インビクタスアムトの格納庫では、聖から恵美コーチへの機体説明がまだ続いていた。
男子の機体が続いたので、次は女子の機体となった。
最初に選ばれたのはアリとクレイの同型機である『クリシナ』と『ヘイクロウ』だった。
クリシナの全長は4.8m、女性らしい砂時計のような体型で胸部がやや大きめになっている。白桃色のカラーリングのおかげで柔らかな印象を与える。
マッシブなアリとクレイの同型にしては見た目が違いすぎるのだが、これは単純にフレームと機関が同じなだけでガワが違うというだけである。
「パイロットは水篠心愛、現メンバーでは一番経験が少ない子です」
「フルバックにしては装甲が薄いし軽そうだね、これでは当たり負けしちまうんじゃないかい?」
「えぇ、実際耐久性は一番低いです。代わりに機動性が高く柔らかい動きが得意です。何気に一番才能がある子だと整備班の間で話題ですよ」
「会うのが楽しみだねぇ、それに面白い物も付けてるじゃないか」
恵美が指を指した所はクリシナの腰である。そこには丸い円盤のようなものが四つぶら下がっており、正面からでは見えづらかった。
「あぁ、あれはまだ練習中で実戦ではまだ未使用です……本人も上手く使えないと嘆いてました」
「でも使えるようになれば大きな武器になる」
「そうですね。プロでも使ってる人は少ないですから」
クリシナはここまでで、続いてヘイクロウの前にでる。
こちらも逆三角の女性的なフォルムで同型機のクリシナと違って全長が小さいためより少女のイメージがある、しかし色が赤銅色なためやや官能的だ。
機体性能そのものはクリシナと変わらず特徴はないが、小さい上に量産機なため整備性が良いと整備士が歓喜している。
「違いといえばスラスターが多いね、それと腰に差してる2本の棒かね」
「旋回性能を上げるためにそうなってます。腰に差さってるのはセンスバチ、パイロットの武者小路枦々がデザインした武器です」
「前の試合の時の動画を見た感じじゃインターセプトが得意な機体のようだけど、そのセンスバチを使ってはいなかったような」
「えぇ、枦々ちゃんはよく自分がセンスバチを装備してる事を忘れます」
「自分でデザインしたのにかい?」
「……はい」
緊張で上手く操作出来なかったのだろうか、実際試合慣れしていない新人が緊張で操作方法や自機チェックを怠ったりはよくある話だった。
そのあたりはおいおい実戦慣れさせていくしかない。
「それじゃ次はあのデカブツにしようかね」
「碇須美子のジックバロンですね」
5.9mもある巨体、他の逆三角機体と違って四角体型のずんぐりした物。脚が長く太いため相対的に胴体が小さく感じられる。両腕は丸太のようというよりは柱のようだ。どこからどう見てもパワーに溢れた機体である。
また赤く塗ってはいるのだが、前の塗装の名残か部分部分が青い。
「正直これに関しては説明なんて必要ないぐらいド直球にパワー機体だねぇ」
「小細工も何も無く純粋にパワーにのみ特化させた機体ですので、見た目以上に説明できるとこは少ないです。しいていえば重量が重いので脚部の負担がハミルトン並に大きい事ですね」
「そいつは取り扱いに気をつけないといけないね」
「いやぁ、新メンバー加入は聞いてたけどまさか澄雨ちゃんだったとは」
昇降口から学校を出て、校門前にあるバス停でバスを待ちながら、宇佐美は何気ない話題を澄雨に振った。
やはり転校生が新メンバーだったというのは衝撃が強すぎたのだ、ちゃん付けで名前呼びするハードルを取り払うぐらいにはインパクトが強かった。
「私は宇佐美先輩がメンバーだということを知ってましたよ」
「そうなの?」
「ここへ来る途中の新幹線の中で大学チームとの試合と、一騎打ちの動画を観ましたので、その時にメンバーの顔と名前は一通り覚えました」
「おぉ凄いな。ていうか動画かぁ……恥ずかしいところ見られたなあ」
思い返してみれば、大学チームとの試合ではカフェイン中毒で途中退場し、一騎打ちでは最終的に勝てたもののライドルに滅多打ちされた挙句、枦夢には手も足も出なかった。
いい思い出ではあるのだが、誰かに見られたとなると恥ずかしい思い出だ。
「そんなに恥ずかしがるようなものでもないと思いますが…………ごほん、いえ、宇佐美先輩の恥ずかしいところ、いっぱい見ちゃいました!」
「君初対面なのにグイグイ弄ってくるね」
「段々慣れてきましたので」
「イヤな後輩をもったなあ」
「末永くよろしくお願いします」
「結婚するんじゃないんだからさ」
「えぇ? もしかしたら私と宇佐美先輩が結婚するかもしれませんよ?」
「あるの?」
と真顔で尋ねられた澄雨は顎に手を当ててしばらく考え込み、熟考に熟考を重ねて得られた論理的思考を心の重箱に詰め込んだ結果、1つの答えを導きだした。
「……今のところ全く想定できません」
「でしょ? ……あ、バス来た」
残念ながら甘酸っぱい青春めいたイベントは発生しない。例え純情な少年であっても、小悪魔な後輩であっても、現状根っこのところが淡白な2人だとこうなる。
到着したバスに乗り、空いている真ん中の長椅子に並んで座る。『発車しまーす』というアナウンスが流れ、扉が閉まろうとした時の事。
校門前から「待ってくれええええええ」と叫びながら全力で走る少年が見えた。
「あ、あれは」
隣に座る澄雨が少し渋い表情を浮かべた。
「うおおおおおお! まーにーあーえーー!!」
と叫ぶ少年の目の前で扉が閉まり、バスは無常にも発進した。
間に合わなかった。
AIによる自動運転のバスなため、一定範囲に人がいなければ予定通りに扉を閉めて発進するようになっている。ゆえに仕方の無いことだ。
「あちゃー」
「兄がお恥ずかしい姿をみせました」
澄雨が心底呆れたといった風で言葉を絞り出した。
「お兄さんだったの?」
「はい、双子の兄で桧山涼一と言います」
「そういえば双子が加入するって言ってたけか」
言われてみれば先程の少年と澄雨はどことなく似ている気がするのだが、観察できたのはほんの数秒なので確信はもてない。
メンバーだというなら後で確認すればいいかと思いとりあえず頭から弾き出す。
「元気そうなお兄さんだね」
「ただの厨二病をこじらせた馬鹿ですよ、私服なんて全身真っ黒で髑髏がプリントされたTシャツを好んでますからね」
「お、おう」
「ラノベしか読まないのに文学少年気取ったり」
「いやラノベも立派な文学だと思うよ」
「ちなみに宇佐美先輩の好きな本はなんですか?」
「エルマーの冒険」
「懐かしすぎて心が暖かくなりました」
「それはよかった」
無人バスは法廷速度を遵守しながら危なげなく市街地を走る。
次の交差点を曲がった先にあるバス停で、違うバスに乗り換えればインビクタスアムトの近隣まで辿り着けるのでそろそろ降りる準備をしなければならない。
予定通りにバス停に着いたので降りる。澄雨は定期券を持ってなかったので現金払いだった。
乗り換えのバスはあと10分でくるらしい。意外と待ち時間が長い、しかしコンビニへ寄れる程長くはない。どうやって時間を潰そうかと考えるが、一瞬で別の事に思考を割くことになった。
「ぜぇ……ぜぇはぁっ! 着いた!」
なんとさっきバスに乗り損ねた澄雨の兄こと涼一が肩で息を切らせながら立っていたのだ。顔は完全に真っ赤で若干肩周りで蜃気楼が発生してる。
顔の輪郭や目元は澄雨によく似ているが、やはり男の子ゆえか全体的に筋肉質でがっしりとした体型だった。
「やはり走ってきたんですね、涼」
「よう澄雨、少し走りたい気分になってな……へっ、ちょっと走ったら風を置き去りにしちまったぜ」
「強がりは程々にしてください、大方バスに乗れなかった恥ずかしさを誤魔化すために走っただけでしょう」
「ち、ちげーし、ただその……街に吹く風が俺に愛を囁くからさ、ちょっと付き合ってただけなんだって」
「はあ?」
澄雨は心底気持ち悪いと言いたげな冷たい視線を涼一に送る。双子の兄妹が愉快なコントめいた会話を繰り広げてるのを一歩引いたところで見ていた宇佐美は開いた口が塞がらない。
(キャラが……濃ゆい)
そう思った。
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