この日、美浜市の駅にスポーツ新聞社から派遣されてきた記者が降りたった。
彼女は石橋友恵、スポーツ観戦が趣味だからスポーツ新聞社に入社した新米記者だ。美浜市に来た理由は先日から話題になっている上原宇佐美という名のラフトボーラーを探す事。
「さてさて、とりあえずホテルにチェックインして…………もう日が暮れちゃうな」
致し方ない、取材は明日からにしよう。早々にチェックインした友恵は荷物だけ部屋に置いて街にでる。ホテルの宿泊費は安いのだが、食事がでないので自分で調達する必要があった。
時刻は十八時を回り、日もどっぷり沈んでいた。夏場ならまだ明るいのになあとぼんやり考えながら歩いていると、市民プールの建物が目に入った。
利用料金を確認すると自分の住んでる街にある施設よりも安くて驚いた。
「うぅ、全身痛い」
ふとそんな不穏な言葉が聞こえてきたので、声のした方へ向くと。二人組が市民プールからでてきてすれ違うところだった。
片方は杖をついた少年、もう片方は眼鏡をかけた男性で、少年に寄り添うようにして歩いていた。おそらく介護かリハビリ関連で市民プールを利用したのだろう。
それだけならよくあり微笑ましい光景なのだが、友恵はすれ違い様に見た二人の素顔に謎の既視感を覚えたのだ、主に眼鏡の男性の方に。
「今の、どこかで」
どこでみたのだろうか、記憶を辿ってみるがヒットしない。仕方なく諦めてホテルへ帰った。
ホテルへもどった友恵は買ってきた弁当を食べながら過去のラフトボールの試合映像の切り抜きを眺めていた。ライフハックとなっている動画視聴は短く切り替わりながら、あるプレイヤーのプレイ動画となる。たった二分半しかない動画だが、その動画を見た時にピンときた。
具体的には先程の既視感の正体がわかったのだ。
「もしかしてさっきの、鳥山厚じゃない!? どうしてこの街に」
上原宇佐美といいこの街には色々ありすぎる。
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翌日、イベントがあったとされるフィールドを探す事にした。衛星写真で見ると、どうやら街の南側にそれっぽいのがある。まずはそこまで行こう。
ホテルを出る時に従業員から行き方を聞いたので昼までにはつけるだろう。
「一時間で着いてしまった」
思ったより近かった。
電話でアポイントをとった時間にはまだかかるので、少し離れた所に自販機があるのでそこで待とう。
「さてさて、そろそろ行きますか」
アポイントをとった時間になったので施設に戻り、インターホンを押した。程なく年配の女性の声がスピーカーから聞こえてきた。
『アポを取った記者だね、奥のプレハブ小屋まで来てくれるかい?』
「はいっ」
言われるがまま奥のプレハブ小屋に、道なりに進めばいいだけなので特に迷う事はなかった。チームによっては迷路みたいになってるところもあるので、ここは比較的シンプルだ。
小屋の入口には先程の女性と思われる人が立っていた。
「ようこそ、あたしは桧山恵美、このインビクタスアムトのコーチをしている」
「えぇっ!? 桧山恵美ってあのプロラフトボーラーの桧山恵美さんですか!? 僕ファンなんです!」
実はミーハーな友恵。
「お、そうなのかい」
「はい!! あっ、申し遅れました。僕はスポーツマッチ所属の石橋友恵です! 本日は取材の依頼に応えて頂き感謝しております! あとサインください!」
勢いに呑まれてしまう恵美、戸惑いながら彼女の手帳にサインを記した。
「女性だったんだね、男用の服を着ていたから最初は男かと思ってたよ」
「あぁこれですか、男性物の方が動きやすいですし、それに女性服着てると取材の時に嘗められやすいうえに、変な男からも絡まれやすいんですよね」
「なるほど苦労してるんだねぇ」
「男性物にしてからは減りましたよ、あと一人称を『僕』に変えてからはもっと減りました。
もちろんオフの時は可愛い服着て過ごしてます」
いつの世も女性というだけで嘗められやすいというのはある。最近ではマシになったとはいえだ。
恵美の案内で応接室に通された友恵、まだあまり使われてなさそうなソファに腰をかけて取材道具を取り出した。タブレットにペン、ボイスレコーダー。
「それじゃまず何から聞きたいんだね?」
向かいに座る恵美が尋ねる。最初の質問は決まっている。
「それじゃ単刀直入にお尋ねします、ここに上原宇佐美という名前のラフトボーラーがおられますか?」
「いるよ」
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