、この店のアプリを立ち上げて、フードメニューを眺め出した。店の会員なら、店内のどこからでもフードを注文出来る優れものである。
知り合って間も無い頃は、ネカフェに入った事も無い鉄村だったが、頻繁に利用する私に付いて来る内に、私より店のサービスを使いこなすようになった。
つーかこいつ、今私の顔を盗み見て気を遣ったな。
それで不機嫌になった私は、熱心にメニューを見る鉄村を見上げた。
「……まだ昼ごはんには早過ぎるだろ」
それが彼なりの優しさだと分かっていても、何でか素直に受け取れない。
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