勝負が終わって間もなく、宇佐美は聖から整備棟へ呼び出しを受けた。
呼ばれるまま整備棟に行けば、ニッコニコ笑顔がとても恐ろしい聖が腕を組んで立っていた。
「宇佐美君、まずは勝利おめでとう」
「ど、どうも」
「それじゃあ私が呼んだ理由はわかるかしら?」
「えっとぉ、勝利祝いとか……だといいなぁ」
「ほんとにそう思う?」
「思いません」
サッと目を逸らした。大体わかっている、呼ばれた理由はただ一つ、説教だ。
「宇佐美君、あなた勝手にリミッターを外したでしょ、どうやって外したのかは今は置いておくわ。私達整備班や研究班がリミッターをつけたのはパイロットの安全性を高めるためよ。
本来ならあなたの身体検査やテストを重ねてリミッターを段階的に外していく予定だったのに、それを勝手に外されたら心配するじゃないの!
私達の目が届かないところで危険な事をしないで!
さっきだって心配で心配で生きた心地がしなかったわ! 」
「はい、すみません。気をつけます」
「わかればいいわ、宇佐美君には今度安全講習を受けてもらいます」
聖の説教はその後も一時間近く続いた。
宇佐美が聖の説教を受けている頃、事務所では祭と厚がチーム加入手続きを行っていた。祭も厚もこの手の書類作業には慣れたもので、スムーズに進んでいる。
「終わったらそこの机に置いといて、明日事務員にチェックさせるから」
「今日はいないんですか?」
「休暇中よ、明日は来るから挨拶はその時にしなさい」
しばらく厚が黙々と作業を進め、終わったら作業に使っていたタブレット端末を事務の机に置いておく、当然中のデータはバックアップ取ってある。
「終わりました」
「そう、ところで何であたしを対戦メンバーに選ばなかったの?」
「唐突ですね」
「今聞かずにいつ聞くのよ」
それもそうだ。
「まあ、簡単に言えば、クォーターバックをいれたら直ぐに終わるからですね」
「はぁ?」
クォーターバックは唯一ボールを前に投げる事を許されたポジションだ、遠投を行い、ワイドレシーバーがボールをとってタッチダウンを取るのが基本的な流れだ。
この場合ハミルトンがボールという制約無しで全力疾走するため止められる自信はない。また祭と宇佐美以外のもう一人が厚か大蔵を抑えてしまったらワンサイドゲームになってしまう。
「じゃああんた、自分が不利になるからあたしを入れなかったってこと!?」
「それだけじゃないですけどね、選んだ二人は私が見る限り今一番下手に思えましてね」
「まあ実際、そうだけど……でも今はどうかな」
心愛と漣理の技能は今回のミニゲームで飛躍的に上がっている。実戦が遥かに高いトレーニング効果を生んだのと、厚と大蔵という圧倒的技量差が、試合の中で二人を押し上げたのだろう。
実戦と格上との戦い、これらが揃ったからこそ二人の技能はチームでも随一の物になっている。
特に心愛の成長は華々しい。
「今はチーム内でかなり頼れると思いますよ」
「あんたもしかして二人を育てるためにやってたの?」
「さあ? どうでしょう」
「まあいいわ、次はあたしを誘いなさいよ」
「昔みたいにデートのお誘いですか?」
「ミニゲームよ!! あんたの事はもう何とも思ってないから!」
初恋はとうに終わっているのだ。今祭の顔が真っ赤になっているが、これはただ初恋してた頃にやってたアプローチを思い出して恥ずかしくなっているだけだ。
「あれは黒歴史よ、記憶から消し去りたいわ」
祭が厚を苦手としてたのは主にこれが原因である。
それからしばらくして、整備棟に祭が呼び出された。そこには聖と説教されてぐったりしてる宇佐美が待っていた。
「何かしら?」
「宇佐美君にリミッター解除した方法について聞いてたんだけど、意外な事が判明したの」
「何? 宇佐美君が実は凄腕ハッカーだったとか?」
むしろそうであった方が聖としても今後の対応が楽だったろう。
「違うのよ、実は」
聖は宇佐美から聞いた話を全て話した。流石の祭も突拍子がなくて戸惑ってしまったが、自分の中でじっくり咀嚼していくうちに何とも言えない感情が押し寄せてきて薄らと涙を流した。
「それ、ほんと?」
「ええ、宇佐美君から聞いた特徴が宗十郎さんと一致していたわ。間違いなく宗十郎さんがハミルトンの中にいる」
「じゃあお父さんはハミルトンに乗り移ったの?」
「いいえ、本人も言ってたけどあれは意識データのコピーなの、そもそも宗十郎さんはコックピットから出される直後まで意識があったじゃない」
そして「ハミルトンは生きている」という言葉を残して昏睡状態となった。
「つまりハミルトンが生きているってのは、お父さんの意識データがあるからって事?」
「これはもうただのラガーマシンじゃないわ、新しい生命体よ。ただ現代の生物学的には生命体として認められないけど」
「これからどうするの?」
「とりあえず研究班を問い詰めるわ、あいつらまだ隠してる事ありそうだし。もしかしたら貴方のお兄さんがハミルトンを欲しがるのもそこに理由があるのかもね」
「あのデブ、わかったわ、あたしはこれまで通りチームとして活動していく」
「ええ」
今後の方針は決まったところで、聖がフフと微笑んだ。
「宇佐美君が来てからまだ半年しか経ってないのに、色々な事が起きたわね」
「確かに」
つられて祭も口元を緩めて微笑んだ。それから二人してぐったりしてる宇佐美を見つめる。彼が二人の会話を聞いていたのかはわからない。
上原宇佐美がチームのスタート地点となったのは確かだ。果たしてゴール地点ではどうなるのか、宇佐美の今後が楽しみだと思えた。
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