恵美の持つタブレット端末には先月行われたライドルとハミルトンの勝負の時の映像が流れている。
ライドルが鋭い突きを放ったところで動画は一時停止された。
「以上が白浜瑠衣の技能です、ライドルの性能は事前に送った資料の通りです。ハミルトンとの戦いを見ればわかりやすいかと」
「素晴らしい、この子の実力はスプリングランドでも通用しそうだ。うちのバカ息子よりよっぽど強い」
聖は恵美を連れて格納庫内を移動する。次に訪れたのはクイゾウのハンガーだった。
全長は5m半、バイクをモチーフにしているため全体的に細く関節の可動域も狭い。また背中にタイヤを2つぶら下げており、両肩にはマフラーがついていた。
一見すると弱そうだが、クイゾウの真価は可変する事にある。
「クイゾウはこのチームで唯一の可変機です。バイク形態になった時の最高速度はハミルトンを超えますが、まあ試合でそこまで速度が上がることはないでしょう。それとこの機体は遠隔操作なのでコックピットがいらず、その分可変動作が無理なく行われていますから機体の軽量化と整備性の向上がみられます」
「ふむ、ポジションはWRみたいだが、バイク形態だと相手を避けるのが難しいんじゃないかい?」
「そのための可変です、直線距離はバイクで、複雑なターンや回避は人型で。勿論使いこなせてるかどうかは別の話ですが」
残念ながら現時点で、クイゾウのパイロットである七倉奏は可変を使いこなせてはいない。
「扱いが難しいねぇ、遠隔操作のラグも考慮しないとだし……このチーム癖のある機体ばかりじゃないか?」
「あぁ……まぁ、そんなことは……ない……ですかね」
聖も完全には否定しきれない、機体だけでなくメンバーですら癖のある人間ばかりなのだ。もはや慣れすぎて感覚が麻痺しているが、確かに癖が強すぎる。
「じゃあ最後の機体を見せてもらおうか、確かリーダーの機体だったね」
「エルザ・レイスですね、こちらです」
「……これは」
おそらくこのチームにおける最も癖の強い機体、何故ならエルザ・レイスには左腕が無いのだ。代わりに2本目の右腕がついており、しかも掌が肩で肘が下、不気味としかいいようがない。
また全高は6mギリギリでガッシリとした体型なのに、フロントではなくバックスの機体だというから驚きである。
パワーはフロント機に劣り、スピードは機体が4tとかなり重いためバックスにしては遅い。何もかも中途半端に見えるが、エルザ・レイスは元々QB用に造られているため積極的に前へでることはない。
QBの役割はあらゆる情報を収集し味方に指示を飛ばすこと、エルザ・レイスの重量が重いのは他の機体よりも多くのセンサー類を積んでいるからだ。
また指示だけでなくボールを投げる事もするため、2本の右腕を合体させて遠くまで投げられる。
「直接的な殴り合いは弱いですが、指揮官機としてみれば」
「なるほどよくわかった……あと威圧感が凄まじいわ」
それは整備士も常々感じている。
「俺の名は桧山涼一、風と共に生きる男だ」
「はぁ、どうも……僕は上原宇佐美です。えっと……鼻から風をだす男です」
「ブフォ」
バス停にて、桧山涼一と宇佐美がお互いに挨拶を交わした。傍で涼一が変な事を言わないか気が気でなかった澄雨が宇佐美の自己紹介で不覚にも笑ってしまった。
「お前も風の男だったのか……なるほどひ弱に見えるが、よく見ると凍てつくような冷たいオーラを感じる」
「多分そのオーラがでたのは後ろのコンビニの扉が開いて冷風が出てきたからだと思うよ」
「ぷっ……クスクス」
バスが来るまで澄雨はずっと笑っていた、収まる頃にはすっかりお腹が痛くなっていたくらいだ。
しかし大分ツボったのか、バスに乗っても時折思い出しては口元に手をあててクスクスと遠慮がちに笑っていた。
「駄目です、ふふ。2人とも面白すぎです」
「僕達笑われてるね」
「とりあえず風を出してみたらどうだ?」
「ふんっ!」
宇佐美が鼻から風を勢いよく出したところ、彼女は更に身体を曲げて息も絶え絶えになるほど笑いがひどくなった。
数分後、バスはインビクタスアムトのフィールド近くのバス停で止まった。
「それでは私と兄さんは事務所に向かいますので」
「うん、また後でね澄雨ちゃん、風君」
「また会おう、風に導かれるまま」
「ふんっ!」
別れ際に鼻から風をだしてみたら澄雨がまたお腹を抱えた。
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