鉄村へ向き直っていた私は、爪先立ちになりながら腕を伸ばして、傘に鉄村を入れながら言う。
「……何もしない挙句、勝手にスマホで撮って来る奴らを助けるだけで、正義の味方か?」
「そうだよ。警察だって、困ってる人は分け隔て無く助けるだろ? 医者だって、犯罪者の治療はしませんなんて言わねえし。そういう事が出来る奴ってのは、皆ヒーローさ。またそういう人達を見て、ケチ付ける奴らも出て来るけどよ。そういう事する奴らは、ニートか馬鹿だから気にすんな。勝手にお前を撮った連中の写真や動画も、バッチリ対策出来てるから大丈夫だって」
鉄村はスマホを操作すると、画面を向けて来た。
画面にはSNSに投稿された写真が、“#一つ頭のケルベロス”といった、見慣れた大量のハッシュタグと共に表示されている。被写体はチラシを配っていた女性と、ぶよぶよマンの腕を掴んで、仲裁に入ったばかりの私だった。だがそこに映る私の姿は、ぶよぶよマンよりも悍ましい、あの黒い肉塊だ。
野次馬からプライバシーを守る為、魔術師の間で使われている錠剤の効果である。そいつを飲んでおけばメディア上に表示される自分の姿が、化け物の形に変換されるのだ。
撮影される瞬間こそ被写体そのままの姿として映るが、すぐに化け物の姿に変わるので、勝手にSNSに投稿された頃にはこの通り、そいつが誰なのかさっぱり分からないという仕組みだ。
ガラスや鏡、水面などに映り込んでも化け物の姿に変換されるので、気付かない内にカメラを向けられても完璧に身分を守ってくれる優れものだが……。飲んでいるのを忘れると、何かに映った自分を見る度に、ぎょっとするのが欠点だろうか。
製造者曰く、変換される姿が化け物なのは野次馬への皮肉だそうで、大事なこだわりポイントだから変えないらしい。内容量四十グラムで、一瓶五百四十円。魔術師のみが通える薬局で、「おばけの薬」という名前で販売中。現代の魔術師の常備薬だ。
画面の向こうで、今日もしっかり効果を発揮しているおばけの薬に感心するも、やっぱり勝手に撮れていたかと気が塞ぐ。
じっと睨み付けていた鉄村のスマホから、顔を背けながら言った。
「……ふん。まあいいさ。人助けで遅刻したなら、学校にも咎められない」
「遅刻? 今から美術館にコガネムシ持ってっても、開いてねえぞ?」
ぽかんとする鉄村に、呆れながら言葉を返す。
「あのなあ、いつまでもこんなずぶ濡れでいられるか。ネカフェでシャワー借りるんだよ。美術館にはついて行ってもいいけれど、あれには絶対触りたくないからお前が運べ」
言いながら鉄村に傘の柄を握らせると、リュックを足元に下ろし、ブレザーの前を開ける。
「だあ!? 上着脱ぐなよ!」
急に大声を上げて喧しい鉄村に、ブレザーから右肩を抜きながら返した。
「ビシャビシャで気持ち悪いんだよさっきから」
「YOU 今上脱いだらスケスケよ!?」
「ブラトップだから気にしない」
「いーや駄目だね! 通勤ラッシュというおっさんが最も密になってうろつく時間帯である時に、そんな格好で歩くのは!」
何で鉄村が大声を出し始めたのか意味不明で、怪訝な顔になってブレザーを脱ぐのを中断する。
「……じゃあタイツにしようか?」
脱いでも出るのは足だから問題あるまい。
言いながら前傾姿勢を取った。
「スカートに手を入れるな!」
指を向けて怒鳴ってきやがった。
「どーやって脱ぐんだよじゃあ! 馬鹿かお前!」
もうスカートの中で、黒のホットパンツと、百十デニールのタイツに指を掛けたまま怒鳴り返す。
「外で服を脱ぐんじゃあないよオ!!」
鉄村は怒鳴ると、目にも止まらぬ速度でリュックを下ろしてブレザーを脱ぎ、私へ投げ付けた。
頭から鉄村のブレザーを浴びた私は、ハロウィンでよく見る、ゴーストのコスプレみたいになる。布は白くないし、視界を保つ為の穴も無いが。
真っ暗になった視界の向こうで、鉄村は血管が切れそうな勢いで続けた。
「女の子が外で薄着になるなって言ってんだよ! 非常識だぞ! 仮にお前がよかったとしても、世間のエロ親父がお前をそういう目で見るの!」
濃紺のゴーストになった私は手を下ろすと、姿勢を戻して返す。
「……つまり、私がそうなるが嫌だと」
「嫌だよ! 駄目だろ友達がそんな目で見られるのは!」
「分かった、分かったよ。過保護な奴だな」
降参だと、軽く両腕を上げて肩を竦めた。
こいつ中学生の妹さんがいるから、妹さんを相手にしている時と同じような態度を向けて来る事がある。
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