「この方は女神ローザ様です。言葉を慎みなさい」
僕は普段あまりきつい口調で話さないのですが。町人は、僕の言葉に反感どころか怒りを顔に出します。
「見れば誰だって分かる。女神が地上にいていいわけがねぇ」
百姓らしき男性はそう言いました。
「女神が降りて来たせいで、俺の子供は皆殺しにされちまった」
どういうことでしょうか。さきほどの町の静けさは、やはり異常だったのですね。怪物は、あの一匹ではないのでしょうか。とにかく、話し合いましょう。
「女神ローザ様は、妹の聖女リア様を助けるために黄金の椅子から降りてきてくださったのです」
これにはやじが飛びます。
「だったら、リア様はどうした? 何故一緒につれていない?」
反論のしようがありません。リア様の埋葬を、町民は知っているのでしょうか。
とうとう僕らは石を投げられました。
「ぶ、無礼ですよ?」
「うっせえ、権力者が!」
僕の役職は貧民層、特に農家の人々に嫌われています。そうですよね。肉体労働をしなくても、お給料はもらえますから。にしても、ふに落ちません。女神に石を投げてはいけません!
「いい加減にして下さい」
「天上に帰れ! とっとと帰れ」
胸が締めつけられます。
「いいのよ、ジュスト。さあ、あの怪物を追うわよ」
石はローザ様にも当たりました。赤い血が頬を撫でていました。痛々しい。出血多量で死んでしまいます。いや、実際には死なないのでしょうが、見ているこっちがめまいに見舞われます。
なんて、面倒な体質なのです! 僕は目を半分閉じてローザ様の盾となり、洞窟に駆け込みます。町民の怒声。さっきまでいっしょに教会で僕の説教を聞いて下さった方々もいました。
「女神は地に降りてきたらだめなんだ!」
嘆きの声でした。絶望の声です。僕だって聖女リア様を失いましたし、姉である女神ローザ様も気丈にふるまっておられますが、心は泣いています。
町民の声が洞窟の奥まで木霊してくるようです。
僕らは民を裏切ってしまいました。
神官と女神という高位にありながら、人々を絶望に叩き落すようなまねをしてしまったのです。
「女神ローザ様。僕はローザ様が黄金の椅子を放棄したこと、決して間違いではないと思います」
ローザ様の黄金の髪が洞窟の冷気でなびきました。
「私は、もう女神なんかじゃ」
「いいんです。僕は女神ローザ様が人として降り立って下さったこと、間違いじゃないと思います」
とにかく、怪物を仕留めなければ。僕の短剣で何ができるのかは、分かりませんが。
「あれは、鍵の怪物の仕業」
ローザ様は、洞窟の中腹に差し掛かったころにぽつりとこぼされました。足元はじめっとした土。鍾乳石が突き出しています。裸足でうっかり鍾乳石を踏んでしまっています。僕はローザ様の足の指から血が出ていることを見逃しませんでした。
あ、痛々しい! でも見てしまいました。
「あの、これで足を」
僕のローブをまた止血代わりにちぎって渡しました。
「ありがとう」
ローザ様が足を止めます。けれども、目は洞窟の奥の闇を見据えています。
「鍵の怪物とは魔物みたいなものなのでしょうか」
「そうね。でも、あれは黄金の椅子に座っていたときから、この地上に住んでいたの」
「どういうことです?」
ローザ様の赤い瞳がくぐもったように見えます。俯いて、僕が止血をする手の動きをじっと見ています。
え、緊張してきました。血ですよ。いつ、意識が飛んでもおかしくない状態で僕は手を動かしているんですよ。
「鍵の怪物はいつも、私が黄金の椅子から降りてくることを願っていたわ」
僕はそっと耳を傾けました。縛ってしまえば血も見えなくなりますし。あ、だめですね。にじんできました。手に汗をかきます。
「私が妹を聖女として地上に送り込むように、女神と対極にある悪、破滅が怪物を地上に送り込んだの」
ローザ教では女神ローザと対極の位置にあるのは、「破滅」です。
人によっては分かりやすく「死」や「悪魔」ととらえる人もいますね。僕は「破滅」としてそのまま伝えています。
「悪魔」のような姿を持つ存在ではないからです。倒すこともできません。人が罪を犯すように「破滅」は、僕らの身近にあり続けますから。
しかし、その「破滅」が鍵の怪物を地上に送り込んできたのです。
これは用意周到な計画だったのではないでしょうか。女神を黄金の椅子から降ろすには、女神と繋がりのある聖女を狙うのは当然です。
「私はリアを……人として生活させてあげたかったのよね」
「分かりますよ。聖女リア様が半分神で半分人間だということは、みな知っていますよ。僕らは聖女様として敬いながらも人として接してきました。だからみな、悔しいんです」
石を投げられたけれど、彼らの思いも分かっています。
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