※本作はPCで執筆しています。スマホで表示された場合、見づらい部分があるかと思いますが、ご了承下さい。
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テーマ:ダーク
文字サイズ:16px
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フォント:システム
読み方:横読み
七ヶ月間も雨が止まないまま、迎えた十一月。
今日も空を覆う黒ずんだ雨雲を、ビニール傘と、高架線越しに見上げた。強い雨の振動が、傘布から、右肩に凭れさせている中棒を伝って身体に響く。
この頃痩せて、身体が薄くなった所為だろう。雨の振動が、ほんの僅かにだが痛い。背中の防水加工された黒いリュックまで、先月より重く感じてしまう始末だ。
白くなった浅い溜息が、午前七時過ぎとはとても思えない、暗い空へ消えて行く。
私が背にして立っている、商業施設と一体になった巨大な駅へ、雑踏が吸い込まれていく様をぼうっと眺めた。途端に退屈になって、欠伸が出る。
朝からのんびりしている私の様子が、羨ましいのか腹立たしいのか、駅に向かって来る人々の一部から、絶えず視線を感じた。
まあ、ここから徒歩五分の位置にある高校の制服を着ておきながら、いつまでも突っ立っていては目立ちもするか。私はこの街出身の徒歩通学者なので、駅にいる時点で不自然は始まっている。毎日一緒に登校している鉄村が、どちらかの家の前と決めているいつもの待ち合わせ場所を、今日は駅前にしようと提案して来たのだ。
然し遅い。
傘を左手に持ち替えながら、濃紺のブレザーのポケットに右手を突っ込む。取り出したスマホに続いて、先端に白い小石が付いた、ステアレザーのストラップが飛び出した。指紋認証でスマホのロックを解除して、メッセージアプリを立ち上げる。
昨日寝る前にした鉄村との遣り取りを確かめるも、矢張り待ち合わせ時刻は、午前七時となっていた。画面の左上端に示されたデジタル時計へ目をやれば、現在時刻は午前七時十五分に入ろうとしている。
……誘っておいて遅刻とはいい度胸だ。七時半までは待ってやろう。
しっかし、何でお互いに徒歩通学なのに、駅で待ち合わせしようなんて言ったのか。
怪訝な顔になってスマホをしまうと、正面を見た。
横たわる、車一台しか通れない道路の向こうでは、本屋に銀行、飲食店から宝石買取店まで、何でも揃った雑居ビルが空を刺すような群れを成している。でもこんなもの、いつもの景色であって変化は無い。鉄村が今日、ここを待ち合わせ場所にしなければならない理由とは何だろうか?
「ご協力お願いします!」
不意に、左手から声を掛けられる。
少し眠気を飛ばされた目を、丸くしながらそちらを向いた。
ラフな私服姿にビニール傘を差した、大学生ぐらいの女性が立っている。こちらへ差し出している右手にはA4用紙が握られ、女性の目は真っ直ぐ私を向いていた。
……こんな朝早くから、チラシ配り? 選挙だろうか?
怪訝な顔になりながら受け取ると、女性は愛想よく微笑んで去って行く。
辺りの通行人の中から、女子高生を見つける度にチラシを配って行く女性の背を見送ると、左手に残ったチラシに目をやった。
~違法魔術使用、ダメ、絶対。~
STOP!! 違法魔術! 違法魔術の使用は、犯罪です!
正式な魔術の使用は、魔術師以外に認められていません。
魔術とは、魔術師が魔法使いを退治する為に、魔法を元に作った危険な武器です。一般の方が扱えるものではありません。
誰でも使えるという謳い文句で、皆さんに近付いてくる魔術は違法なものです。これが違法魔術であり、使用すると心身に大きな影響を及ぼします!
あなたの心は穏やかですか? チェックを入れてみましょう。当てはまる項目が多い程、あなたの心は不安定です。違法魔術の誘惑に気を付けましょう!
□保護者に褒められた経験がほとんどない
□いじめを受けている
□兄弟や姉妹と比べられてきた
□コンプレックスがある
□家や学校に居場所がない
□嫌なことをされても笑顔で誤魔化してしまう
□保護者や先生に褒められたくて、いい子を演じてしまう
□将来の夢や目標がない
□友達がいない
□自分に自信がない
□自分の気持ちをうまく表現できない
□友達との付き合いにストレスを感じている
引き攣った笑みが浮かんだ。
嘘だろ八つも当てはまる。
「おおい! 何だコラァ、オラァ!」
朝の喧騒を裂くように、呂律の怪しい、若い男の怒声が響いた。
駅周辺を歩いていた雑踏が、驚いて一時停止する。だがすぐに辺りを気にしながらも、思い思いの方向へ歩き出した。
私もチラシから頭を上げていたが、目の前を行く人混みの中に、それらしい人物は見当たらない。
……終電を逃した酔っ払いだろうか?
この辺りの雑居ビルには、飲み屋が多い。終電間近にこの駅にやって来れば、酔い潰れてホームで寝ているサラリーマンが毎日見られる。
でももう朝の七時だし、始発なんてとっくに出てるけれど。
「何だっつってんだよお前コラァ」
再び男の声が上がった。
声が聞こえた方向を頼りに、人混みの間を縫うように視線を投げる。目の前で横たわる道路と、十字になって結ばれている大通りで、悪趣味な白ジャージを着て喚く男が見つかった。
……どうせ、あの大通りにあるネカフェから出て来た飲んだくれだろう。
余り朝早くからこの辺りを通るとあのような、深夜の気分を引き摺ったままの変人と出会う。街の人もそれは分かっていて、早朝や深夜に、ここをランニングコースに取り入れる女性はいない。
通行人は誰しも先を急いでいて、男の存在を見て見ぬ振りをしている。どうせ誰かが仲裁に入るか、警察を呼ぶのは分かっているからだ。静かとは言えない街だから、荒事の躱し方には誰しも敏い。道行く人が無視を決め込んだり、好奇心を剥き出しにした目を向けても、動揺はしていないのがその証拠だ。私の気持ちだって凪いでいる。
絶え間無く私の視界を遮る雑踏に隠れていた、男が絡む相手の正体が、チラシを配っていたあの女性と知るまでは。
「あの、すみません」
傘を閉じ、往来を躱しながら近付いた私は、男の腕を掴みながら声を掛けた。
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