ハーフタイム中の事、インビクタスアムトのメンバーは前半戦の反省と後半戦の作戦を同時にたてるべくミーティングを行っていた。
機体は今頃整備士達が補修してくれている。
「ミーティング前に良い知らせがあるわ」
「お、なんやなんや」
「配信チャンネルに応援コメントがあるとかかな」
武尊と心愛が真っ先にくいついた。そんな彼等を「ふふん」と得意げに見ながら祭が続ける。
「なんと、あのクソ兄貴から『ハミルトンを動かせ! でないと試合の意味がないだろう!』とキレ気味に催促されました。どうやら視聴者が激減して宣伝効果が薄くなってきたらしいわ。
ププブ、アーハッハッハ! ざまぁみろクソデブ陰険メガネ! メガネはかけてなかったわ」
思いの外くだらない知らせだった。
「え、もしかして僕があまり動かないよう指示したのってこのため?」
「可能性ありやすね」
それはそれとして。
本格的にミーティングしないと時間がなくなるので、厚が前にでて祭と二人で進行させる。
「前半戦は皆良い動きしてたわ。ハミルトンを封印してたのにこの程度の点差ですんだのは僥倖よ」
「はい、我々のプレイは彼等にも通用する事の証明です。そこで後半からはいよいよハミルトンを解禁していきます」
ハミルトンが攻撃に加わるだけで周りから「おお」と声が上がった。攻撃の選択肢が増えるのならそれに越した事はないし、ハミルトンの能力は皆よくわかっているので必ずタッチダウンをとってくるだろう。
「問題はビートグリズリーがメンバーを変えて来ることです。おそらく例の野田陽子さんがでてくるでしょう」
「確か守備が上手いタイトエンドだったね?」
「そうよ瑠衣さん、多分彼女も慣れない操縦システムで動きが悪くなってると思うから、そこが付け入る隙ね」
過去動画で見た彼女のプレイはまさに鉄壁だった。出した足が、伸ばした腕が、的確に攻めてきた機体を捕らえてくるのだ。少なくとも一対一で対峙したら勝てる見込みはまず無い。
倒そうと思えば複数でかかるのがベターだ。
「そこで後半の流れと作戦を教えるわ、後半戦始まって暫くは前半戦と同じようにやってちょうだい。まずは変化した敵チームの様子を伺うの」
「時間にしておよそ十分ぐらいで大丈夫です。とにかく現状維持に務めてください」
「そこからハミルトンの攻撃に入るわ、最初の一回は野田陽子のいない方から奇襲をしかけるわ」
「問題は二回目以降です。ハミルトンが警戒されれば野田陽子が止めに来るでしょう」
「そうなればいくらハミルトンのスピードでも抑えられるかもしれない、そのための対策をコーチといくつか考えてきたわ、まず」
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後半戦始まって五分程。
『現状維持に約十分やいうてもやで、五分で既に限界やわあ!』
『耐えるんだ関西の血を受け継ぎし闇の子よ! 風の申し子の我が打開してみせよう』
『お前の厨二力も限界やないかい! 何が関西の血を受け継ぎし闇の子やねん!』
涼一の厨二力は確かに限界を迎えていたが、後半に関しては口にした通り打開してみせた。ソルカイザーは元々フロント機にしては珍しくパワーで相手を抑えるのではなく、打撃で相手にジワジワとダメージを与える機体なのだ。
それまで対峙していた相手を殴り倒してから、武尊のアリが拘束していた相手を殴って行動不能にした。
『助かったわ、しかしほんまキツいで』
『頑張って武尊ちゃん! あと五分耐え抜いたら宇佐美ちゃんが何とかしてくれるから!』
とレオニダスの大盾で相手の突進を受け流しながら大蔵が励ました。流石は元プロというべきか、やる事がハッキリしてる分キッチリ仕事をこなしている。
息一つ切らしてないのは見習うべきだろう。
しかし武尊が弱音を吐くのも致し方ない。なぜならビートグリズリーは後半戦に入ってから攻撃が苛烈になったのだ。それもエースの野田陽子が出てきたからにつきる。
野田陽子とフルバックの二人で守備は充分と考えたのか、あろう事かその二人だけ残して他が全て攻撃に回り始めたのだ。
これだと流石にこちらは全員で守備に回らざるをえない。二軍かつ慣れない操作システムとはいえ、仮にも経験豊富なプレイヤーと半分以上が素人の新設チーム、最初こそ均等をとれたが、徐々にバランスが崩れようとしていた。
『不味い! ランニングバックが抜けたわ!』
祭のエルザレイスを抑え、ビートグリズリーのランニングバックがインビクタスアムトのエンドラインへ迫ろうとしていた。
今この機体を止められるのはフルバックの心愛だけだ。心愛はレバーを倒して一歩前に進み、クリシナのネコチャンを起動して発射する。ネコチャンはフィールドスレスレを真っ直ぐ飛んでビートグリズリーの機体へ接近、足を引っ掛けようとしたが、よろめいたのは一瞬だけで、あとはパワーで強引に進んでいく。
止められないと判断した心愛はネコチャンを腕とボールに貼り付けてからタックルを当てる。残念ながらスピードもパワーも劣るクリシナでは止めることすらできないが、相手は一瞬怯んだようでその隙にネコチャンでボールをつかむ腕の拘束を弱めてからボールをフィールドに落とす。
『フィールドオン! ボールキープインビクタスアムト! セレクト! スクラムorキック』
審判のボイスがスピーカーから響く。ボールがフィールドに落ちたので、スクラムかキックで仕切り直すということだ。
ボールの主導権はインビクタスアムト、スクラムかキックを選ぶことが出来る。
『キックで!』
祭は直ぐにそう答える。スクラムだと全員が固まって押し合い圧し合いしてボールを取り合う事から始まる。これは相手の陣形を簡単に崩せるうえに、パワーで優れば有利をとれる。しかしこれは相手も同じで、ボールを取られればこちらが不利となる。ましてやここはエンドライン手前、リスクが大きい。
対してキックなら、全員がボールの落ちた時の位置で始まり、尚且つキッカーだけは移動してキックを行える。一番の安全策であるが有利をとりにくい。
しかし相手が守備を疎かにしている今なら、絶好の攻撃チャンスだ。
『宇佐美君! 走って!』
「よし来た!」
武尊のアリがボールを蹴り飛ばす。上ではなく、真っ直ぐハミルトンのいる地点へ、ハミルトンは未だ封印状態だったのでボールの落ちた地点に近かったのだ。故に弾道のようなキックボールがインターセプトされることなくキャッチして走り出した。
『全員ハミルトンの壁になって!』
殆どのビートグリズリーの機体が自陣にいるため、フロント機体とバックス機体が一斉に壁となってハミルトンを守る。
仲間の背中で出来た道を走り抜けて敵陣へ、最高の速度で駆け抜けていく。不意をつかれた野田陽子も対応しきれないようで、スピードに特化したハミルトンに触れることすらできず通り抜けるのを許してしまう。
当然エースですら止められない速度のハミルトンを、同じく不意をつかれたフルバックが止められる筈もなく、ハミルトンのステップに惑わされてエンドラインを越えられてしまった。
「タッチダウン! あと二回とるよ」
続く追加点で七点を獲得した。
二一対一四、試合時間残り三十八分、インビクタスアムトが逆転するには充分な時間であり。ビートグリズリーが対策をとるにも充分な時間でもある。
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