第一話にあたる「バッドエンンド」と繋がります。エピローグを冒頭に持ってくるスタイルですので。最終話をお読みになった方は、またぜひとも第一話「バッドエンド」と比べてみてください。
怪物は僕にその大きな口で呪文のようで、禍々しい文言を発しました。怪物の身体が煙に巻かれ、僕に向かってきます。
慌てて後退しましたが、仰け反ってしまった僕を逃がさず煙は僕を飲み込みます。息ができません。焦げた肉の臭いと生ものが腐ったような甘くて臭い臭いが混じっています。肺にまで達して吐き気をもよおしました。
けれども、吐しゃしたのは胃液ではなく、唾液でもなく、獣の唸り声でした。
鍵の怪物は息絶えました。けれども、僕はローブを脱ぎ捨てて咆哮します。僕の皮膚を灰色の毛が突き破り、僕は僕でなくなったことを嘆きました。この声も、人の声とは明らかに違う声。女神を憎むような悲しい声でした。
意識が完全になくなる前に、僕は短剣をローザ様に届けなければなりません。脳内をほの暗い感情が這ってきます。
〈僕は鍵の怪物。扉を開けるのが使命。今は誰かのおかげで開いています。閉じられる前に女神ヲ殺セ〉
できません。僕はローザ様の手のそばに短剣を置きます。
〈女神ヲ殺セ〉
僕にはできません。できません。できません……。感情がせめぎ合います。ローザ様が目覚めるまで。僕は耐えてみせます。
「それまで。僕ハ、ここニ、イマス、ズット、イル」
何分過ぎたのでしょうか。僕は意識を保てなくなりそうです。
白いドレス。腕のすそが広がったドレス。腕の関節のところに紺色のリボンが巻かれています。後ろで結った透きとおるブロンズの髪。彼女の胸が呼吸をはじめました。
ドレスの肩から胸元にかけてあしらわれたフリルが揺れます。
ローザ様が息を吹き返しました……。
僕に気づいてくれます。手元に短剣があることに気づいてくれましたね。早く僕を殺して下さい。
お願いします。殺して下さい。
よだれが落ちます。ローザ様がのけぞって目を覚まします。驚きで声が出ないようです。一拍おいてから僕の姿をお認めになります。
「ジュスト! 助けて!」
僕の名前を呼んでくれましたね。これで、僕は満足して死ねます。
僕が僕で亡くなる前に殺して下さい。
そして、ローザ様は女神に戻って下さいね。復讐なんてことは考えなくてすむように。早く僕を殺して下さい。
僕は、ローザ様が黄金の椅子に座っている姿をいつも思い描いていました。
だから、今、目の前でローザ様が何に恐怖しているのかだんだん分からなくなっても、ローザ様の姿だけは思い描けるんです。
僕の意思とはちぐはぐな動きをしている僕の身体。お願いします。ローザ様、殺して下さい。僕はあなたの生贄です。
「グガアアアアアアアアアアアアアアア」
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私は黄金の椅子に座った。ここから深く暗い穴を見つめ続けるの。
こちらに迫ってくるように渦を巻く穴は、私の赤い瞳で見つめている間はその大きさを変えない。誰もとおることのできない小さな穴になる。
「ジュスト。ごめんなさい。私全部思い出したわ。私がとどめを刺した怪物はあなただったのね。私を女神に戻すために。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
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