一つ頭のケルベロス

棟方(むなかた)
棟方(むなかた)

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嫌味なチラシ

公開日時: 2021年8月28日(土) 23:43
更新日時: 2021年9月25日(土) 18:05
文字数:2,326

※本作はPCで執筆しています。スマホで表示された場合、見づらい部分があるかと思いますが、ご了承下さい。

 

 以下参考までに、本作執筆中に用いている閲覧設定を表記しておきます。


 テーマ:ダーク

 文字サイズ:16px

 行間スペース:1.5

 フォント:システム

 読み方:横読み

 七ヶ月間も雨が止まないまま、迎えた十一月。


 今日も空を覆う黒ずんだ雨雲を、ビニール傘と、高架線越しに見上げた。強い雨の振動が、傘布から、右肩にもたれさせている中棒なかぼうを伝って身体に響く。


 この頃痩せて、身体が薄くなった所為せいだろう。雨の振動が、ほんの僅かにだが痛い。背中の防水加工された黒いリュックまで、先月より重く感じてしまう始末だ。


 白くなった浅い溜息たんそくが、午前七時過ぎとはとても思えない、暗い空へ消えて行く。


 私が背にして立っている、商業施設と一体になった巨大な駅へ、雑踏が吸い込まれていく様をぼうっと眺めた。途端に退屈になって、欠伸が出る。


 朝からのんびりしている私の様子が、羨ましいのか腹立たしいのか、駅に向かって来る人々の一部から、絶えず視線を感じた。


 まあ、ここから徒歩五分の位置にある高校の制服を着ておきながら、いつまでも突っ立っていては目立ちもするか。私はこの街出身の徒歩通学者なので、駅にいる時点で不自然は始まっている。毎日一緒に登校している鉄村てつむらが、どちらかの家の前と決めているいつもの待ち合わせ場所を、今日は駅前にしようと提案して来たのだ。


 しかし遅い。


 傘を左手に持ち替えながら、濃紺のブレザーのポケットに右手を突っ込む。取り出したスマホに続いて、先端に白い小石が付いた、ステアレザーのストラップが飛び出した。指紋認証でスマホのロックを解除して、メッセージアプリを立ち上げる。


 昨日寝る前にした鉄村とのり取りを確かめるも、矢張やはり待ち合わせ時刻は、午前七時となっていた。画面の左上端に示されたデジタル時計へ目をやれば、現在時刻は午前七時十五分に入ろうとしている。


 ……誘っておいて遅刻とはいい度胸だ。七時半までは待ってやろう。


 しっかし、何でお互いに徒歩通学なのに、駅で待ち合わせしようなんて言ったのか。


 怪訝けげんな顔になってスマホをしまうと、正面を見た。


 横たわる、車一台しか通れない道路の向こうでは、本屋に銀行、飲食店から宝石買取店まで、何でも揃った雑居ビルが空を刺すような群れを成している。でもこんなもの、いつもの景色であって変化は無い。鉄村が今日、ここを待ち合わせ場所にしなければならない理由とは何だろうか?


「ご協力お願いします!」


 不意に、左手から声を掛けられる。


 少し眠気を飛ばされた目を、丸くしながらそちらを向いた。


 ラフな私服姿にビニール傘を差した、大学生ぐらいの女性が立っている。こちらへ差し出している右手にはA4用紙が握られ、女性の目は真っ直ぐ私を向いていた。


 ……こんな朝早くから、チラシ配り? 選挙だろうか?


 怪訝な顔になりながら受け取ると、女性は愛想よく微笑んで去って行く。


 辺りの通行人の中から、女子高生を見つける度にチラシを配って行く女性の背を見送ると、左手に残ったチラシに目をやった。


~違法魔術使用、ダメ、絶対。~


STOP!! 違法魔術! 違法魔術の使用は、犯罪です! 


正式な魔術の使用は、魔術師以外に認められていません。


魔術とは、魔術師が魔法使いを退治するために、魔法を元に作った危険な武器です。一般の方が扱えるものではありません。


誰でも使えるといううたい文句で、皆さんに近付いてくる魔術は違法なものです。これが違法魔術であり、使用すると心身に大きな影響を及ぼします!


あなたの心は穏やかですか? チェックを入れてみましょう。当てはまる項目が多い程、あなたの心は不安定です。違法魔術の誘惑に気を付けましょう!


□保護者に褒められた経験がほとんどない

□いじめを受けている

□兄弟や姉妹と比べられてきた

□コンプレックスがある

□家や学校に居場所がない

□嫌なことをされても笑顔で誤魔化してしまう

□保護者や先生に褒められたくて、いい子を演じてしまう

□将来の夢や目標がない

□友達がいない

□自分に自信がない

□自分の気持ちをうまく表現できない

□友達との付き合いにストレスを感じている


 引きった笑みが浮かんだ。


 嘘だろ八つも当てはまる。


「おおい! 何だコラァ、オラァ!」


 朝の喧騒を裂くように、呂律ろれつの怪しい、若い男の怒声が響いた。


 駅周辺を歩いていた雑踏が、驚いて一時停止する。だがすぐに辺りを気にしながらも、思い思いの方向へ歩き出した。


 私もチラシから頭を上げていたが、目の前を行く人混みの中に、それらしい人物は見当たらない。


 ……終電を逃した酔っ払いだろうか?


 この辺りの雑居ビルには、飲み屋が多い。終電間近にこの駅にやって来れば、酔い潰れてホームで寝ているサラリーマンが毎日見られる。


 でももう朝の七時だし、始発なんてとっくに出てるけれど。


「何だっつってんだよお前コラァ」


 再び男の声が上がった。


 声が聞こえた方向を頼りに、人混みの間をうように視線を投げる。目の前で横たわる道路と、十字になって結ばれている大通りで、悪趣味な白ジャージを着てわめく男が見つかった。


 ……どうせ、あの大通りにあるネカフェから出て来た飲んだくれだろう。


 余り朝早くからこの辺りを通るとあのような、深夜の気分を引きったままの変人と出会う。街の人もそれは分かっていて、早朝や深夜に、ここをランニングコースに取り入れる女性はいない。


 通行人は誰しも先を急いでいて、男の存在を見て見ぬ振りをしている。どうせ誰かが仲裁に入るか、警察を呼ぶのは分かっているからだ。静かとは言えない街だから、荒事あらごとかわし方には誰しもさとい。道行く人が無視を決め込んだり、好奇心を剥き出しにした目を向けても、動揺はしていないのがその証拠だ。私の気持ちだって凪いでいる。


 絶え間無く私の視界を遮る雑踏に隠れていた、男が絡む相手の正体が、チラシを配っていたあの女性と知るまでは。


「あの、すみません」


 傘を閉じ、往来を躱しながら近付いた私は、男の腕を掴みながら声を掛けた。

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