「なに、あいつ」
「ちょっとやばくない?」
異様な雰囲気を纏って立ち上がる宇佐美を目にして、流石の2人も畏怖したよう、後ずさりながら宇佐美と距離をとった。
対して恭介に至ってはさすがは男子、倒れた翔太を見て恐れよりも怒りが勝ったようで、宇佐美へと殴り掛かる。
「てめぇよくも翔太を! ただですむと思うなよ!」
「やっちゃえ恭介!」
恋人の理沙の声援を背中に受けながら恭介は勇猛果敢に詰め寄る。
宇佐美は長机に腰を掛け、サイドに引っ掛けていた3本の棒を紐で繋げた塊を取り出した。
傍目には三節棍のように見えるが、1本はL字の取っ手が付いている。それは宇佐美が普段から愛用している折りたたみ杖であった。
それをボタン一つで1本の杖に変形させ、次に机の上に置いていたタブレット用のペンを投げつける。恭介は顔に向かってくるペンに一瞬怯んで動きを止める。
その隙に宇佐美は杖の石突を持って、取っ手の部分を下から打ち上げる。
狙う先は恭介の顎、ダイレクトに杖のアッパーカットが決まって恭介は後ろへ仰向けに倒れてしまう。
「ごほっけほ」
意識はハッキリしてるようで、地面に背中を打ち付けたせいでむせていた。その恭介へ追い討ちをかけるべく、宇佐美は杖を上段から振り下ろした。股間へ。
「〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
声にもならない絶叫をあげつつ、下半身から突き上げる鉛のような痛みに涙を浮かべながら耐える。両手で抑えても痛みは引かないらしく悶絶している。
なにかの記事で読んだが、睾丸への打撃はナイフで刺されるよりも痛いらしい。
宇佐美はもう一度打ち付けるべく杖を上段に構えた。
「ひっ……あっ、や、やめ……ごめんなさい……許して」
一体恭介には宇佐美がどう見えていたのだろうか、まるで死神か悪魔を目の前にしたかのような怯えをみせていた。
当の宇佐美は恭介の懇願を耳にして。
「…………」
何も答えなかった。
「……や、やめてください……許してください。もうしませんから」
無言が何を意味するのか悟った恭介は命乞いでもするかのように許しを懇願する。何度も、何度も。見栄などとっぱらって。
「…………」
それでも無言を貫く宇佐美は、その顔へ打撃を加えようとして。
「やめなさい!」
という制止の声を聞いて思いとどまった。
「九重さん?」
いつの間にそこにいたのか、ドア付近に九重祭が立っていた。
祭はズンズンと大股で教室を歩き進み、宇佐美の前に立つ。歩いてきた勢いのまま右手で宇佐美の頬を打った。
バチンと甲高い音を響かせて場を粛然とさせる。
よろめきながら、赤くなった頬を抑えてかろうじてバランスを保った宇佐美に向けて、祭は静かに叱責する。
「やりすぎよ宇佐美君、こいつらと同じになりたいの?」
「あっ、ごめん……なさい」
「わかればいいわ、彼等には後でいいからちゃんと謝っておきなさい。それから……よく耐えたわね」
厳しい表情から一転、祭は微笑んで宇佐美の頭を軽く撫でた。
頬を染め、照れくさそうにはにかむ宇佐美に対して、子供をあやすように撫でた後、振り返って美希と理沙を見据える。
「さて! まずそこの男子、倒れているそいつを保健室へ連れていきなさい」
「は、はい!」
恭介はまだ痛むのか、内股で翔太の元へ寄り、鼻血をボタボタと垂らしながら肩を担ぎあげて一緒に教室を出ていった。この後保健室へ向かってから病院へ行くのだろう。
「で、あんた達にはお灸を据えなきゃいけないわね」
「はあ? あたし達なんもしてないしぃ」
「そうそう、全部翔太と恭介がやった事だもんねぇ」
どうやら美希と理沙はこの期に及んでしらを切るらしい、それも恋人である筈の翔太と恭介をスケープゴートにして。
「何言ってんの! 美希と理沙も一緒にやってたじゃん!?」
心愛は黙ってられなかったらしく、彼女達へ反旗を翻した。既に2人への恐怖は消え失せたらしい。
「証拠でもあんの? それ?」
「え、いやそれは」
「ないなら黙っててよ」
「うぅぅ」
あっという間に封殺されてしまう。
美希と理沙へ対抗できるカードを持っていないゆえ、心愛はその場で俯いて下唇を噛んで悔しさを紛らわす。
「あ、証拠ならあるよ」
「「は?」」
宇佐美だった。
机の引き出しからスマホを取り出して何かを操作し、次いで電子黒板のスイッチをいれて画面を起動させた。
光と共に黒板がディスプレイへと変化し、ある映像が映し出される。十数分前の特別教室の映像である。
上から、つまり俯瞰視点から撮影されたその映像では、宇佐美がドアに近寄った後蹴り飛ばされて気絶するシーンが映された。
「ちゃんと奏の指示に従ったのね」
「うん」
満足気に微笑む祭に、してやったりな笑みを浮かべる宇佐美。
電子黒板はインターネットに繋ぐ事ができるのだが、同時にパソコンでできる事はほとんど可能となっている。その機能の一つに動画撮影があった。
よく見ればわかるが、電子黒板の上部にカメラがついている。
奏が先程のメッセージで宇佐美に指示した事はこれで特別教室を撮影するという事、理由は言わずもがな、起こりうるいじめや暴行の証拠を得るためであった。
「は? ちょ、なにこれ」
「こんなのナシでしょ! 盗撮じゃん!」
「いや、あんたらが言う事じゃないじゃん」
美希と理沙が狼狽しているのがわかる。心愛も冷静にツッコミを入れられるぐらい彼女達は周章していた。
彼女達が配信していた動画とは違い、こちらは顔も声もハッキリ映っている。更に彼女達が否定していた襲撃の直接的関与に至るまでハッキリと。
「倒れた宇佐美のポケットから免許証を取り出したわね、暴行に加えて窃盗か」
映像では美希が床に倒れている宇佐美のズボンのポケットから免許証をとり出す所が映っていた。更に理沙は机の上にある鞄から財布を抜き取っていた。
「決定的ね。言い逃れはできないわよ……さぁ、どうする?」
祭は確信を込めて静かに言い放つ。
2人は観念したらしく、ヨナヨナと倒れるように手近の椅子へとへたりこんだ。
彼女達はこの後に待ち構えるものにひどく恐怖していたのだ。そもそも彼女達がこのような行動にでていたのは、祭の裁判に持ち込むという発言を牽制するためだった。
これ以上詮索するならお前の仲間がどうなっても知らないぞと脅しをかける事によって。
そのため、それが叶わないどころか、挙句自分達の首を絞めてしまった。それゆえに彼女達は後に控える裁判、また施設行きに対して怯えていた。
その後、駆けつけた健二達と教師によって事態は収束する事になる。
電子黒板の映像を確認した教師陣は事態を重く受け止め、即座に職員会議を開催。あまり大事にしないようにと関係者に伝えるも時すでに遅し、祭が事前に呼んでいた警察の手により内密の処理が不可能となった。
美希と理沙、恭介と翔太の4人は翌日から3ヶ月の停学処分を受ける事になる。
それから数日後。
美浜市郊外にあるラフトボールのフィールドにて。
そこでは4機のラガーマシンが、対ハミルトン用のフォーメーションを組んでいた。
「てめぇエセ貴族! そこは俺に合わせろ!!」
「下等市民が私に合わせればいいでしょうが!」
「おうおう喧嘩ですかい? あっしも混ぜてくだせぇ」
「めちゃくちゃやん」
健二と武尊と枦呂と漣理のラガーマシンが、無人ゆえに動かないハミルトンを中心に、ひっきりなしに動いていたのだが、お世辞にも息が合ってるとはいえず、バラバラのグダグダな動きだった。
「結局、示談で落ち着いたんすか」
「ええ」
グダグダな練習をフィールドの外から眺めている影が2つ。祭とクイゾウだ。2人は先日の特別教室の襲撃事件の決着について話していた。
「そりゃ自分の子供が裁判にかけられて施設に送られそうになったら示談交渉を求めるっすよね」
「違うわ、あたしから持ちかけたのよ」
「ふぇっ? そうなんすか? お嬢がそんな優しさを見せるとは珍しいっすね」
「まあね、あたしと宇佐美、それから弁護士を呼んでそれぞれの親とその弁護士で示談交渉をしたのよ」
「いくらふんだくったんすか?」
「人聞きの悪い事を言わないで頂戴、ちゃんと良心的な価格よ。まあ宇佐美がちょっとやりすぎたところあるから結構減額したけどね。大体一般サラリーマンの2ヶ月分の給料かしら」
「うわぁお、それが4人分だとそこそこな額じゃないですか」
「おかげでチームの予算は潤ったわ、ラガーマシンのパーツでも揃えようかしら」
「いいっすねぇ、よかったら自分のパーツも買って欲しいっす」
「予算に余裕があればね」
「で、あの4人はどうなったっすか?」
「恭介って子を残して全員退学したらしいわ」
「あらら、その残った子は肩身が狭い青春を過ごしそうすねぇ」
「そうね、もうあんな事はしないといいけど」
「ところでウサミンの姿が見えないっすけど、どうしたっすか?」
「ん? ああ宇佐美君なら――」
美浜市のとある住宅街、そこにある一軒家の前に宇佐美が立っていた。
「ここが」
「そうだよ、ここが翔太の家」
傍らには水篠心愛がいる。
宇佐美は彼女に駅からここまで案内してもらっていたので一緒に行動している、勿論道案内以上の理由はあるはずも無い。
もっとも、2人っきりで街を歩く行為に、心愛自身は別の甘酸っぱい思惑を存在させていたようだが。
「じゃあ後は1人で大丈夫だから」
「わかった。気をつけてね」
上原宇佐美は今日、あの時頭を滅多打ちにした翔太の元へ謝罪しに来ていた。示談交渉の時はご両親と弁護士にしか会っていないうえに、当の翔太は検査入院していたため、会うのはこれが初めてとなる。
また、翔太は退学したので謝罪するなら今しかないと踏んでここに来た。
「水篠さんこそ、気をつけてね。教習所は結構厳しいから」
「大丈夫よ、あたしこう見えて我慢強いから」
水篠心愛は今日からラガーマシンの教習所に通う事になっている。
彼女にどういう心境の変化があったのか宇佐美にはわからないが、あの事件の後、心愛は祭に教習所の手配を頼み込んでいた。
「免許証とったら真っ先に見せに行くね」
「いや免許証は見慣れてるからいいよ」
「そういう事じゃないの! まったくぅ! まったくまったくぅ! 宇佐美はいつまでも宇佐美なんだから! あたしの事も名前で呼ばないし」
「えぇ、名前呼びは恥ずかしいよ〜」
「あたしは名前で呼んでるよ」
「そうだね」
「……」
「……」
「まったくぅ! 宇佐美のバーカ! もう行く!」
「行ってらー」
いつの頃からか、2人の間に遠慮という物がなくなって気心知れた仲となっていた。
そのため、不機嫌顔で宇佐美に背中を向けて歩き出した心愛であるが、少しずつ縮まる2人の距離を実感してすぐに頬を綻ばせ、足取り軽く教習所へと向かって行くのだった。
そのような心愛の心情を微塵も悟らぬ宇佐美は、自らの頬を軽く叩いて気合いを入れ直す。
「謝罪のカンペよし! お土産の塩コッペパンよし! インターホンよし! いざ!」
宇佐美はインターホンのボタンを押した。
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