「なるほど、そういう事が」
日付が変わろうとする直前、もう寝ようかとしていた宇佐美の元に、祭から電話が掛かってきた。
何事かと思い出てみれば、父親が意識不明となる事件が起きた時の話を聞かされたのだった。
『ほんとは最初に言うべきだったのに、ごめんね』
「確かに、でも最初に聞いてたらハミルトンに乗るの止めてたかも」
『はは、それは困るわね。今じゃ宇佐美君以外に考えられないもの』
しばし沈黙が続く。窓を開ければ秋の夜風がそよそよと肌を撫でて心地よい。空を見れば街の灯りで星は消えていたが、月だけは煌々と照り輝いている。
そういえばもうお月見の時期は過ぎてたなと思った。
「九重さんはさ」
『うん?』
「ハミルトンに乗ろうと思わなかったの? お父さんの機体なんでしょ?」
受話器の向こうで祭が息をのんだ。少しだけ呼吸が荒くなった気がしたが、直ぐに元へもどった。
『乗ろうと思ったんだけどね』
「ふむ」
『ハミルトンに近づくとあの日の事を思い出して怖くなるの』
「トラウマになっちゃったんだ」
『うん、正直今でも怖い。実は視界に入るだけでもだめなんだ』
「それでよく今までやってこれたね」
『気合いで何とかした!』
「気合いか!」
『気合いがあればなんだってできる!』
「嫌いじゃないその脳筋思考」
ふたたびの沈黙。秋の夜風はやはり冷たく、そろそろ寒くなってきた。窓を閉めてカーテンを閉じる。
締め切ると途端に静かになった部屋で、宇佐美は祭の言葉を待った。
『ほんとにこれまで通りハミルトンに乗ってくれるの?』
「うん」
『ありがとう』
「僕もだよ」
『私何かしたっけ?』
「ずっと前に言ったやつなんだけど、忘れちゃったんならもう言ーわなーい」
『何よそれー、言いなさいよ!』
「ワッハッハ、秘密秘密ー」
静かな部屋に笑い声が響く。気付けば日付はとうに変わっていた。
翌朝、インビクタス・アムトのグラウンドにアムトのメンバーと厚と大蔵が集まっていた。厚と大蔵の背後には大型のトレーラーが控えている。これは昨日置いていったものだ。
厚は宇佐美の前に立ち、その表情を伺ってから口をひらく。
「その様子ですと、ハミルトンを降りる気は無さそうですね」
「察しがいいですね、その通りです」
「私ももう降りろとは言いません」
「そうですか、それはつまり加入してくれると?」
「それとこれとは話が別です。実力を見せて頂けたらと」
「つまり勝負して勝てば入ると?」
「えぇ、三年もブランクのある私程度に勝てなければ弘樹さんのチームに勝つことは不可能ですから」
「いいですね、僕そういうの嫌いじゃないです。決めるの僕じゃないけど」
なにやらチーム代表みたいな立場で話をしているが、宇佐美は一介のメンバーに過ぎない。何事かを決定するにはまずチームリーダーの九重祭かコーチの桧山恵美を通さなければならない。
振り返って恵美に視線を送る。恵美の方は宇佐美の意図を察して短く頷いた。
「OKみたいです。ルールはどうしますか?」
「こちらが決めていいのですか?」
「あなたが決めたルールで勝った方がより納得しやすいでしょ?」
「なるほど」
少しだけ考え込む素振りを見せてから、厚は端末を取り出して機体データを確認し始めた。しばらくしてルールを決めたらしく改めて宇佐美と向き直った。
「ルールは三点先取した方が勝ちのミニゲーム、ボールを取られたり、もしくはフィールドに落ちたすると攻守交替、無論点が入ってもだ」
「つまり交互に攻撃と守備を入れ替えるわけだ、反撃のないアメフトみたいなものか」
「先にどちらかが三点とるまで交代し続ける。出場メンバーは、こちらは私と大蔵の二人、そちらは上原宇佐美と南條漣理と水篠心愛の三人」
人数的にはこちらが有利だが、ブランクありとはいえあちらは元プロのラフトボーラー、大したハンデとならないだろう。
だからこそ面白い。胸に燃えたつ炎の昂りを感じながら、宇佐美はもうじき始まる戦いに心踊らせた。
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