2回目の勝負が終わった段階で観客席では既に何人かが退出しており、200人ぐらいにまで減っていた。
尚、祭の言った300人は大雑把なものであり実際は260人程、しかもその内50人程は祭の会社の関係者だったりする。
「で、どうでありやす? あっしんとこの宇佐美は」
観客席は一般的なスタジアムみたいに階段状になっているわけではなく、空調の効いたボックス型の建物の中に椅子を並べたものである。
観客は椅子に座って大型モニターか、自分の端末でドローンからの空撮を見ることになっている。
「以前より機体性能が落ちてる気はするが、動きは格段に良くなっている」
観客席の一番前で、武者小路枦々と上那枦夢が並んで大型モニターを見上げていた。
「性能は大分リミッターが掛けられてるでありやすよ、本来の60%程度にまで落ちてるみたいでありやす」
「ほう、それはフルスペックのプレイが楽しみだ」
「フルスペック・ハミルトンでありやすか、中々いい響き……さて、それじゃそろそろいきやすか。従兄弟殿もウズウズしてきたんじゃありやせんか?」
「ああ、あの棒を使うラガーマシンも気になるからな。では……俺も祭りに行くとするか」
「姉御には話通してあるから遠慮はいりやせんぜ」
「助かる」
そして2人が観客席から立ち去ったそのタイミングで3回目が始まった。どういう結果になったのかを2人はリアルタイムで見ることはできなかったが、漏れ聞こえる祭の解説からそれを知ることができた。
宇佐美と瑠衣の勝敗が決した時、枦夢は密かに微笑んだ。
最後の勝負が始まった。
宇佐美は前2回と同じくフィールドを蹴って正面から突撃する。しかしこのままでは勝つことができない、初撃を避けても異様に早い二撃目で仕留められるからだ。
だが、対策はある。二つの勝負を犠牲にしたおかげでライドルのタネがわかった。
なんてことない、ライドルは二撃目が本命なのだ。初撃はあくまで牽制で、すぐ二撃目に移れるよう緩く持っている。2回目の勝負の時ロッドが軽く感じたのも、ただライドルが手を離しただけではなく、力が入ってなかったがゆえに軽く感じていた部分がある。
では緩く持っていて、あれだけ鋭い突きが出せるのかと疑問がでる。
答えは出せる。普通の人間なら不可能だが、ラガーマシンであれば、例えばロッドにブーストを仕込んでいれば、可能となる。
タネがわかれば攻め方の選択肢も増えてくる。だがタネがわかった所でライドル……瑠衣の技術は宇佐美を遥かに凌いでいるのは変わらない。勝つためには意表を突くしかない。
だから宇佐美は……ボールを天高く放り投げた。
『なっ……!』
瑠衣の驚く声がスピーカーを通して宇佐美の耳に入った。
『は? えぇぇぇ!! ボールを投げた!? 勝負も投げるつもりなの!?』
(誰が上手いこといえと)
九重祭の驚きに満ちた実況は聞き捨てておく。
それはともかく、宇佐美の目論見通り、観客含めて瑠衣もボールへ意識が集中してしまっている。
動きを見切るには肩の動きなど全体の細かい仕草に注目しないといけないのだが、どれだけ均等に意識を割いてはいても結局のところ相手の得物、この場合はボールに集中してしまうのである。
『っ! ……しまった!』
思い出したように我に返った瑠衣がレバーを操作してロッドを前に突き出す。しかし、一瞬でも集中が途切れ、攻撃のタイミングがズレてしまえば躱すのは容易くなる。現にハミルトンは前2回と比べて簡単に避けていく。
更に、これまでと決定的に違うところとして、両手が空いているので、ハミルトンはそのままライドルの腹部へタックルする。
そしてその時初めてタックルのコツを教えてくれた教官の言葉が脳裏に蘇った。
『タックルのやり方だが、適当にやれ。上半身を固定して低い位置からぶつかりにいけば大抵何とかなる。反則にならないやり方は実際にやってみて身体で覚えるしかない。
コツを一つ教えるなら、自分の身体を槍に見立てて下腹部へ自分の肩を突き刺すとかだな』
かつて、教習所で教官から教わったやり方で突撃し、肩を槍に見立てて低い位置から下腹部へと当たりに行く。
バインドと呼ばれる、相手を拘束するタックルだ。
今度はそのバインドを教えてくれた人の言葉が蘇る。
『まずは、踏み込んだ足をライドルの股の下に入れてごらん、正中線の下ぐらいだ』
これは今戦っている相手である白浜瑠衣から教わった事だ。あの時の言葉を胸に、接触した瞬間にライドルの腰に両手を回してホールドしてから、正中線の下へ踏み込んだ。
(ここからは、僕のやり方で!)
瞬間、ハミルトンの背中が揺らいで、炎が噴射する。
ブースターが起動してハミルトンを前へと強烈に押し出す。本来は加速に使うブースターを、相手を押し倒すパワーへと使う事でハミルトンの膂力の無さをカバーしているのだ。
これは幸をそうした。ボールを投げた事で相手の集中を途切れさせ、攻撃のタイミングをズラしたことで不安定な姿勢だったライドルをタックルで完全に崩すことができたのだ。
余談ではあるが、前2回ともブースターを使わなかったので、瑠衣はハミルトンがブースターを使えるという選択肢が頭から抜けていたらしい。
「倒れろぉぉ!!」
『これ……くらいで!!』
ライドルは懸命に堪えようとするのだが、一度崩れた体勢を戻すのはほぼ不可能であり、程なくフィールドに背中をくっつける事になってしまった。
美浜インビクタスアムトのモニタールーム
「ライドルを倒したぞ!」
「いや、まだや!」
武尊の言う通りまだ終わっていない。この一騎打ちはボールをエンドラインに運んでタッチダウンをとらないと宇佐美の勝ちにはならない。
「宇佐美……」
漣理は最早言葉も出ず固唾を飲み、心愛はポツリと祈るように宇佐美の名を口にしてモニターを見続けていた。
(間に合わせる!)
ライドルを倒して直ぐ宇佐美はボールを獲るべく起き上がった。ボールがフィールドに転がってしまえばそこでライドルの勝ちになってしまう、その前にとらなくてはいけない。
投げる時に落下まで時間がかかるよう高く上げつつ放物線を描いてライドルのすぐ後ろへ落ちるようにしていたのだが、それでも投げてから着地まで10秒もない。宇佐美が起き上がった時既にボールは着地直前だった。
普通に走っても間に合わない。
ゆえに宇佐美は倒れているライドルからロッドをもぎ取って、それで着地寸前のボールを再び打ち上げた。
ロッドを持ったまま走り出す。しっかりとボールをキャッチしてエンドラインへ向かう。
『逃がさないよ!』
2回目に打ち上げた時少し上げすぎてしまった。起き上がったライドルがゆっくりキャッチ体勢に入っている間に距離を詰めてきたのだ。すぐ側にライドルの圧を感じる。
「マズい」
取られないようロッドは横へ投げ捨てる。もうじきエンドラインへつくのに捕まってしまったら意味が無い。
ブースターはさっき使ったので、次に使えるのは10秒先になる。大会規定でブースターの使用は一度に10秒までであり、2回目は10秒のスパンを置かなくてはならないためである。
そして10秒もあればエンドラインへつく。故にハミルトンは己の足を動かし続ける。スペックダウンしていてもスピード特化の機体、純粋な速さならライドルが負けることはない。
徐々にライドルとの距離が開き、そして……ライドルが前に跳んだ。
エンドライン直前、宇佐美が勝利を確信したその瞬間。ライドルの右手がハミルトンの左足を捕らえた。
「うそっ」
ライドルに引っ張られながら前のめりに倒れていく、エンドラインが急に遠ざかっていく、先程とは打って変わって宇佐美の心には敗北が居来していく。
(負ける? 僕はここで終わる……違う……まだ、負けてない!)
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