大阪府高槻市、JR高槻駅と阪急高槻駅の間にある区画にその会社はある。オフィスビルが建ち並ぶなか、その区画にあるビルだけは他と比べて低く少々パッとしない印象がある。
「周りが高いビルだと圧迫感あるわねぇ」
窓の外を見ていた祭はボソッと呟いた。
実際、首が痛くなる程見上げなければ最上階が見えないビルに囲まれてると、箱庭にいるような感覚に陥る。
「慣れれば大したことない」
言ったのは祭の背後にあるソファーでふんぞり返っている男だった。お腹に溜まった脂肪が何ともインパクトのある肥満男性、名前は九重弘樹(31歳)といい、歳の離れた祭の実兄である。
20歳の時に友人達と会社を立ち上げ、自分は副社長としてその辣腕を振るって会社を一大企業へとのしあげた。またある程度成長した時、九重家の長男である事を最大限利用してグループ傘下に入る事に成功、本社を東京に移して自身は大阪の支社長に就任した面の皮と皮下脂肪が厚い男だ。
ちなみに今いるビルがある区画とその隣3つの区画は全部この男のものだったりする。
「妹よ、今余計なモノローグをいれなかったか?」
「いれたわ」
「貴様は俺に喧嘩を売っているのか?」
「買ってくれるなら売るわよ」
「無駄な労力だ·····要件を言おう」
いよいよ本題に入るという事で、祭は窓際から弘樹の正面のソファーへと移動して座る。
「何のために私を呼び出したのかしら?」
「その前に·····新しいチームを作ったそうだな?」
「えぇ、あと一人で正式に登録できるわ」
「やるじゃないか、そういえばお前はハミルトンを持っていたな」
「それがどうしたの?」
尋ねてはいるが、祭はこの後の展開が予想できていた。いや呼び出しを受けた時から感じていた事だ。
「単刀直入に言う、ハミルトンをこちらに寄越せ」
「断る」
「即答か、やはり予想していたな」
「まあね」
「昔から頭のキレる女だった。ならば俺がハミルトンを求める理由もわかるだろう?」
「えぇ、お父さんの機体だからでしょ?」
「そうだ、アレは親父殿の機体だ。お前が乗るならいざ知らず、赤の他人が乗ることは許されない」
「普段は合理的な兄さんが感情で物を言うなんてね」
「俺だって人間さ、感情で動くこともある。それにこれはお前のためでもある」
「私の?」
「お前·····未だにハミルトンを毛嫌いしてるだろ」
「っ!」
思わず膝に置いていた拳を握りしめる。掌に爪の跡が残るほど強く握る時に生じた痛みで沸騰しそうな程に熱くなった頭が冷めていく。
「ハミルトンをこちらに渡すなら代わりの機体を用意しよう。勿論ACシステムを搭載した最新鋭だ」
「お断りよ、ハミルトンはお父さんの夢なの。兄さんに渡したらハミルトンは博物館送りになるじゃない!」
「まあお前は納得しないだろうな。俺も兄だ、そこまで鬼畜な事はせんさ……そうだな、俺が保有するチームの二軍と勝負してその結果でハミルトンをどうするか賭けないか?」
「そんな提案、のむ必要ないわ」
「そうか·····突然だがこの紙を見てくれ」
本当に突然、弘樹は一枚の紙を祭へと差し出した。その紙には企業の名前が並んでいた。
何故そんな紙をだしたのかわからない、じっとその企業を見ているとある法則に気が付いた。
「これ、私のとこのスポンサーじゃない!?」
そう、書かれた企業はどれもインビクタスアムトに出資しているスポンサー企業だった。どれも祭と祖父の義晴が苦心して集めたものだ。
スポンサー側からしたらグループ加入のとっかかりorコネを作るためなのだろうが、祭としてはどこも貴重な企業である。
「実は今度その企業どもにTOBを仕掛けようと思っててな」
「これ、お爺ちゃんの会社もあるんだけど……勝てると思ってるの?」
「なに、株式の20%も手に入れば充分さ。根回しもすんでいる。20%もあれば発言権はどれ程になるだろうな?」
「ちっ、なにが兄だから鬼畜な事はしないよ。めちゃくちゃ権力乱用して潰しにきてるじゃない!」
つまるところ、スポンサー企業を買収or筆頭株主となってチームからスポンサー契約を外すと脅しているのだ。
「お前が俺の提案をのめば何もしないでおこう、何ならお前が勝てば俺がスポンサーになってやってもいい」
「わかったわよ、兄さんのチームと試合するわ」
「よろしい、素直な妹は好きだぞ」
「私はあんたみたいな性格ねじ曲がったクソデブ兄貴は嫌いよ」
「そういう正直なとこが好きなんだよ、試合はお前が人数を集めてチーム登録を済ませてからでいい……そうだな、大体年末ぐらいにはできるだろう」
「それでいいわ。一軍を出さない事を後悔させてやる!」
「楽しみにしておこう」
祭はこれ以上話す事はないと言いたげにバンとソファーの肘掛けを叩きながら立ち上がった。それから弘樹を見向きもせずに部屋を出ていった。
残された弘樹は自分のデスクに座ってPCのスクリーンセーバーを解除し、アルバムを開いて一枚の写真をモニターに写した。
「やれやれ、親父殿に似てきたな」
写真にはひざまづいたハミルトンの手前で、祭と弘樹の父親と、まだラフトボーラーだった頃の弘樹が微笑んで立っていた。
そしてその二人の間にはまだ小学生の祭が満面の笑みで父親の首筋に抱き着いている。
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