鉄村は、これ以上はコガネムシに近付けない私を置いて行くように、受付へ向かいながら困った笑顔で切り出した。
「いやーすんません。ちょっと連れを探してまして……」
すると受付は、我に返ったような素振りを見せると、慌てたように愛想笑いを浮かべる。視線で分かっていたが、裁さんの転倒に驚いた後、彼女の容姿に気付いて見惚れていたらしい。
駅前のぶよぶよマンによる騒ぎは聞き及んでいるだろうが、周辺の学校が休みになっているかまでは知らないだろうに、裁さんが入館出来ていた理由はここかもしれない。容姿がいいとはそれだけで、無茶も我が儘も、ある程度ではあるが人並みより通じてしまうのは事実だ。まあ、裁さんが学校からのメールを受付に見せて、授業が始まる間だけいさせて下さいと、頼んだだけかもしれないけれど。
なんて事を考えている内に、鉄村と受付の話は進む。街に突如現れた例の彫刻達は、急遽空けた地下二階の展示室に集められ、警察と状況を確認しながら調べが始まったらしい。
コガネムシには絶対に近付きたくないので、裁さんを眺める位置に着いてから動いていなかった私は、その位置から、鉄村に手を振りながら言う。
「そうなんだ。じゃあ、行ってら」
振り向いた鉄村は、心外そうに目を丸くした。
「えっ、お前来ないのかよ」
「だって発見者はお前じゃん」
「それはそうだけれどよ……」
私は、眉間に皴を寄せながら言葉を継いだ。
「だから、コガネムシに近付きたくないって言ってるだろ。地下も嫌いだ。気が塞ぐ」
すると途端、合点がいったような顔になる鉄村。
「あーそういやお前、地下鉄も怖くて乗りたがらねえもんなァ……。空気が淀んでるとか、落ち着かないとか言って」
コガネムシに没頭していた裁さんは我に返ると、意外そうに私を見た。
「えっ? そうなんですか天喰先輩」
我に返るタイミングが迷惑過ぎる。
「いやこいつのスーパーハチャメチャ記憶違い」
「指を向けるんじゃねえよ。事実だろ」
「今一人で行って来てくれたら、館内の好きなレストランで奢るけれど」
嫌そうな顔になっていた鉄村は、人が変わったように、剣呑な気配を纏った。
削ぎ落された剽軽さに隠れていた、その大きな体躯から滲む威圧感が露になる。
そう。こんなガタイで、周囲に威圧感を撒かない方がおかしな話で、普通はこんな図体のデカい筋肉男、いるだけで怖いのだ。ただ鉄村がおどけた性分だから、見えにくくなっているだけで。
その威圧感は空気を張り詰めさせ、容易には口を利かせない沈黙を、のっそりと辺りに横たわらせる。
受付と裁さんが、息を呑むのが分かった。
鉄村は、私から目を逸らさない。まるで今から、抜き差しならない重大な何かが起きるかのように。
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