今や、トレンドを押さえている学生の証となっているストラップをぶらぶらさせながら、鉄村は続ける。
「大量にって訳ではねえんだけど、この手の石で彫られた虫とか道具とかが、明け方ぐらいから街のあちこちで見つかったんだよ。それを見つけた奴が写真を撮ってSNSに投稿して、これは何だ? ってフォロワー達に訊いたんだ。それがきっかけでこの彫刻は、文字化け作家の作品に似てるって誰かが言い出して、拡散されまくって大騒ぎって訳だよ。場所を突き止めて持って行こうとする奴が出たから、さっきまで警察沙汰にもなってたんだぜ? 台座ごと持って行かれたら、地面に穴が開いて危ねえからな。今は警察が、一旦預かって保管してるってよ。後で市の美術館に運んで、専門家に調べて貰うとか何とか」
聞いている内に不機嫌になっていた私は、コガネムシを見下ろしながら尋ねた。
「その騒動を一目見ようと、また野次馬が集まって渋滞か?」
「そういう事。今朝、パトカーのサイレンよく聞こえただろ?」
「どうだろ。朝は強くないし、意識してなかった。つか、こいつは美術館に運ばれてないじゃないか」
鉄村はニヤリと笑う。
「ふふん。俺がさっき見つけたからな」
「ネットで高く売ろうってか?」
呆れて声が低くなった。
鉄村はカッと目を見開くと、スマホを握り締めて怒鳴る。
「混雑を避けて路地裏歩いていたらたまたま見つけたの! 失礼な奴だな!」
「不憫な奴だな」
「それにコンボをかけたのは今のお前の言葉だよ!」
「遅刻の理由は分かったよ。責めないさ」
お互い朝からツイてない。
溜め息を飲み込んで、コガネムシの彫刻を見た。
……まだ生きてるように見える。彫刻と分かった上で眺めても、今にも動き出しそうな生命力が滲んでいる。文字化け作家の作品には詳しくないけれど、これだけのものを素人が作れるとは思えない。
ふと思いついて、顎に手を当てながら鉄村を呼んだ。
「なあ」
鉄村は、スマホをしまいながら振り返って来る。
「んあ?」
「この彫刻、どうする気なんだ?」
「どうって……。一旦ここから引っこ抜いたら、放課後美術館に持ってこうと思うけど。今から行っても美術館の開館は九時半だから意味無えし、警察はさっき違法魔術使用者を連れて行って貰ったばっかりだから、これぐらいはやろうかなって」
「街で見つかった他の彫刻って、全部これぐらいのサイズしてんのか?」
鉄村はコガネムシを見ると、記憶を辿るような表情になった。
「さあ……。俺も他の彫刻は、SNSで見ただけだからなあ。このコガネムシを合わせると、全部で四体見つかってるみたいだぜ」
「って事は、台座がすっぽり填まるように地面を削る作業を、四回やったって事だよな。そんな目立つ行為を一人の人間が、都市部でバレずに出来るもんなのか?」
鉄村は、怪訝そうな顔になると口を開く。
「……それは確かに。相当な労力だし、一人でやったとは思えねえ。四体とも今日の夜明けから見つかってるから、夜の間に全部の作業を終わらせてる事にもなる」
私はつい、鉄村に尋ねると言うより、自分に問いかけるように呟いた。
「……何でそんな事」
「分かんねえけど。誰がこれをやったのかすら、分かってねえ状態だし。仮に文字化け作家がやってたとしても、やっぱり理由は分かんねえよな。何でこの形で彫刻を作ろうと思ったのかも、填め込む場所をこの街にしたのかも分かんねえ。つーか道に穴開けるって、犯罪になるんじゃなかったか? 往来妨害罪とか言ってよ」
「ああ、あの魔術師が魔法使いや違法魔術使用者を捕まえる際、不問にされがちな罪ランキングの常連」
「まあ戦いになったら、あんまり周り気にしてられねえしなあ……。ま、分かんねえ事だらけだけど、何人かでやればバレずに出来そうじゃねえの? 四人で一個ずつ担当してよ」
「確かに、事前に作っておいた彫刻を、分担して設置しただけって聞いたら、かなり難易度が落ちた印象を受ける。……それでも結局、何でそんな事をしたのかは、読み取れないけれど。まあ世の中、世間の注目を浴びたいだけの理由で犯罪者になれる人間は一般人の中にもいるって、ネットに触れてると分かるけどさ……。でもそのコガネムシ、素人が作れるような物じゃないよ」
鉄村は、取り出したスマホを操作し出すと言う。
「うーん……。なら、実は彫刻じゃなくて、3Dプリンタで作りましたとか?」
急に疲労を覚えて、ぐったりと猫背になりながら返した。
「……もしそうなら急に関心が無くなるんだけど」
迷惑系配信者かよ。
鉄村は操作の手を止めると、画面を見ながら返す。
「でも、これぐらいの大きさのコガネムシっているらしいぜ? 3Dプリンタだってネットで誰でも買えるし、そう考えるとこっちの方が現実的に見えて来るな」
猫背のままだった私は、寒気で背筋が伸びながら飛び上がった。
「はっ!? そんなでっかいの実在すんの!?」
官製葉書の横幅って十センチなんですけど!?
「アフリカ大陸にいるんだってさ。その名も、ゴライアスオオツノハナムグリィ~」
言うと鉄村は、スマホの画面を向けて来る。
つい覗き込んでしまった画面の向こうには、茶色の身体に頭部付近の白い筋模様がポイントの、最早メスのカブトムシに見えるぐらい、巨大で悍ましいシルエット。
「ああああ何調べてんだお前エエエ!」
反射的に目を瞑りながら、鉄村の頭を引っ叩いた。
パァンといい音が鳴り、鉄村の「いでっ」という短い悲鳴が掻き消える。
私は虫を見た不快感にまた鳥肌がやって来て、傘を持つ左腕を擦りながら吐き捨てた。
「もういい! 知らんそんな石の塊! どこでも好きな所に持ってけボケ!」
鉄村は、私が差す傘からはみ出ないように、背中を丸めて立ち上がる。
「いってえなあー……。まあよかったじゃねえか。これだけ素人でも実現可能な条件が揃うなら、魔法使いの仕業じゃなさそうだ」
そっぽを向いていた私は口をへの字に曲げたまま、鉄村へ目を向けた。
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