『今年の稲荷カップは序盤から乱戦となり盛り上がっております!』
京都市南部、伏見稲荷大社の近くで開催されたラフトボール大会にインビクタスアムトの面々が参加していた。実況の言う通りこの大会は最初から荒れに荒れての大乱戦、かつ泥仕合になっており中々の盛り上がりを見せている。
かく言うインビクタスアムトが試合中の第三試合もその例にもれず乱戦となっている。
お互い一点も取れずにもつれ込んだ後半戦、前半戦同様にボールの激しい奪い合いが続いていた。
エンドライン手前、深く自陣にくい込んで来た相手のラガーマシンを、ネコチャンを駆使して転ばせてから心愛のクリシナがボールを奪い取った。
かなりギリギリだったのでファインプレーだ。
『祭ちゃん!』
『任せなさい!』
横に下がってきたエルザレイスにボールを手渡す。エルザレイスは両腕を繋げてカタパルトを作り、大きく振りかぶって遠投を試みる。
合わせて相手のラガーマシンが後ろに下がってワイドレシーバーの攻撃を警戒するが、ボールは飛んでこなかった。
エルザレイスはボールを投げる振りだけをして、長い腕でそのままカルサヴィナへと渡す。
まんまと乗せられてガラ空きとなったフィールド中央を素早く駆け抜けて相手の陣地へと乗り込むカルサヴィナ。
立て直して立ちはだかるラガーマシン、そこにソルカイザーが割って入って相手チームの守備陣に相対する。
『十秒待て妹よ』
『五秒でやって』
ソルカイザーは腋を締め、両拳で顔の下半分を隠すように構えた。
相手のラガーマシンがタックルを仕掛けてくる。ソルカイザーを押し倒して後ろから来る味方のラガーマシンにカルサヴィナを処理させようというのだろう。
『いーち、にー、さーん』
妹の澄雨による理不尽なカウントダウンを無視し、ソルカイザーはタイミングを合わせて踏み込んで相手の腕を殴る。強烈なジャブを受けてタックルの体勢が崩れる。
人間の体なら腕を殴られても軽くいなす事ができるが、多くのラガーマシンは動作を固定するので、こうやって一箇所バランスを崩すだけで全体が崩れる事がある。
ボクシングを始めた涼一が導いた新しい戦い方の答えの一つがこれだ。
案外腕を殴るというのは難しいのでこれは武器となる。
『ごー、ろーく、ダメダメ兄さんおつかれー』
『理不尽だ』
足払いでラガーマシンを倒して、続く相手のラガーマシンに立ち向かう。相手のタイトエンドだ。
両手に警棒のような物を持っており、絶妙にリーチが長く戦いづらい。実際これまでこのタイトエンドは警棒で的確にボールを叩き落として妨害してきた。
再びボクシングの構えをとり前に、短いステップで詰め寄ってストレートパンチをきめる……と見せかけてそのままタックルした。
『かかったなあ!』
上手く騙せて気持ちが良いのか、涼一がそんな事を叫んだ。
しかし、相手はそれを読んでいたのか、警棒でソルカイザーの両肩を上から強く叩いてフィールドに沈めた。
『兄さん、流石に今のはかっこ悪いよ』
『我もそう思う』
タックルは失敗したが、デコイとしては機能した。ソルカイザーが沈められると同時に横をカルサヴィナが抜けてエンドラインへ迫る。
フルバックが立ちはだかる、だがこのフルバックの動きは泥仕合と化した試合の中で何度も相対したため動きは覚えている。
『確か左が弱かったですよねぇ』
何度も戦ってわかった相手の弱点、癖なのかはわからないが左から攻めると若干反応が遅いのだ。
ゆえに、左から攻めて抜ける……つもりだったが、なんとこれまで見られなかったほどの反応速度で対応してきたのだ。
『わわわ』
咄嗟の事で対処できなかったカルサヴィナがあえなくフィールドに倒れてボールを奪われる。
どうやら相手は今の今まで左が弱いフリをしていたらしい。まんまと乗せられてしまった。
『妹よ、今のはかっこ悪いぞ』
『うるさいなあ、もう』
結局同点のまま延長戦にもつれ込み、人員が少ないインビクタスアムトの方が体力切れで点を取られて敗北する事となった。
帰路に着く電車の中、流石に今回は疲れたのか皆ぐったりとしていた。武尊や炉々は既に眠りについていた。
そんな中、控え室で応援していた宇佐美は涼一にボクシングの成果を称えていた。
「ボクシング、いい感じだったね」
「うむ、だがまだ殴る際の位置調整が上手くいかぬ、運に頼るところがまだまだ多い」
「ほほぉ、冷静ですなぁ」
普段は厨二発言が多い涼一だが、こと自己分析にかけては客観的になれるようだ。
「私、まんまと騙されました、私とした事が」
澄雨は相手に一杯食わされたのが余程悔しかったらしい。試合が終わってからずっと凹みっぱなしだ。
「いやいや、澄雨ちゃんはよくやってたよ」
「慰めなんていりませんよ」
「じゃあ……僕がいつも澄雨ちゃんの小悪魔発言に振り回された時の気持ちが少しはわかったと思うけどどう?」
「追い打ちはもっといりません」
不服のようだ。
だが今回は泥仕合だけあってか、皆学ぶところが何かしらあったようだ。あまり実績には繋がらなかったが、この試合は各々の成長に良い刺激を与えてくれただろう。
「いいなぁ皆、僕は再来週が待ちきれないよ」
羨ましがる宇佐美、彼の目は近い未来、二週間後へと向けられている。脳裏には愛機ハミルトンとその駆ける姿。
「いよいよだ。そしたらまたフィールドに立てる」
来たる二週間後、ついにACSの認可が降りて公式戦で使えるようになる。それが意味するところはつまり。
エースの復帰である。
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