宇佐美の目の前に聳え立つ赤い巨人は、ラガーマシンを見慣れてない者に相当な威圧感を与えてくるが、不思議と宇佐美には心弛びとなっていた。
「ハミルトン……九重会長、どうして僕のためにここまで?」
「このハミルトンはの、Assimilate Consciousness Systemというものを搭載しているんじゃが、いかんせん出来上がったばかりで実機データが足りないんじゃよ」
「はぁ……つまり、僕にテストパイロットをやって欲しいという事ですか……」
「そういう事じゃよ、無論強制はせん。説明もせずに強引に連れてきてしまったのは事実じゃしの。帰るというなら往復の交通費と僅かばかりの慰謝料を出させて貰おう。
しかし、もし乗ってくれるのであれば、給金と新しい景色をプレゼントしよう」
「安全性のほうは信用していいんですよね?」
「既に何百回と実機で操縦しておる、副作用も何も無いぞ。強いて言えば疲れやすい事ぐらいじゃ。
そして、言い方は悪いが、上原君のような身体障害者が搭乗した時のデータが欲しいのじゃ」
「なるほど、それじゃ……えっと、何とかシステムはどういう機能なんですか?」
「ACシステムと略して呼んでおくれ、簡単に言えば機体を自分の身体のように扱うものじゃ、別の言い方をすればラガーマシンになるじゃの」
それは本当に大丈夫なのだろうか。
宇佐美だけでなく、側で聞いていた上那枦夢も、眉をひそめて訝しげな表情を浮かべながら義晴をじっと見つめている。
流石に疑わしいのか、枦夢が口を開いて苦言を呈した。
「ACシステムについては私も監督から聞いております。実用化が近いとも、しかしそれでも疑念は払拭できません」
「ふむ、では彼を乗せるなと?」
「それは彼が決定する事なので、そこまでは言いません。ですがもし彼が乗ると決めたのなら、まず私が乗って安全性を確認させて頂きたい」
「枦夢!!」
枦夢の背後から、同じチームメイトと思われる選手が声を張り上げながら近付いてくる。
細身で黒縁眼鏡をかけた知性的な青年だった。ずかずかと大股で歩いて威圧するように枦夢の肩に手を掛ける。
「話は聞いていたぞ、得体の知れないシステムに乗って万が一の事があったらどうする!?」
「一応明日お披露目する予定だったんじゃがのぅ」
という義晴のボヤキが聞こえた。
「話を聞く限りでは問題は無さそうだ。そして大企業のトーラムマインドならいざという時の金銭的援助も心配ないだろう」
「それはそうだが!」
「このまま彼を乗せて万が一の事が起きた場合、それがトラウマとなってラフトボールを忌み嫌うようになったのなら、俺はそっちの方が嫌だ」
枦夢が目を細め、じっと力強く青年を睨めつけた。
説得は無駄と悟って観念したのか、眼鏡の青年は振り返って宇佐美を睨みつける。口にしなくてもわかる、「乗るな」と言いたいのだ。
チームメイトの大事だ、心配になるのはわかる。
あえて何も言わないのは彼なりの配慮だろう。
対して九重義晴は期待の眼差しで見つめている。こちらは「乗ってほしい」と思っているのだ。
そして枦夢は、どちらでもない。ただ宇佐美の決断を待っている。
「僕は……」
ふと、ハミルトンを見上げる。
義晴の言う通りなら、ACシステムを使えばラガーマシンを自分の身体にすることができる。そうすれば、走る事ができる。
それは、夢のようだと思った。
「僕は、乗りたい……です」
眼鏡の青年があからさまな落胆の溜息を吐いた。
宇佐美はその事に気付く事はなく、声を荒げ、肺の空気を全て押し出すように一気にまくしあげる。
「これに乗れば、走れるんです。この足じゃできない事ができるんです! 杖を使わずに、両手を思いっきり振って走れるんだ! たとえ本物の足じゃなくても、機械の足でも! 僕は、走りたい!」
言い切る。乱れた呼吸を整えながら周囲を見ると、皆ポカーンと間の抜けた表情を浮かべていた。
ただ1人、枦夢だけは表情一つ変えずに宇佐美の肩に手を置いて。
「よく言った。テストは任せろ」
と安心させるように言った。
だが宇佐美はそれを拒否する。
「いえ、その必要はありません」
枦夢はその言葉の意味をよく熟考し、一言「いいのか?」とだけ呟く。
宇佐美は「はい」とだけ返した。
「九重会長、僕をハミルトンに乗せてください」
「ありがとう、その言葉を待っていた」
こうして、上原宇佐美はラガーマシンに乗り込む事が決定した。
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