頭の天辺に腕を伸ばしてブレザーを掴むと、鉄村へ返そうとそのまま腕を突き出す。
開けた視界の先には、ぶすっとしている鉄村が立っていた。すっかりご立腹である。
鉄村はブレザーを受け取りながら、ぶっきらぼうに言った。
「帯刀が同じ事しても、気にしないってほっとくのか」
「帯刀?」
思いもよらない名前が出て、目が丸くなった。
顎に手を当てて、ちょっと考える。
返事を待っている鉄村が、ブレザーに袖を通してリュックを背負い直したタイミングで、出た答えを口にした。
「……いや、駄目だな。女の子だし、あいつは気弱だ」
「お前も女の子だろうがよ!」
「もし絡まれても平気で殴り返せる私と、ただの美術部員の帯刀は違うだろ」
右肩をしまってからブレザーの前を閉めると、リュックを持ち上げる。
「広めの部屋借りるから、一緒に来いよ。お前も濡れてるし、ヘアセットぐらい直してもいいんじゃないか。先に服買いに行くからコンビニとかに寄るけど、ワックス持って来てないならついでに買うか?」
まだ何か言い返そうとしていた鉄村だが、私が話題を変えたので、不完全燃焼な顔になって答えた。
「……分かったよ。待ち合わせの理由も解決して、時間も余ってるし」
鉄村が折れたのが分かって、つい、ニヤリと笑みを浮かべて言葉を返す。
「それに、ネカフェで時間を潰してから美術館に行けば、午前の授業は受けずに済むぜ。善行が原因でずぶ濡れになった上に、コインランドリーが込んでて時間がかかりましたとか言えば、文句も出ないだろ。最高なサボりの口実だ」
鉄村は背を向けて屈むと、その馬鹿みたいな腕力で、台座ごとコガネムシを引っこ抜きながらぼやいた。
「出たよ。態度は最悪の優等生」
顔を見なくても呆れていると分かる声に、表通りへ歩き出しながら尋ねる。
「何だそれ?」
「クラスの奴らがお前を噂してたぜー? テストや実技は、大体何だって満点近く取るくせに、授業に対しては壊滅的に無関心だから、授業態度は最悪だって」
「授業態度もテストも頑張ってるのに、いつまでも私をクラス成績一位の座から下ろせない、真面目ちゃんの嫉妬だろ」
「結局世の中って実力だよなー。授業態度だって、黙って先生の話聞いてるだけで真面目って思ってくれるいい加減なもんなんだし」
「そりゃあそうだよ。人間なんて複雑怪奇なものを、完璧に測れる物差しなんて存在しない。まして学校ってのは、私達を生徒という物差し一本で見てる。そんな勘違いなんて、幾らでも起きるさ」
隣に追い付いた鉄村が、私が入るよう傘を傾けた。大柄な鉄村は、当然傘から身体が出てしまう。
その様子を視界の端で捉えながら、路地を出た。
互いが互いを気遣って、結局揃って濡れてしまっている自分達が馬鹿馬鹿しかったけれど、どうしてかそこにだけは、文句を言えなかった。
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