「バジリスクと戦う前に一つ注意しておかないといけないわ」
いよいよ始まる予選最終日、控え室で試合が始まるのを待っている間に、祭が珍しくキャプテンらしい振る舞いを見せた。
しかし祭が言わんとしている事は概ね予想がついている。第九試合が終わった次の日から口を酸っぱくして言われて来たことだったからだ。
「ただ勝つだけじゃ駄目、っすよね」
クイゾウが先手をうった。ちょっと面食らった祭は一拍置いてから「ええそうよ」とニッコリ返した。
「三十二点、この試合で三十二点とれなきゃ勝っても負けても意味がないわ」
約一ヶ月続いた予選大会。十試合行って最も勝利したチームが次へいけるのだが、現状トップは無敗の甲賀バジリスク、次点で一敗の美浜インビクタスアムト、二敗の米原ボートキャシーとなっている。
つまりこの最終試合でインビクタスアムトが勝てばトップがバジリスクとインビクタスアムトの二チームになるわけだ。
「トップのチームが複数いる場合、その時は勝利した試合時の合計ポイントで決まる……だよね?」
教科書の内容を反芻するかのように心愛が言う。最近の彼女はラフトボールにおける戦術なんかを勉強し始めたらしい。あまり動かないフルバックだからこそよく見て考えようとしているのだろう。
「私達がこれまで勝った八試合の合計点と、バジリスクが勝利した九試合の合計点を比較すると、三十一点こちらが足りないの」
だからこそ三十二点取ったうえで勝利しなければならない。
逆に言えば、例え勝っても三十二点取れなければ予選敗退となってしまう。
もし三十一点とったうえでの勝利だと、同率トップとなってしまうため審査員がこれまでの実績を鑑みて勝利チームを決める事となる。
そして実績で言えば圧倒的にインビクタスアムトが不利なので確実に負ける。
「三十二点、単純計算で五、六回タッチダウンを取らなあかんねんな」
一回とるだけで毎回苦労してるので武尊はゲンナリと溜息を吐いた。
「ついでにハミルトンは今日もジャケット装備よ、たくましいのは好きだけども!」
大蔵が性癖を晒したが、ハミルトンがジャケット装備なのは事実なのである。
つまりこの試合でも重量制限があり、ハミルトンは満たしていないと言う事だ。
重量が満たされていない場合、タッチダウン時のポイントが半分になるので痛いハンデだ。六点が三点になる。ただキックはある。
「それなんだけど、鳥山や白浜先輩と話ながら策を考えたのよ」
「僕、あんまり無茶な事はやりたくないなあ」
『さあ予選最終試合も次で最後、現状ツートップの二チームが決着をつける! この試合の結果で近畿大会へ駒を進めるチームが決まると言っても過言ではない! というかほんとにこの試合で決まります。
実況は私、実鏡メコ! そして解説は甲斐説男さんです!』
『甲斐説男です』
『いやあ実はインビクタスアムトの実況は去年の冬以来ですねぇ』
『そうですね、ビートグリズリー戦では中々愉快な戦法がみれましたが、今回も期待しちゃいますね』
何処かで聞いた事ある声だなと思ったらビートグリズリーの時の実況と解説だったかと宇佐美がぼんやりと思う。そういえばあの時は緊張で落ち着かなかったのを覚えている。
宇佐美だけではない、祭も心愛も涼一も緊張で震えていた。漣理に至っては気絶していたくらいだ。
だが今は違う、試合数もこなしてきた今はあの時程震えていない、勿論緊張はあるが、それを楽しめるくらいには余裕がある。
「三分後に入場しまーす、用意してください!」
スタッフの案内に従って各人が機体に搭乗する。スタートアップは済んでいる。
宇佐美もまた整備士の補助を受けながらハミルトンのカプセルコクピットに搭乗する。コクピットが収納される直前、整備士長の聖が「頑張って」と声を掛けてくれた。
「はい!」
コクピットが収納され、ガスケーブルが接続される。ハミルトンと同調した宇佐美が目を開くと、連動してハミルトンの目が光る。
「インビクタスアムトの出場メンバーは入場してください!」
ファンファーレと共にインビクタスアムトのメンバーが順番に入場する。ハミルトン以外は自動操縦にセットしてあるので入場中は暇してるらしい。
反対側からはバジリスクが入場して来ているのが見えた。
お互いほぼ同時に入場し、同時にポジションにつく。
『おおっとこれは!! なんと』
『これは驚きましたね』
ハミルトンの入場はACS搭載なので一番最後だ。自動操縦ではないので必然的な処置、そのハミルトンが入場してからしばらくして実況と解説が何事かと声をあげた。
『まさかのハミルトン、ジャケットを装備しておりません!』
読み終わったら、ポイントを付けましょう!