宇佐美がハミルトンの側へ寄ると、丁度1人の女性がリフトで降りてくるところだった。セミロングの黒髪をネットに包んで帽子に抑え込み、ツナギに作業靴と言った野暮ったい格好。
しかし女性らしい豊満な胸はツナギの内側から押し上げて一種の色気をだしていて顔立ちも美人そのもの。
その女性は見覚えのある人物であった。
「お久しぶりです。その節はどうも」
「あら、覚えててくれたの? お姉さん嬉しいわあ」
女性は試乗会の時、宇佐美がハミルトンに乗るのを補助してくれたその人である。介護の資格を持っており、整備士もしているそうだ。
「私は小沢 聖、正式にハミルトンの整備を担当する事になったから今後ともよろしくね」
聖は宇佐美へ右手を差し出す。しかし直ぐにその手がオイルで汚れている事に気付いて引っ込めた。
笑って誤魔化そうとする聖だが、宇佐美は特に気にしてないのか、近寄って己の手が汚れることを厭わず強引に右手をとって握る。
「よろしくお願いします。小沢さん」
「……ちょっとキュンときたわ、宇佐美君ってジゴロって言われたりしない?」
「いえ全く」
「そう、ならこれから言われるようになるのかもしれないわね」
「はぁ……?」
それはそれとして。
「さて、ハミルトンに乗る前に簡単な説明をするね」
「お願いします」
「基本は前回の試乗会と同じよ。ただデチューンを施しているから前より扱いにくいかもしれないとだけ覚えておいて」
「はい、わかりました」
「わかりやすいところでいくと、まず瞬間最高時速を80kmに抑えているわ、これはブースターを使っての速度よ。
それから、気体ケーブルの濃度を下げて、レスポンスを悪くしたから前より動きが鈍くなってると思う。でもその代わりに身体への負担は大幅に下がっているわ」
宇佐美の身体に合わせてハミルトンの性能を下げたという事になる。とどの詰まり今の宇佐美にはハミルトンを乗りこなす事が出来ないというわけだ。
「そのデチューンは、元には」
「君の成長に合わせて解放していくつもりよ」
「……わかりました」
整備士の言うことなら従う他はない。自分の身を気遣って機体を調整してくれたのだ、むしろ感謝すべきところだ。
宇佐美は一つ礼をしてからリフトに乗る。ゆっくりせり上がり、コクピットのカプセルへ己が身を滑らせる。
カプセルが収納され、内部にガスが満ちる。そこで宇佐美の意識は一度途切れる事になる。
九重祭のラガーマシンは6mギリギリの高さだった。
両腕は不自然に長く、膝下まで伸びており、また右手は普通の人型の手であるのだが、左手に指は無く、ただ器のように先が広がっているだけである。
そして左肩には何故か手の形をした装飾が施されていた。
体型は思いの外太く、重量級。丸缶のようにずんぐりとした機体だ。
カラーリングは赤を基調とし、関節や装甲の薄い太ももは銀色をあしらっている。
祭は静かにコクピットに乗り込むとスイッチを入れる。ハミルトンとは違って通常のコクピットだ。
電源が入り、モーターが唸りをあげて機体各部にエネルギーを血液の如く行き巡らせる。
明るくなっていくコクピット内で、祭は操縦レバーを引いて最初の一歩を踏み出した。
「ここから、ここから始まるの。お父さん……私、頑張るから。
さあ起きなさい……エルザ・レイス。夢見の時間はおしまいよ」
二つのカメラアイを光らせて、エルザ・レイスはフィールドへ向かう。
宇佐美がフィールドに戻ると、見慣れない2体のラガーマシンがチームに混ざっていた。
一体は赤と銀の分厚い装甲に包まれた重機のような機体。腕が長く、人型に近いフォークリフトのような印象を受ける。
もう一体は、バイクを人型に変形させたような外見をしていた。つまりクイゾウである。
クイゾウがビッグになって帰ってきた。
しいていつものクイゾウと違うところをあげるなら、背中にタイヤが二つぶら下がっているところだ。
「えと、おっきくなったね……?」
「自分の夢はビッグになることっすからね!」
「へ、へぇ……そっちは九重さんだよね」
「えぇ、ひょっとして女の子らしくないって思ってる?」
「そ、そんなこと!」
「いいのよ、私だってそう思ってるから。あとこの機体はエルザ・レイスって名前だからよろしくね」
それから祭はフィールドを歩き、ポジションにつく。
「ポジションはさっきと同じ、今度はボールを取ったら私まで回してちょうだい。宇佐美君は適当に走ってハミルトンに慣れて、ただし本気で走らないように」
「はい」
「よっしゃとにかくボールだな」
「とりあえずワイが突っ込んでみるわ」
気を引き締めて一同がポジションにつく。
そしてハーフタイムの終了を告げるブザーが鳴り、後半戦が始まる。
後半戦の始まりは、前半戦と同じくスターターからのランダム投擲から始まる。3つのカウントダウンが終わってから、ボールは斜め上に射出された。同時に跳び上がる6機のラガーマシン、最初にボールを捕ったのは南條チームの機体だった。
ボールをキャッチした機体は直ぐに後ろへ投げてセンターバックにまで戻す。同時に前へでて、目の前にいるクイゾウへ当たり、動きを止める。
見ると、他の前衛二人も同様に目の前の九重チームを止めに入っていた。
クイゾウは自分に絡みつく南條チームの機体を片手で掴んでから足払いを掛ける。相手がバランスを崩した瞬間に掴んでいる手を押し込んで地面に叩きつけた。
直ぐに横へ走って武尊の機体に張り付いている紫のラガーマシンへタックルを当てる。弾かれたラガーマシンは武尊を道ずれにしようとして武尊機の腕を掴む、武尊は一瞬バランスを崩したものの、何とか踏ん張ってその腕を殴って振りほどいた。
「ありがとやで」
「ういっす」
しかしその一連の出来事の間に、南條チームのセンターバックがボールを持ってハーフラインを超えて行ってしまう。
「追うっす!」
センターバックの正面にはエルザ・レイスが構えていた。
クイゾウと武尊は何とか追いつこうとブースターを吹かすもギリギリ追いつけそうにない。
もし祭が抜かれたらそのままタッチダウンか、キックでゴールをきめられてしまうだろう。
「宇佐美はどこやねん!」
「ここだよ!」
突如横合いからハミルトンがセンターバックの下半身に飛びついて引きずり倒そうと試みた。センターバックは不意の突撃に対処しきれずそのままあっさりと倒されてボールを零した。
「武尊!」
「おう!」
すぐさま武尊がボールを拾って祭へパスをする。
少し時間が掛かってしまったが何とか当初の目的は達せられた。
「よくやったわ、あとは任せなさい! クイゾウ! 行くわよ!!」
「ういっす!!」
祭は徐にボールをエルザ・レイスの左肩にあてる。すると左肩に着いている手の形をした装飾が動き出してボールを掴んだ。
次に祭はエルザ・レイスの右手を左手の器のようになってる部分に差し込んだ。そして左手先の器が包み込むように右手と一体化する。
右手と左手がくっついた少し奇妙な姿は、袖の下で合掌してるようにも見えなくもない。
「エルザ・レイスのお披露目よ、その目にしかと焼き付けなさい!」
不意に左肩が外れた。
正確には左肩の『手』が外れて右腕が異常に長いという状態になる。
四つの関節を持つ右手を大きく回しながら後ろへめいっぱい伸ばす。伸びきったところで手の甲から噴射炎がでる。
ブースターや姿勢制御スラスターとは違う、どちらかといえばその中間に位置するものだろうか。
噴射炎は手の甲だけではない、第1関節、第2関節、第3関節、それぞれの関節付近から炎が噴出して腕のバランスを保っている。
エルザ・レイスが右足を軸足として、左足で踏む、腰を上へ持ち上げるように捻りながら、長い腕を手甲の噴射炎の勢いそのままに振り上げた。
そして振り下ろすタイミングで手からボールが離れ、大きく空を飛ぶ。
詩篇作者ダビデが若い頃にゴリアテを投石で倒したように、エルザ・レイスも投石器の要領でボールを相手陣地深く目掛けて飛ばしたのだ。
「しまった! 全員下がれ!」
漣理がチームを下がらせるよう指示をだす。余程慌ててたのか、通信がオープンに切り替わっていた事に気づいていなかった。
「もう遅いっすよ」
フィールドを1台のバイクが駆け抜ける。
人型のラガーマシンではない、バイクだ。
クイゾウは自身の機体を変形させたのだ。変形といってもシンプルなもので、両手と両足でタイヤを挟み込んで身体を深く沈めただけだ。
時速70kmオーバーでフィールドを真っ直ぐ走り抜けながらボールの落下地点にまで最速で移動する。人型に変形しながらボールをキャッチして今度は人型で走りだす。
バイクの時の半分程の速度でクォーターラインを超えて、南條チームのフルバックと向かい合う。
流石に最後の砦とあってか、他の南條チームの機体に比べて一回り大きかった。
ラガーマシン状態のクイゾウとほぼ同じ太さの拳を突き出す。クイゾウはそれを軽くいなして外へと流し、自身は腕に沿ってフルバックを抜いた。
そのままエンドラインを超えてタッチダウンとなる。
キックゲームを武尊が制し、得点は21-7。
「残り20分、ギリギリだけどここからもっと攻めるわよ!」
「おう!」「ういっす!」「はい!」「はいな」
「次は宇佐美君で行くわ、宇佐美君はボールをとったらそのままタッチダウンをとってちょうだい、奴らの度肝をぬくのよ」
「が、頑張ります!」
全員がポジションにつき、開始のブザーが響く。
南條チームが初めてのキックオフを行う。ボールは九重チームのクォーターラインとハーフラインの間に落下した。
それを宇佐美のハミルトンが拾い上げる。
宇佐美が前を向くと、4人全員が前にでて南條チームの前衛を押さえていた。宇佐美から見て左にいるエルザ・レイスとクイゾウは、元々重量級の機体なためパワーでは負けていないらしく拮抗しているのだが、右の健二と武尊の機体は明らかにパワー面で南條チームの機体に劣っていたため、ジリジリと後ろへ下がらされていた。
「宇佐美! 悪いが長くもたねぇ!」
「せや! 今のうちに抜けてくれ!」
「わかった、5秒だけ耐えて!」
ハミルトンが走る。同時に健二と武尊が背中のブースターを使って足りないパワーを一時的に補う。
「「ぬおおおおおおお」」
きばる二人、その甲斐もあってか僅かだが健二と武尊の間にラガーマシン一台通れる空間が出来上がる。
宇佐美は外側から回り込む事を考えたが、残り時間や健二と武尊のブースター使用時間を考慮して、真っ直ぐその空間を通り抜ける道を選択した。
時速60kmというおよそ普通のラガーマシンでは出せない速度で走り抜ける。走りながら宇佐美はハミルトンの具合を前回と比較していた。
(確かに前より遅いし、なんだか身体が重い。デチューンを施したのは本当なんだ)
まるで鉛を抱えているかのよう。
間もなくフルバックとの戦闘領域に入る。フルバックはハミルトンの速さに戸惑いながら何とか正面位置を合わせてくる。
クイゾウと同じ太さの拳、ハミルトンにとっては自身の半分ぐらいの大きさの拳が突き出された。
何とか躱すも、ハミルトンは腕の内側へ入ってしまう、フルバックはチャンスとばかりに、逃げ場を失ってもなお前進するハミルトンを抱き抱えるようにもう片方の手を広げる。
ハミルトンが1秒で懐まで近寄った時、フルバックは両手をとじてハミルトンを捕らえようとする。
ハミルトンは身体を落としてブースターを起動する。足を伸ばしてスライディングしながら股抜けを敢行、ブースターで強引に前へ出て、つんのめりながら身体を起こして走り続ける。
そして2回目のタッチダウンをとる。
21-14、試合時期は残り11分、あと一回のタッチダウンで同点というところまでこれた。
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