一つ頭のケルベロス

棟方(むなかた)
棟方(むなかた)

こいつはマジな取引だ。

公開日時: 2021年11月1日(月) 06:00
文字数:1,103

 鉄村は、これ以上はコガネムシに近付けない私を置いて行くように、受付へ向かいながら困った笑顔で切り出した。


「いやーすんません。ちょっと連れを探してまして……」


 すると受付は、我に返ったような素振りを見せると、慌てたように愛想笑いを浮かべる。視線で分かっていたが、さいさんの転倒に驚いた後、彼女の容姿に気付いて見惚れていたらしい。


 駅前のぶよぶよマンによる騒ぎは聞き及んでいるだろうが、周辺の学校が休みになっているかまでは知らないだろうに、裁さんが入館出来ていた理由はここかもしれない。容姿がいいとはそれだけで、無茶もままも、ある程度ではあるが人並みより通じてしまうのは事実だ。まあ、さいさんが学校からのメールを受付に見せて、授業が始まる間だけいさせて下さいと、頼んだだけかもしれないけれど。


 なんて事を考えている内に、鉄村と受付の話は進む。街に突如現れた例の彫刻達は、急遽きゅうきょ空けた地下二階の展示室に集められ、警察と状況を確認しながら調べが始まったらしい。


 コガネムシには絶対に近付きたくないので、裁さんを眺める位置に着いてから動いていなかった私は、その位置から、鉄村に手を振りながら言う。


「そうなんだ。じゃあ、行ってら」


 振り向いた鉄村は、心外そうに目を丸くした。


「えっ、お前来ないのかよ」


「だって発見者はお前じゃん」


「それはそうだけれどよ……」


 私は、眉間にしわを寄せながら言葉を継いだ。


「だから、コガネムシそいつに近付きたくないって言ってるだろ。地下も嫌いだ。気が塞ぐ」


 すると途端、合点がてんがいったような顔になる鉄村。


「あーそういやお前、地下鉄も怖くて乗りたがらねえもんなァ……。空気が淀んでるとか、落ち着かないとか言って」


 コガネムシに没頭していた裁さんは我に返ると、意外そうに私を見た。


「えっ? そうなんですか天喰あまじき先輩」


 我に返るタイミングが迷惑ぎる。


「いやこいつのスーパーハチャメチャ記憶違い」


「指を向けるんじゃねえよ。事実だろ」


「今一人で行って来てくれたら、館内の好きなレストランで奢るけれど」


 嫌そうな顔になっていた鉄村は、人が変わったように、剣呑けんのんな気配をまとった。


 削ぎ落された剽軽ひょうきんさに隠れていた、その大きな体躯から滲む威圧感が露になる。


 そう。こんなガタイで、周囲に威圧感をかない方がおかしな話で、普通はこんな図体のデカい筋肉男、いるだけで怖いのだ。ただ鉄村がおどけた性分だから、見えにくくなっているだけで。


 その威圧感は空気を張り詰めさせ、容易には口を利かせない沈黙を、のっそりと辺りに横たわらせる。


 受付と裁さんが、息を呑むのが分かった。


 鉄村は、私から目を逸らさない。まるで今から、抜き差しならない重大な何かが起きるかのように。

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