一つ頭のケルベロス

棟方(むなかた)
棟方(むなかた)

善悪行方不明

公開日時: 2021年9月1日(水) 20:06
更新日時: 2021年9月21日(火) 22:50
文字数:2,377

 私に叩かれた部分をさすっていた鉄村は、スマホをしまいながら続ける。


「道路を削るのは道具があれば可能だし、作業の時短は人数を増やせばいい。まあバレずにやるってのは、確かに難しいだろうけど。でも難しいのであって、出来ないって訳じゃない。妙な出来事だが、魔術師の出番じゃねえだろう。時代が進むにつれて魔法使いが衰退していくのも、何だか納得だぜ」


 私はそっぽを向いたまま、目を伏せて応じた。


「……同感だよ」


 魔法がもう、魔法じゃなくなってきたのだ。技術の進歩で“普通の人間”が出来る事が、どんどん増えて行って。


 巧妙化していく犯罪がいい例で、どっちが魔法なのか、分からなくなってくる。さっきは気が立っていて慳貪けんどんに返してしまったけれど、警察に同情したくなる、鉄村の気持ちだって分かる。


 本当に悪いのは誰なのか、てんで分からない時代だ。


 溜め息を堪えて、代わりに言葉を吐いた。


「遅刻の理由は分かったけれど、そもそも駅を待ち合わせにした理由は何だったんだ?」


「それだ!」


 鉄村は思い出したように、指をパチンと鳴らす。


「ここ一ヶ月ぐらい、駅前で変なチラシを配る奴が出るそうなんだよ! なんでも、違法魔術はんたーいとか書いてるチラシ! そういうのは市役所とか魔術師の仕事だし、間違った知識を広める原因にもなるから、ちょっと調べといてくれって親父に言われたんだ!」


 鉄村の家は魔術師の旧家で、この街の魔術師を束ねる役割を担う家の一つでもある。魔法や魔術絡みの事件が起きれば、鉄村家が指揮を執るのは日常だ。


 いやそれよりも。


 思いもよらない言葉をぶつけられ、そっぽを向いていた顔を、真っ直ぐ鉄村へ向けて尋ねる。


「変なチラシ? あの女性が配ってた?」


「見たのか!?」


「見た所か貰ったよ。そもそもあのぶよぶよマンを捕まえる事になったのだって、チラシ貰ったのがきっかけみたいなものだったし……」


「ぶよぶよマン?」


「何でも無い」


 言いながらブレザーのポケットに手を入れ、折り畳んだチラシを取り出した。雨で湿ってしまったそれを、破らないよう丁寧に広げる。駅前では途中までしか読めなかったので、最後まで目を通した。……特に、不備は感じない内容だが。


 鉄村が覗き込んで来るので、チラシを渡しながら言う。


「ボランティアとかが配ってたんじゃないかな。内容は正しいし」


 鉄村は、受け取ったチラシを睨みながら唸った。


「……うーん確かに内容は合ってるが……。でも、許可を通して貰わないと困るぜ。何かトラブルが起きた時、俺達にも責任が飛んで来るからなあ……。ん?」


「何?」


 鉄村は怪訝そうな顔になると、取り出したスマホをチラシに向ける。


「いや、相談と問い合わせ用のQRコードが付いてるんだけどよ……。どこに繋がってんだ? 市役所も魔術師も関与してねえのに」


 鉄村は言うと、スマホでQRコードを読み取った。だがすぐにスマホを操作する手が止まって、何だか変な顔になって固まってしまう。


 様子を見ていた私も怪訝になって、眉を曲げて尋ねた。


「……何?」


 微妙な顔のままスマホの画面を見て、口を開ける鉄村。


「いや、あのー……」


「何だよ?」


 焦れったくなって声が尖る私に鉄村は、観念するように言葉を続ける。


「えーっとォー……。恐らくなんすけどあの、JKビジネスの求人ページに、飛んだ、っすねえー……」


 引きった笑みと額の青筋が同時に浮いた私は、鉄村のスマホを奪い取ると画面を見る。


 まず飛び込んで来るのは、加工しまくって顔付きが狂っている、巻き髪ツインテールの若い女の画像。その隣のスペースには、頭の悪そうな風船フォントを使った文字が腸のようにぎっしり詰まり、「今なら入店祝いボーナス十万円全員支給♪」だの、「かわいい制服を無料貸し出し♡」だの、「全員三ヶ月までの超短期大大大募集!!」だのと、胡散臭い内容で便秘になっている。制服カフェと名乗ってはいるが、募集対象が女子高生のみと明らかに怪しい。そう、つまり、これはもう完全に鉄村の言う通り、ただのチラシ配りに見せかけた、変態ビジネスの勧誘だった。


「あの女ブッ殺してやる!!」


 激高した私は、表通りへ走り出す。


「いやスマホ返して!」


 慌てて腕を伸ばした鉄村に、襟首を掴まれ止められた。


 だがこの程度で治まる怒りである訳が無く、鉄村を振り払おうと暴れる。


「ふざけんなあのクソ女! 助けてやったのに、こんな汚い真似してやがったなんて! 挽き肉にしてやる!」


 鉄村は、決して私を離すまいと、がっしり襟首を掴み直しながら叫んだ。


「本当に出来ちまう身分で言われたら笑えねえから!」


「何笑おうとしてんだ何も面白くねえだろこんなもん! あのキノコ野郎と言い、勝手にスマホ向けて来る野次馬共と言い、もう最悪だ! 私がずぶ濡れになっただけじゃないか!」


「まあまあいいじゃねえかお前のお陰で被害が出なかったんだからァ! もしその人を助けなくて何かあったら、結局気分悪くなるんだろ!?」


「それは……!」


 反論しようと、鉄村を見上げる。


 でも、それは確かに、その通りだ。


 どんなに腹立たしくとも、もし見殺しにしていたら、気分が悪い。こんなチラシを配っていたと後から知っても、だからって放っておいてよかったとは、決して思わない。魔術師だからじゃなくて、私の性格として。


 いやそれでもムカつくのはムカつくんだけれど、返す言葉が無くて、鉄村を見上げたまま唸った。


 その様子に鉄村は、眉をハの字にさせて肩を竦める。


「んな物騒に唸ったら、犬になっちまうぞ?」


 鉄村は言うと、私の襟首から離した手を伸ばして、私が握っていたスマホを取り戻した。


「お前のお陰で違法魔術使用者は捕まえられたし、居合わせた人達も助けられた。確かにそいつらの中には助け甲斐の無い、いつ誰かに見捨てられてもおかしくないようなクソ野郎も混ざってたけどよ、それでもお前は、ちゃんと正義の味方をやれてたぜ」

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