機体は貸してもらえる事になった。
宇佐美達としてはその場で実演してくれるだけで充分だったのだが、会長がせっかくだからと実戦形式でやる事になったのだ。無論マンツーマンで。
「起動プロセスOK、立ち上がりますよー」
宇佐美はスイッチを入れ、エンジンモーターを回転させて動力を血液の如く全身に行き巡らせていく。
それに呼応して各パーツが熱を帯び、固くなっていた機体を解して運動を始める。
教習所の機体と同じ型だったので苦もなく動かせるのは僥倖だった。
そもそも、助っ人用の機体だから教習所のと同じにしたのだろう。
膝立ちの状態からまっすぐ上に突き上げるように立ち上がる。その後、ジャイロセンサーの感度を確かめるため、あえて上半身を後ろに反らせてみる。ワンテンポ遅れて、左足が自動的に後ろへと移動してバランスをとったので問題はなさそうだ。
「上原宇佐美、準備OKです」
遅れて。
「武者小路枦呂、OKでありやす」
「七倉奏、準備できました」
3人の機体が並んで会長の前に立った。どれも教習所機と同じくマッシブな機体だ、凹凸が多く、その一つ一つが筋肉のように見える。カメラアイは一つのみ、カラーは青と白の二色のみで空をイメージするものだった。
「ではマンツーマンでやってみようか、上原君は瑠衣と、武者小路君は伊狩と、七倉君は俺とやろうか」
「「「はいっ」」」
返事をしたのち、宇佐美と枦呂はそれぞれ指定された場所へ移動する。
宇佐美を指導する瑠衣と呼ばれる人物は、先程の試合で棒術を駆使して防衛していたタイトエンドの人だった。
宇佐美と同じく空色のカラーリング、足回りはかなり太く、踏み込みの強さに重きを置いた作りなのだと思われる。
また両腕には大きな篭手が装備されている。おそらくそこに棒が収まっているのだろう。
それ以外の上半身は概ねスマートなもの、コックピットのある胸部だけは厚くなっている。頭部カメラはツインアイだ。
機体名は「ライドル」という。
「白浜瑠衣だよ。よろしく上原君」
脳が溶けるような、とても耳心地の良い爽やかな男の声だった。声を聞くだけで落ち着くような気さえしてくる。こういうのをイケボというのだろうか。
「上原宇佐美です。本日はよろしくお願いします」
ペコッと上半身を前に傾けてお辞儀をする。ジャイロセンサーが反応し、バランスをとるために臀部を後ろに突きだして重心をずらす。
「さて、いざ教えようにも、僕は棒術以外教えられそうなものがないな。ところで上原君のポジションはどこなんだい?」
「ランニングバックです」
「…………」
通信の向こうで息を呑む気配を感じた。無理もない、片足不随でペダリングも片足のみで行っているのだ、細かい動きなどできようもない。特にランニングバックというポジションは走り続けるために細かい操作が必要になる。
「驚いたな。てっきりフロントかクォーターバックかと思っていたよ」
ハミルトンに搭載されてるACシステムはまだ発表されたばかりで一般的認知には至っていない。それゆえ瑠衣の反応は妥当といえる。
「えぇまあ、色々あるんです」
「そうか、まあでも僕のやる事に変わりはない。役に立つかはわからないが、僕の防衛術を少し教えよう」
「お願いします」
こうして白浜瑠衣による教習が始まった。
先にタイトエンドポジションの説明をしておくと、タイトエンドはバックスポジションの一つであり、1チームに2人いる。
主にセンターバックとクォーターバックの間に位置し、役割は自チームの防衛、パス繋ぎ、相手チームのインターセプト等多岐に渡る。そのため何でも屋のような扱いを受ける。
「防衛だけど、やはり基本はタックルになると思うんだ」
「タックルですか」
「そう、僕のロッドみたいに武器を使う人もいるけど、やはりほとんどの人はタックルが基本になるんだ。ほら、片手が塞がるとパスキャッチしづらいし」
他にも理由はあるのだが、基本的に武器を好んで使う者はそう多くない。パスもそうだが、片手ではボールが安定せず盗られやすく、また落としやすい。
複腕で対処できるが、操作が恐ろしく難しい。2本しか腕のない人間が4本同時に動かす事などできはしない。
2本ずつ交互に動かすにしても、それでは複腕の意味があまりなく、また切り替え時の操作が一手間かかるので試合中は隙となる事が多い。
「そういえばタックルってあんまりやった事なかったですね。僕のラガーマシンは小さいので」
ハミルトンは4m程の大きさしかないため(これは最小のラガーマンと言っても過言ではない)、自分より大きな機体にぶつかっても当たり負けしてしまうと思いあまりやってこなかった。実際一度も成功した事はない。
「タックルにも色々種類があるんだが、そうだな……今回は簡単に小柄な機体でもできるタックルをやってみようか」
「はい」
「タックルは色々種類があるんだけど、大まかには2つに別れる。ずばりクラッシュとバインド。
クラッシュは相手をタックルで吹き飛ばす事だ。アメフトやラグビーではあまり見られないラフトボールならではのタックルだね。
バインドは相手を拘束するタックル。ラグビーではこれが一番多いし、推奨されてるね。
僕が今回教えるのは後者のバインドだ」
「たしか、相手の腰を抑えるんですよね?」
「その通り、腰以外でもいいけどね。それじゃ実際にやってみようか。ボールキャリアー(ボールを持つ選手)は僕がやるからバインドしてみて」
「わかりました!」
瑠衣はライドルの右手にボールを持たせ、肩でボールを挟み込むようにして前傾姿勢になる。いかにも走ってますというようなポーズでその場に留まった。
宇佐美はライドルの正面に立っている、ならばそのまま組み付いてしまおうと、機体の腰を落として上半身を下げながら突っ込む。下から突き上げるようにして身体を伸ばしながら両腕でライドルの腰にしがみつく。
バインドの瞬間、強い衝撃をコックピットに感じ、また頭部のカメラが揺れてモニターにノイズが走った。
「よし、思い切りがいいタックルだ。本来はこのまま僕をフィールドに押し倒すか引き摺り落とすかするんだが。
さて、どうだい上原君? 僕をフィールドに倒せそうかい?」
やってみる。
レバーをめいっぱい押してみるがライドルは全く動かない。踏み込みの足に力を入れ、もう一度押してみる。やはりダメだ。
勿論引いてみてもダメだった。
僅かに上半身が揺れるのみで倒せそうにない。
「まずは、踏み込んだ足をライドルの股の下に入れてご覧、正中線の下ぐらいだ」
言われた通り踏み込みの足を股の下へと移動させる。すると……。
「あっ、少し押しやすくなった」
支点と作用点が近くなる事で、力点に掛かる力がより大きくなるのだろう。先程よりライドルの揺れが大きくなった。
「正直に言うと、止まった状態では倒しにくいんだよ。
さて次は、さっき上原君は身体全体でぶつかりに来てたね、衝撃が強くなかった?」
「ええ、かなり」
「ぶつかる時はまず肩から入るんだ。肩で当たった瞬間に組み付いて押し倒すってね。こういう風にやるんだ」
ライドルは数mバックステップで距離をとったあと、ボールを宇佐美にパスをする。今度は宇佐美にボールキャリアーをやれという事だ。
走る構えのままライドルの動きを待つ。
「じゃあ行くよ」
ライドルが駆ける。ほんの数歩の距離を一息で詰め、腰を落としながら宇佐美のラガーマシンを見据える。ほんの一瞬時間が止まったような静寂が訪れた後、ライドルが肩で宇佐美のラガーマシンの胸に当たる。
思わずよろめいて踏み込んだ足を下げてしまう。
その間にライドルが腰をガッチリホールドしてそのまま持ち上げるようにしながら前へと押し倒していく。
あっという間の出来事だった。
第三者の視点から見れば何が起きたのかは辛うじてわかるだろうが、実際に受けた身としては何がなんだかわからない間に押し倒されてしまったのだ。
「すごいなあ、やっぱり本物は違うや」
これが本物のタックル、今までは見様見真似のなんちゃってタックルを受けたり仕掛けたりしていたに過ぎないのだ。
(そういえば、枦夢さんのタックルもかなり強烈だったなあ)
試乗会で受けた枦夢のタックルは槍のように鋭く、痛みと衝撃を全身に伝播させる程強烈だった。
今後、もう一度彼と戦うのであれば、あのタックルを対策する必要があるだろう。そのためにもタックルの知識はどんなものでも必要だと改めて認識した。
「よし! 白浜さん、もう一度お願いします!」
「いいとも!」
その後、あらゆるタックルをその機体で受け、また自身でもタックルを仕掛けたりして基本の動きを徹底的に叩き込む、そのようにして身体に覚えさせていく。
一つタックルを仕掛ける毎に、着実に身に付いてきてることを実感して嬉しくなってくる、それは意欲に繋がり、また新たな経験を脳に刻み込む助けとなる。
ただ、やりすぎて途中で酔ってしまい、吐いてしまったのだが。
数時間後、講習が終わった宇佐美達は感謝の意とお別れを担当の講師へと告げるべく、機体を降りて彼等と話し合った。
「色々教えて頂きありがとうございます。大変勉強になりました」
宇佐美が目の前に立つ瑠衣へと頭を下げる。
瑠衣は見た目も相当なイケメンであった。服装はチームのジャージだが、クリーム色の短い髪は乱れもなく綺麗に整っている。目は魅惑的な流し目、身長も高くスラリとしていた。読者モデルをしていてもおかしくない程整った外見である。
「こちらこそ、役に立ったのなら本望だよ」
イヤミも何も無い爽やかな笑顔で瑠衣は右手を差し出した。
宇佐美はまさか瑠衣の方から握手を求めてくるとは思ってもいなかったので、少し戸惑った後、自分が先に出そうとしていたのにという若干の申し訳なさをおぼえながら、恐る恐るその手を握った。
「……」
「……」
しばしの沈黙、そして突然の違和感。どういうわけか瑠衣は手を離そうとしない。
「あの、どうしました?」
「……済まない、少しこっちへ寄ってもらえるかい?」
「はあ」
言われるまま、1歩前に出ると。
不意に瑠衣が宇佐美の耳元に口を近づけたのだ、耳へ瑠衣の吐息を感じて心臓が跳ね上がる。
そのまま瑠衣は囁くように美声を発する。
「一つお願いを聞いてもらえないかな」
「ひゃいっ!」
宇佐美の思考はパニックを起こしかけていた。
(ふぉおおっ!? 耳! 耳が幸! ふぉおおっ!? いや僕にそんな趣味はないけども!!)
同じ男でも健二や武尊だとここまでパニックにはならないだろう、それというのも、瑠衣がイケメンすぎる見た目と心地よすぎる美声をもっているせいで脳が溶けるからだ。
正直、瑠衣なら誰が相手でもこうなるに違いない。女性なら卒倒ものかもしれない。
「良かった、お願いなんだけど」
そんな宇佐美の内情など瑠衣は当然知る由もなく、そのまま用件を告げる。
「試合してくれないか?」
「へ? ああそれならいいですよ」
違うものがくると思っていた宇佐美は拍子抜けして、つい即答してしまった。自分の発言が軽率だったと気づき、直ぐに訂正する。
「あああでもでも!! 九重さん……僕達のリーダーに聞いてからでないと!」
「いいとも、それじゃ詳しくは後で、僕の連絡先なんだけど……」
その後、連絡先を交換した宇佐美はすぐに九重へと試合の旨を伝えるメッセージを送る。
試合の詳細は後日という事でその日は一旦解散する事になった。
その日の深夜、寝る前に宇佐美は考える。
(ヤバい、うっかり道を踏み外すところだった)
イケメンは……怖い。
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